#9:第2日 (5) 肩書きの追加

「OK、アーティー、本日のトラブルについて、事情を説明しておいた方が良いと思って来たんですわ。実は、今月に入ってから、カード・カウンティングの調査を強化しているんです。合衆国の大学のほとんどが、今月から夏期休暇に入ったのはご存じですね?」

「もちろん」

「かつてMITにカード・カウンティング・チームがあったことは?」

「ああ、しかし、あれは3……30年以上も前の話で……」

 おっと、“4分の3スリー・クォーター世紀も前の”と言いかけたぞ。危ない危ない、今は2027年だったな。俺の時代からすりゃあ、もっと前の話だから。映画にもなったってことくらいしか知らないんだ。

「ええ、その頃に、合衆国の主要なカジノはもちろん、カナダのカジノでも、ルールを変えたり、MITの学生リストを手に入れたりして、対策を採ったので、チームは儲けることができなくなって、解散したということでした。しかし、最近ですが、当カジノをターゲットにして、再度結成されたらしいのです」

「ほう、わざわざ」

「当カジノは他と少し事情が違って、公営なんです。州政府の運営施設なんですわ。ですので、ルールをカジノ側が特別有利なように変えることができないんです。そんなことをしたら、他のお客様まで来なくなってしまうので。ここなら他と違って、少しは儲けられるかもしれない、と思っていただけるのも、当カジノのセールス・ポイントの一つなんです。もちろん、他にもセールス・ポイントはたくさんありますけれど」

「なるほど」

 それは美人のディーラーを揃えるとか、レストランに美人のウェイトレスを揃えるとか、そういうことなのかな。いや、それでは男性客へのセールス・ポイントにしかなってないか。俺はそれだけでいいんだけど。

「ですから、できる対策としては、カウンティングをしているお客様を別室にお呼びして口頭で注意するとか、獲得金額に上限を設けることを了承していただくとか、その程度のことなのです。公営企業ですから、州の財産をおいそれと流出させるわけにもいかないのですけれど、抜本的な対策はできなくて、特定の少数のお客様が大勝ちするのを防ぐ、という程度の対策しかできないんですわ」

「なるほど」

「特に、今週のいつかにMITかカリフォルニア工科大学C A L T E C Hのチームが来るのでは、という情報が入ったので、警備部門は神経質になっているのです。あなたが巻き込まれたのは、私としても大変遺憾なことでした」

 なるほどね。しかし、コレットもエヴィーもこれほど“話せる”のに、どうしてローラン主任だけはあんな頑なな態度だったんだろうか。責任問題でも絡んでるのかね。

「了解した。裏の事情まで全部話してもらって、大変すっきりしたよ。ありがとう」

「そう言っていただけで何よりですわ。ところで、一つご相談に乗っていただきたいことがあって」

 うん、そう来ると思ってた。どうせ、俺の肩書きに対する過剰な期待のかかった任務を依頼するつもりなんだろ。肩書きなんて持つと、ろくな事が起こらない。やっぱり“マイアミ・ドルフィンズ控えQB”の方が良かったかもしれないな。いや、もしかして正QBか?

「俺は仕事で来てるわけじゃないし、能力的にも時間的にも君の期待に添えるかどうか判らないけど、それを承知の上での相談ならどうぞ」

「あら、まあ、もちろんその点は理解しておりますわ。相談というのは、カード・カウンティング・チームの発見に協力していただけないかということなのです。お気付きのことと思いますが、各テーブルは監視カメラでチェックしていまして、プレイヤーの手札ハンドやベットの状況は全て記録し、リアルタイムに解析しています。ですが、お客様その人に対する調査が不足気味なのです。特に、カード・カウンティングには連携が必要ですから、あらゆるお客様の行動を観察して、連絡を取り合っている様子はないかを見抜く必要があるのです。その点、数理心理学の権威でいらっしゃるドクター、いえ、あなたなら、そういったことがお得意ではないかと思いましたので」

 ほうら、やっぱり面倒なことを言い出した。そもそも俺はその手の権威でも何でもないっての。そりゃあ、フットボールでフィールドにいる俺以外の21人の動きを同時に把握することくらいはできるけど、カジノの中に何百人もいる人間の行動なんて、同時に観察できるわけがないだろ。

 しかし、今回のステージでは、この件を断ったら、他にすることが何もないのはほぼ確実だぜ。特に決まった成果を期待されているわけでもないし、カジノの中を自由に行動できそうだから、受けてみる価値はあると思うね。少なくともキー・パーソンやヒント探しには役立つかもしれない。マーゴやシックやサーシャと話をするチャンスも増えるだろう。いや、これは下心でも何でもなくてだな。

「俺の研究なんて役に立たないよ」

「ですが、人を観察することなら……」

「いくら俺が暇でも、一日中見張っているわけにはいかないんだけど」

「もちろんですわ。カジノにお客様がお越しになるのは主に夜からですけれど、その時間帯については今のところ十分に対策ができているつもりなのです。逆に、日中が若干手薄になっていると考えているんですわ。最近の雇用事情の関係で、すぐには人が集められなくて。ですから、当座はこの週末まで、日中を中心に活動していただけたらと考えておりますが、いかがです?」

 やけに都合がいい条件だな。さすがは仮想世界。

「他に条件は?」

「こちらからですか? いいえ、他には何も。あなたの条件をお伺いしたいですわ。カジノの中に関する限り、たいていのことなら私の方で便宜を図ることができますけれど」

「例えばカジノ内で俺が行動できる範囲は?」

「財務部門と、特定の幹部のみが入れる場所以外なら、どこでも行けるようにします。ああ、もちろん、女性のみが入れる場所もご遠慮いただきたいですけれど」

 いや、女子更衣室に忍び込もうとは思ってないんだけど。顔に出てたのかねえ?

「カジノの従業員なら誰に話しかけてもいいのか」

「ええ、もちろん。ただ、お話しできないような機密情報も多数あると思いますが、それはご了解頂きたいですわ」

「それは当然だ。あと一つ、俺の泊まる部屋を用意してもらうことはできる?」

「あら、まあ!」

 コレットが、大袈裟な声を上げて驚く。そんな顔をしたら、目尻の小皺がはっきり見えてしまうんだけれども。

「泊まり込みで対応して頂けるのですか? 願ってもないことですわ。ええ、もちろん、用意いたします。警備部門の宿泊室がいくつか空いているはずですから。ローラン主任に指示しておきます。他には?」

「ないよ」

 本当は一つあるのだが、それは彼女の帰り際に“思い出す”つもりでいる。

「ご協力頂けて、本当に感謝します。あら、そうだわ、カジノ内でのあなたの肩書きをはっきりさせなければいけませんね。事業部長付臨時調査員で、警備部門の副主任スー・シェフ、それからカジノ部門のフロア副支配人スー・ジェランを兼務しているということにしましょう」

「過分な肩書き分だな」

「そうおっしゃらずに。人を使うための形式的なもので、あなたには何の責任も生じませんから。報告が必要なら、ローラン主任あるいは他の主任を通じて上げて頂ければ結構です。別に、ここにいるエヴィーでも構いませんけれど」

「了解した」

「それでは、よろしくお願いします」

 コレットは立ち上がり、来たときと同じような艶然とした笑顔を見せる。俺も立って、握手をして、彼女をドアの方へエスコートする。エヴィーが腰を浮かしかけたので、もう少し座っておいてくれと言う。最後の質問を、エヴィーに聞かせたくないだけだ。ドアを開けてコレットを送り出す。

「ありがとう、アーティー。財団の方は気さくな方が多いと聞いていたけれど、あなたもその評判どおりの方ね」

「どういたしまして。ところで、もう一つ質問があったのを思い出したんだが」

「ええ、どうぞ」

「マーゴというディーラーと会いたいんだが、呼び出すことはできる?」

「マーゴですって? さあ、聞いたことのない名前ですわ。今月は、先ほど申し上げたカウンティング対策のために、臨時でエクスパートのディーラーを何人も雇っているので、そのうちの一人かもしれませんね。いつのシフトに入っていました?」

「今朝の9時頃に、ブラックジャックのテーブルにいたんだ」

「では、もうそろそろ勤務終了ですね。ここに呼び出せばよろしいかしら?」

「そうしてくれれば助かる」

 そしてコレットが去った後で、ソファーに戻る。またエヴィーと二人きりになった。しかし、この部屋はあと15分くらいしか使えない。

「OK、エヴィー、もう少し話を聞きたいけど、構わないか?」

「ええ、もちろん」

「賭場に戻らなくていいのか?」

「あら、ここに呼び出されたときに、長引くようならそのまま上がってもいいって言われてるの。引き継ぎも済んでるし、大丈夫よ」

「そうか、それは良かった」

 賭場での笑顔は仕事用かと思っていたけど、素でも笑顔は綺麗だな。それに、言葉遣いがあまり丁寧でなくなった。俺が肩書きを振りかざさない“気さくな”人間だとようやく思ってくれたらしい。

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