ステージ#8:第1日
#8:第1日 (1) 観察者と被験者
目を開ける。どうやら街中の広場に立っているらしい。かなりの雑踏だが、俺が突然現れたのに誰も見向きもしない。いや、最初からここに立ってたことになってるんだろうな。深く考えるのはやめよう。とにかく、例によってここはどこかを調べるところからだ。
辺りを見回す。新しい建物も混じっているが、歴史がありそうな町並みに見える。目の前には
後ろを振り返る。これはこれは。なかなか重厚な建物じゃないか。オックスフォードを思い出すな。入口の上のところに、セントラル・ステーションという金文字が。いや、待てよ。セントラルの"A"が一つ多いぞ。"CENTRAAL"。セントラール。まさか間違いというわけじゃあるまい。
とにかく、人がこれだけいるんだから、誰かに訊いてみるか。しかし、女が寄ってこない。今回はついに女に避けられるステージに当たったのか? 訊くべき相手は女だけと限らないから、選り好みさえしなきゃ誰だっていいんだけど。
「
「何?」
若い、無害そうな男に声をかけてみた。何語をしゃべっているのかは、まだ判らない。
「この辺りで、地図を売っているところを知らないか?」
「地図なら、駅の中で訊いてみれば?」
そう言って男がセントラール・ステーションの方を指差す。俺は駅には入れないことが多いから、わざわざ訊いてみたんだが、やっぱりこういう時は駅の案内所なんだろうな。
「ありがとう」
「
ユア・ウェルカムという言葉に重なって、英語以外の単語の発話がかろうじて聞き取れたのだが、何語かはやっぱり判らない。普通の"H"でない、もっと強い音を発声したように聞こえたが、俺の乏しい言語知識ではそれを頼りに推察することもできない。
とりあえず、言われたとおりに駅の方へ行ってみる。建物に入れないのでは、と思いきや、あっさりと入ることができた。天井が高い。大聖堂のようだな。切符売り場があったが、これはたぶん関係ない。案内看板に"i"の文字を見つけて、そちらの方へ進む。観光案内所と書いてあるらしき単語を見つけてそこに入る。係員の男に「地図は?」と訊くと「
「
「ああ、
そう言って係員は差し出した地図を勝手に広げ始めた。そして中の一点に赤ペンで丸を付ける。あっ、こら、俺の地図に落書きすんな。
「今いるのがここ、中央駅。
なかなか親切だ。どちらも街の調査には有効だと思うが、街全体の様子が全く判らないので、チケットにせよ自転車にせよ、もう少し調べてからにしようと思う。係員に礼を言って案内所を出る。
さて、ここはどこの街なんだ。こういう市街地図で一番探しにくいのは、街の名前だよな。文字の間隔が離れすぎていて、いや待て、観光用の地図に違いないから、どこかに街の名前が書いてあるだろう。地図をたたむ。表紙に当たるところに、物の見事に街の名前が書いてある。"ANTWERP"。アントワープ。ご丁寧なことに、現地語の名前に当たるであろう、"ANTWERPEN"という名前も書いてくれている。
アントワープはベルギーだ。ベルギーの言語って何だ? まあ、そんなことは気にしなくても、自動通訳機能はちゃんと働いてくれているみたいだから、言葉で不自由することはないだろう。
観光用の地図なので、見所を列挙してくれているページがある。観光名所は必要ないが、ターゲットである“
まず駅前の広場に戻り、北へ。カルノット通りに出たら、西へ進む。
「最初の
アヴァターの動きが速くなった。映像の中に表示された時刻が、通常の1.5倍ほどの速さで進んで行く。
「ホテルが目の前にあるのに、見向きもしないのね」
「ミス・グリーン、それはレッドが指摘することよ」
「了解。レッド、お願いね」
「道を歩いてる間、ずっと女の人の方を見てる気がするな。また、ぶつかりたいのか。そう簡単にはいかないと思うんだけど」
「でも、そういうイヴェントは大概のステージであるよね。いいんじゃないの、そういうのを期待しても」
ブルーが楽しそうに言った。
斜めに分かれる、ランゲ・ニーウ通りへ入る。狭い道だが、
しばらく歩くと、
次に近いのは、
広場があって、建物の正面を鑑賞することができる。1626年に完成し、400年以上を経過した、アントワープ市内でも最も古い教会の一つで……ああ、そういえば、今日が何年何月何日だかまだ調べてなかったぞ。だが、400年以上経過と書いているんだから、2026年以降のいつか? そのうち判るだろう。
正面のファサードはルーベンスがデザインしたもので……またルーベンスか。アントワープの重要人物だな。で、ここもまだ開いてない。10時から12時半と、2時から4時までか。こんなことなら朝食でも摂ってから回ることにすれば良かった。腹は減ってないけどな。
次は
近いから、すぐに着く。しかし、正面はやはり西側だ。ルーベンスの有名な祭壇画、『聖母被昇天』『キリストの昇架』『キリストの降架』が飾られ……いやはや、ルーベンスだらけだな。これはルーベンスに関することも少しは調べないといけなさそうだ。で、ここも開いてないのかよ。10時から5時か。まだ9時前だぜ。この調子じゃ、どこの教会へ行っても10時以降じゃないと開いてないんじゃないのか。どこで時間を潰せばいいんだよ。
「狙いはいいんだけど、時間がね」
「ちょっと可哀想な気もするわね。12時以降に飛び込むパターンにはしなかったのかしら?」
「最終日の都合だよ。次の日にゆっくり出られたんじゃ、緊張感に欠けるからね」
「とりあえず、ここまでの行動で問題はなさそうなので、早送りを続けますね」
とりあえず、他に一番近い観光場所は……ステーン城というのがあるが、これも開いてなさそうだな。デ・ルイエン? 地下水路見学? 予約制か。聖杯探しといえば地下洞窟探検だから、一度くらいは行ってみるかなあ。
他にすることといえばホテル探し……いや、今回もあのカードを使ってみることにしよう。ここだって探せば誰かの家に泊めてもらえるだろうが、また痴女に当たったら災難だし、高級ホテルでゆっくり夜を過ごすのは気分がいいからな。
まずは、少し開けたところへ行ってみよう。西へ行けばスヘルデ川か。おっと、ここがデ・ルイエンの事務所? やっぱりまだ開いてない。やあ、川が見えた。で、あれがステーン城。小さい! 架空の国で見た山の上の城よりはしっかりしてるけど、城というよりは砦だな。
入口のスロープのところに、おかしな銅像が建っている。レインジ・ワッパー? ちがうな、ランヘ・ワッパーか。アントワープの街の人たちを驚かせた、水の精の巨人。城門は開いているので、途中までは入ることができる。が、建物の扉が閉まっていて中には入れない。どうせこんな錠はたぶん簡単に開くだろう。もちろん、今は開けないけど。
この砂時計は何だ。“世界で最も古い半時間砂時計”。なるほどね。だから何だということはないが、古い物が大事に保存されているというのはいいことだ。
城の外へ出て、川岸にベンチがたくさん置いてあるのでその一つに座る。今回の可動範囲の西の端は、この川かな。可動範囲を調べるのは明日にするか。どこかで自転車を借りた方がいいだろう。それにしても、どうして散歩してる人がこんなに多いのかな。
「せっかくキー・パーソンの一人と接触しそうだったのに、気付かなかったみたいね」
「男が目に入ってないんだよ」
「しばらく動かなくなったから、10時前まで時間をスキップしますね」
「あれ、どこに行くんだろう、聖母大聖堂には戻らないの?」
しばらく川を眺めながら休憩した後、川沿いに北へ向かう。ザック通りを抜けて街中へ戻り、コルデ・ドールニク通りを北へ上がって
諦めて、聖母大聖堂の方へ戻る。途中、特に意味はないが、“アントワープで最も古い家”の前を通ってみた。1階の一部だけが煉瓦造りで、そこから上は木造だ。ドアの横にプレートが貼ってあって、1480年建造とある。鍵穴を見ると、レヴァータンブラー錠だった。1480年にレヴァータンブラー錠が発明されていたとは思えないから、後で換装したのに違いない。レヴァータンブラー錠はこの世界に来てから開け飽きたので、もう興味はない。聖母大聖堂への道を急ぐ。
「何しに来たのかしらね」
「ミス・グリーン?」
「ウプス! 失礼、彼の狙いが解らないんで、ついレッドの見方をしてたわ。彼の場合、とにかく歩いて可動範囲を調べることを優先する傾向があるんだったわよね。きっと道順や場所を身体で憶えようとしてるじゃないかしら。これって男性に多い傾向ね。それに、教会を巡るのは
「少なくとも中に入る必要があるよ。聖ポール教会は
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