#7:第7日 (4) 指輪の品定め

 昼食が済むと、メグが言っていた宝石店のチブナルズに行く。メグはリムジンで行くつもりだったようだが、たかが4分の1マイルほどらしいので、歩いて行くことを提案する。ノーミもそうしましょうと言う。

 ホテル前のスペンス・ストリートから、ワーフ・ストリートへ折れて、200ヤードほど行ったところにあった。老舗とのことだが、目立たない、小さな店だ。中も狭い。

 展示している品もそれほど多くないが、店員に話を聞くと、カタログを見ながら客の好みを聞いてストックを出してきたり、オーダーで作ったりするそうだ。人気は希少なピンク・ダイアモンドを使ってイニシャルを象ったペンダント。オーダー・メイドは24時間で仕上げるとのこと。ずいぶん早い仕事だが、俺にはもう間に合わない。

 ノーミは早速いくつかの指輪やネックレスを見せてもらっている。来る前にホテルから電話をして、用意してもらっていたらしい。俺もいくつか指輪を見せてもらったが、ついこの前会ったばかりの女に気軽にプレゼントするような値段ではなかった。

 指に着けているところを見たいからと言って、メグに試着させる。「私に買っていただくのではありませんのに」と言いつつ、メグもまんざらではない様子だ。

 ノーミから声が掛かる。ちょっと気に入ったのがあったので、俺にも見て欲しいと言ってきた。店員も“有名なフレイザー夫人”ということくらいは知っているだろうし、俺が彼女のパトロンか何かと勘違いされそうなのが困る。メグと夫婦に間違われるのは問題ないのだが。

 ノーミは例のオパールの指輪を外し、ピンク・ダイアモンドの周りに12個の小さなダイアモンドをちりばめた指輪を代わりに着けて、「どうですかしら?」と笑顔で訊いてきた。似合っているが、値段は1万ドルに届きそうという、笑っていられない金額だ。あのカードなら買えるのかもしれないけどな。

 結局、俺はこの店では買わないことにしたのだが、ノーミの品定めに付き合っていたので1時間ばかり待つ羽目になった。その間に、工房の方を見せてもらったりして、時間つぶしはできた。ノーミはオーダー・メイドでネックレスを一つ誂えたようで、ホテルに届けてもらうように頼んでいた。

 それから別の宝石店へ。近くにもいくつかあるものの、どれも高価な品を扱う店であるらしいので、セントラル・ショッピング・センターへ行くことにした。半マイルほどあるらしいが、今度も散歩を兼ねて歩いて行く。

 スペンス・ストリートを南西へ歩いて行けば10分ほどで着く。ケアンズはポート・ダグラスと違って都会で、人通りも多く賑やかだ。街区もきっちりと矩形に切られている。ショッピング・センターは2階建てに200近くの店舗が入っている巨大なものだった。もちろん、宝石店もいくつか入っていて、最初に行ったところはちょうど“気軽な”値段で買えそうな店だった。

 メグたちを店内で待たせながら――宝石店というのは女をいくらでも待たせることができる便利なところだ――店員と相談して、アイリーンの指に合いそうな指輪を一つ買う。試着しなくていいのかと店員は心配していたが、本人がいないのだからしようがない。合わなかったら本人に取り替えに来させるから、とごまかしておいて、メグたちのところに行くと、またノーミが指輪の試着をして、メグとジャッキーがそれを品評している。

 時間がかかりそうなので、一人でこっそり近くの文房具店へ行く。場所は店員に訊いた。ジュエリー・ポーチも考えたが、手帳の方がメグが“肌身離さず”持っていてくれて気がするので、そちらに決めた。もちろん、高級なのではなく実用的なものにする。飾っておかれても困るからな。

 店員の薦めを聞いて、女性に人気だというブランドの手帳とペンを買った。できればメッセージも入れたいところだが、彼女の夫に見つかって問題になったら困るのでやめておく。彼女が家に帰る前にこの世界はクローズすると思っているので、気にしなくてもいいのかもしれないが。

 宝石店に戻ると、メグが店の前で右往左往している。そして俺を見つけると、血相を変えてすっ飛んできた。

まあマイ、ミスター・ナイト! 申し訳ございません、私が付いて行かなければなりませんでしたのに……」

「問題ないよ。買ってきたのは君へのプレゼントだし、何を買ったか知らない方が後の楽しみが増えるだろう」

「本当に買っていただいたのですか? ありがとうございます! でも、フレイザー夫人も指輪をプレゼントして下さるとおっしゃってるんです。ジャッキーだけではなくて、私にまで……」

 たぶん、睡眠不足にさせた埋め合わせのつもりだな。しかし、指輪なんて買ったら俺のプレゼントが霞むんだが。

「いいんじゃないの。金持ちの気まぐれなんだから付き合ってやりなよ」

「でも、今後こんなことが通例になってしまっても困りますし……」

「フレイザー夫人が君にプレゼントをするのは確かに例外的だがね。まあ、黙っておけばいいよ」

「ああ、いえ、その……あなたから、お断りしていただけないかと……」

 そういうことか。でも、俺が何かしてやれと言ったからだし、何か別のことにしてやれと言うくらいかなあ。

「とりあえず、彼女のところへ行こうか。ちゃんと見ててくれてた?」

「ええ、今はジャッキーにお願いしていますが……」

 ノーミはそのジャッキーに指輪を受け取らせようと説得しているらしかったが、もっと手軽に着けられるブローチなどにしてはどうかと提案してみたところ、あっさり折れて二人にブローチを買った。それでも、小さいながらダイアモンドが付いていてそこそこの値段だったので、二人とも恐縮していた。

 そろそろホテルに戻ることにする。予想よりもだいぶ時間がかかった。メグが駐車場へリムジンを呼びに行く。ずっと待っていた運転手も大変だったろうと思う。

 5時過ぎにホテルに着くと、メグがメッセージを受け取ってきた。アイリーンからで、6時にマリーナ・ミラージュの近くのイタリアン・レストランで待っているとのこと。朝、メグが連絡したときは、仕事の後に約束があるので行けるかどうか判らない、という返事だったが、どうやらスケジュールが空いたようだ。予想どおりかな。

 昼寝をする暇がなかったので、メグに作ってもらったコーヒーを飲む。メグには俺が出ている間、宵寝ナップをするように言う。それからシャトル・コーチでマリーナ・ミラージュへ行き、レストランまで歩いた。

 半戸外セミ・オープン・エアのテーブルにアイリーンが座っていた。昨日と違ってカジュアルな服装……というか、ライト・ブルーのタンク・トップにデニムのショート・パンツという露出度の高い姿だった。健康的でいいことだ。俺が来たのに気付いて小さく手を振ったが、意外、と言いたそうな表情も垣間見える。

「やあ、アイリーン、招待を受けてくれて嬉しいよ」

「ありがとう、アーティー。返事が遅くなってごめんなさい、あなたが今日誘ってくれると思ってなかったし、先約もあったから……」

「気にしなくていいよ。もし今日会えなかったら、後で送るか誰かに預けて届けてもらおうと思っていた」

「送るって、何を?」

「もちろん、指輪だ。スノーケリングを教えてもらった礼としてね」

「昨夜言っていたプレゼントのこと? あら、本当にもらえるの? 信じられないわ!」

「夕食の後で渡すよ」

 そう言ってウェイターを呼び、メグに聞いておいたお薦めの小エビシュリンプとトマトのパスタを注文する。アイリーンはバジルのパスタを選択した。シー・フード系は食べ飽きているらしい。俺としては珍しくワインも頼んだ。アイリーンも少しならと言って付き合ってくれた。サラダを食べながら、今日のツアーの様子はどうだったか訊いてみた。

「土曜日で、天気もよかったから大盛況だったわ。スノーケリングも予約だけで満員で、午前と午後に10人くらいずつレクチャーしたの。もちろん、私一人では見切れないから、ジョアナって娘と一緒に組んでたんだけど」

「君の夫とは組まないのか」

「夫婦で組むことって、基本的にしないのよ。お客が余計なことを訊いてきたりするから。ジョアナは大学生で、週末だけ手伝ってくれるの。彼女、去年はお客だったのよ。その時にダイヴィングにすっかり取り付かれて、今年からは仕事にしちゃったってわけ」

「今日の客にはいい男はいたかい」

「あら、そんな! 私がいつも男を物色してるみたいに言わないでくれる? 普段はお客はみんな公平に扱ってるんだから。あの日のアーティーは特別だったの。あなたが特に素敵で目に付いちゃったから……」

 話しながら、アイリーンの視線が俺の顔と胸の辺りを行ったり来たりしている。たぶん、俺がわりあい身体にぴったりしたポロ・シャツを着ているからだろう。本当ならゆったりしたシャツが好きなのだが、今夜ばかりはしかたない。

 それに、俺の視線も彼女の顔と胸の谷間の辺りを往復している。アイリーンが俺の胸を見るほどに、彼女の谷間を見てはいないはずなのだが。

 パスタはエビが新鮮でうまかった。ワインを時々飲みながら、気分よくアイリーンと話をする。彼女は仕事仲間と時々この店に来るらしい。ただし仕事帰りに仲間と食事に行くのは週に1度あるかどうかという程度で、普段は大人しく家に帰って翌日の準備をしているそうだ。夫の方はたびたび遅くなるらしいので、少しばかり不満が溜まっているのは本当だろうと思う。

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