#7:第7日 (3) 4人で昼食を

 メグに指令を伝えていたので、予定が少し遅れた。9時半頃にノーミに連絡し、その15分後くらいに部屋に迎えに行った。ノーミは白いワンピース風のテニス・ウェアに、薄手の白いパーカーを羽織っている。そしてつばの大きな白いサンバイザー。どこまでも白ずくめだな。

 後ろにはジャッキーが控えているが、驚いたことにいつものダーク・スーツではなくて、ダーク・グレーの長袖シャツに、黒のハーフ・パンツ、そしてレギンスという、長距離ランナーのような出で立ちだ。スーツだと身体の線が隠れてしまうが、この姿だとやはり女なんだなとはっきり判る。しかもスリムで脚が長くて、メグよりプロポーションがよさそうに見えて悔しい。俺が悔しがる必要なんて何もないのだが。

「マーガレットは来ないのですか?」

「睡眠不足で、暑いビーチに出ると体調を崩すかもしれないから、部屋で休ませてる。君は大丈夫なのか?」

「さっきまで一眠りしていたんです。すっきりしましたわ」

「そうか。だが、気分が悪くなったらすぐに言ってくれ」

「お気遣いありがとうございます」

 ビーチに出て、予告どおりストレッチと柔軟体操カリステニクスを入念にやる。ジャッキーもノーミも、普段から運動をしているとは思えないからな。暑いので、すぐに汗をかく。早くも休憩して水を飲みながら、ノーミに指輪を外すように言う。石が付いていると、何かの弾みで怪我をするかもしれないから、というのが理由だ。

「部屋を出る前に言っておくべきだったかな」

「いいえ、運動をするのに指輪を着けてくるのがいけなかったんです」

 ノーミが笑顔で指輪を外す。受け取って、例のポーチに入れ、ポケットに収める。この指輪がこのポーチに入るのは2回目だな。それから、ノーミにボールの受け方を説明する。もちろん、両腕で抱き止める受け方だ。

「投げ方も教えて下さいません?」

 教えるのはいいが、彼女の手は小さいので、うまく投げるのは無理ではないかと思う。ボールを持たせてみたが、端の方を掴むだけで精一杯だった。ノーミがなぜかジャッキーにもボールを持たせる。ジャッキーの方がわずかに手が大きいが、それでも投げるのは無理だった。

「もっと簡単に投げられるのかと思ってました」

 投げられなくても、ノーミはさほど残念そうではなかった。

 いつもと同じく、山なりのショート・パスから始める。ノーミの受け方はなかなかうまい。が、昨日のメグの方がもっとうまかった。なぜか何でもメグと比べてしまう。どうやら俺はいつの間にかメグを心の中で私物化してしまっているようだ。

 何度か休憩を挟みながら、ひたすらショート・パスを投げる。ノーミはすぐに飽きるかと思っていたが、意外に嬉しそうにボールを受け続けている。ジャッキーも受けたそうにしているのが面白い。彼女はスポーツはほとんどやったことがなかったはずなのだが、簡単に受けられそうに思えるからだろう。

 1時間ほどすると、メグが昨日と同じテニス・ウェア姿でやって来た。待ちかねていた恋人が来たような気分になった。

「申し訳ありません、遅くなってしまって……」

「やあ、メグ、そろそろ終わりにしようかと思っていたところだ」

「まあ、そうなのですか?」

 少し、不満そうな顔に見える。彼女もボールを受けたかったのかもしれない。が、もう何本か投げた後で、練習を終える。メグが俺に、ジャッキーがノーミに水を手渡す。メグは冷やしたタオルまで持って来ている。

 そのメグにポーチを渡し、ノーミに指輪を返すように指示する。メグは「かしこまりました」と返事をして、水やタオルをバッグに戻してから、ノーミのところに指輪を持って行った。そして彼女を昼食と買い物に誘っている。これは一応、事前の打ち合わせどおりだ。

「ありがとうございます。どちらへ連れて行っていただけますの?」

「ラディソン・プラザ・ホテルのレストランを予約しております」

「ああ、あのマリーナの近くですね。私、お茶を飲んだことはありますけど、食事もしてみたいと思ってたんです。とても嬉しいですわ」

 もちろん、店はメグが選んだ。俺は彼女に付いて行くだけだ。最終日になって、こういう形態にようやく慣れた気がする。ただ、最終日なのでいつもとは違って、メグも同席する。というか、俺が無理矢理誘った。もちろんジャッキーも誘う。

 ジャッキーは明らかに当惑している。客から昼食に誘われたことがないらしい。ダーク・スーツと今の長距離ランナー姿しか見たことがないが、普段はどんな服装をしているのだろう。メグのように普通の女性用のスーツを着ていれば、男の客から誘われるのは間違いないと思うのだが。そういう問題でもないか。

「テリーザも誘いますか?」

 ジャッキーがメグに訊く。メグはフレイザー夫人次第と答える。ノーミに訊くと、

「誘っても構いませんが、彼女は受けないかもしれませんね。元々、人がたくさんいるところがあまり好きではないようなので」

 という答えだった。

「ところで、お買い物はどちらへ?」

 ホテルの方に戻りながら、ノーミが訊いてきた。ラグーン・プールの間を並んで歩く。

「特に決めてはないんで、うろうろと歩き回るかもしれないな。アイリーンへのちょっとしたプレゼントを買うだけなんだがね」

「ああ、婚約指輪の約束ですね」

「婚約指輪なんてプレゼントしないよ」

「でも、指輪を買ってあげれば、彼女はきっと喜びますよ。サイズはMです」

 そりゃあ、欲しがってる女に買ってやれば喜ぶだろうさ。だがこの国じゃ、人妻が夫以外の男から指輪をもらっても気にならないのか。

「あまり気が進まないんだがな」

「彼女に指輪を買うかどうかは別として、宝石店へ寄っていただけませんか? 私も新調したいアクセサリーがいくつかあるので」

「もちろん、問題ないよ」

「それとも、私にも指輪をプレゼントしていただけます?」

 今朝のトラブルのことを考えれば、慰謝料代わりに俺が買ってもらってもいいくらいだと思うんだがな。あるいはメグに買ってやるとか。

「そうだな、考えておこう」

「ありがとうございます。それではまた後で」

 部屋に戻り、シャワーを浴びて着替える。また新しいシャツとスラックス! もう何着目なんだか判らなくなってきた。

 着替え終わってしばらくソファーで涼んでいるとドアにノックがあった。メグだろう。入ってきたが、困惑の表情を浮かべている。

「やあ、どうだった?」

「はい、その……あなたのおっしゃったとおりでした」

 やはり。メグには部屋に戻る直前に「テリーザが誰かとホテルの外で会っている様子はないか、見張っておいてくれ」と頼んでおいた。想定どおりの情報が、テリーザに伝わっていたようだ。

「そうか。まあ、フレイザー夫人が困るようなことにはならないと思うから、放っておけばいいよ」

「はい、あなたがそうおっしゃるなら……」

 口ではそう言いつつも、今一つ承服しかねるという顔つきをしている。どうでもいいが、メグはまだテニス・ウェア姿のままだ。スーツ姿よりもいっそう若く見えるので目の保養フィースト・フォー・ザ・アイズになるのだが、見張りのことに気を取られて着替えが間に合わなかったのだろうか。それとも、その姿の方が見張りには適していると思ったのかな。可愛すぎて目立つので、見張りには向いてないんだが。彼女には少なくとも探偵の素質はないな。

「ところで、昼食の後で宝石店へ行くことになると思うけど、いい店はある?」

「はい、いくつか心当たりがございますが、おそらくチブナルズが適当と思います」

「じゃあ、その店で君のプレゼント用にダイアモンド付きの手帳や真珠付きのペンを買おうかな」

「まあ! そんな高価なものをいただいても使えませんわ。もっと実用的な品にしていただく方が嬉しいです」

 ジョークと判っているからだろうが、いい感じの笑顔になった。夜には最高の笑顔になってくれるように努力しないと。

 12時前にロビーに集合し、4人でリムジンに乗ってケアンズへ向かう。テリーザはやはり参加せず、ホテルで留守番しているとのこと。送迎係のドリスはこういうときには乗らないそうだが、5人で乗っていても狭くはなかっただろう。

 皆の服装を見ると、俺が一番カジュアルに見えるが、メグが選んでくれた服なので何の文句もない。むしろ気になるのはジャッキーで、うわべはいつものダーク・スーツなのだが、インナーを女物の開襟シャツに替えているだけなのに、ずいぶん印象が変わって女らしくなっている。男物のシャツの時には胸がないように見えたのだが、どうやって押さえ付けていたのだろう。

 ラディソン・プラザ・ホテルに着き、マリーナが見渡せるパティオ席に案内される。メニューはムール貝のスープに、ロブスターとマッド・クラブのボイル。メグのお薦めだけあって、うまい。

 それにしても、ノーミがよくしゃべる。一昨日の夜、バーで話を聞いたときもそうだったが、今まで遊びに行ったところ、例えばメルボルンのグレート・オーシャン・ロードやバララットのソヴリン・ヒルの光景を、目に見えるかのように語るのだ。この調子でウルルの話をしてくれたら、俺はわざわざ行かなくてもよかったんじゃないかと思うくらいだった。

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