#7:第3日 (3) カタ・ジュタとウルル
昼食が終わると、イマラング
周回道路から、赤土の小道に入って5分ほど歩く。それだけの距離でも暑くてしかたないが、メグは暑いとは一言も言わない。むしろ彼女の清新な笑顔を見ていると涼しく感じるくらいだ。
展望台と言っても、周りより少し小高くなった丘のようなもので、せいぜい10フィートくらいの高さだろう。それでも、周囲にほとんど何もないおかげで、南の方に遥か遠くウルルが見える。南西にはカタ・ジュタ、そして西にセイルズ・イン・ザ・デザートの白い屋根。丘の周りには細い木の棒で作った柵、真ん中に簡素な木のベンチがあるだけだった。新婚らしい男女が、柵に座ってウルルを見ている。身体をくっつけ合い、仲が良さそうで結構なことだ。
見所が少ないので30分もいられない。ホテルに戻って、部屋でメグにアイス・ティーを作ってもらった。メグは俺の指示で椅子に座っているが、全くくつろいでいないように見える。
3時になり、メグに見送られて、“マウント・オルガ観光とエアーズ・ロック・サンセット・ツアー”に出発する。が、何とその中にミズ・フレイザーもいた。ダーク・スーツの男に見送られているが、本人は周りの中年団体と歓談している。なぜ彼女はこんなに中年に人気があるのだろう。若者の団体が来ていたら、そちらでも人気になるのかもしれないが。
バスに乗り、ガイドの説明を聞きながら、まずはカタ・ジュタへ向かう。ガイドが、エアーズ・ロックは19世紀にイギリスの探検家ウィリアム・ゴスが発見し、当時の植民地の首相ヘンリー・エアーズから名付けられたが、アボリジニの言葉ではウルルという、と説明する。
俺は一応そのことは知っていた。というのも、この時代ではエアーズ・ロックの方がまだ世界的に通用している名前かもしれないが、俺の時代の地図では“ウルル”としか書かれておらず、“エアーズ・ロック”の名前は調べないと出て来ないのだ。
カレッジのオーストラリア出身の友人は、エアーズ・ロックという“通称”を正式に廃止すべきだと言っていた。俺が、名前なんてどう呼んでもいい、他人から識別できればそれでいいんだ、と言ってやったら、「じゃあ俺は今日からお前のことをアルスル・クニフトと呼んでやる」と言い返された。俺が意地を張ってそれでいいと言ったら、そいつは卒業するまでずっと俺のことをアルスル・クニフトと呼び続けた。
こんなつまらないことは思い出せるのに、どうして以前のステージの登場人物の名前が思い出せないんだ。
続いてガイドは、ウルルとは“大きな岩”という意味だと言ったが、これは間違っている。ウルルは固有名詞であって、特に意味はないらしい。友人はなぜこんな余計な知識を俺の頭に詰め込んだのだろう。
次はマウント・オルガの名前の由来と、アボリジニ語の名称であるカタ・ジュタの意味の説明。こちらは正しかった。この二つは実は地中でつながっている、とガイドが言うと、ツアー客が歓声を上げた。これは俺も知らなかった。友人の知識は名前に関する部分的なものだったようだ。
5分ほど走ると道路の真ん中にゲートがあり、ここで係員にチケットを見せる。ウルルとカタ・ジュタは国立公園内にあり、入場料が必要なのだ。
途中で道が分かれ、正面に見えるウルルではなく、まずは右手へ。25分でカタ・ジュタの南にあるヴューイング・エリアに到着する。簡素な展望台があり、カタ・ジュタがいくつもの巨岩の集まりであるかのように見える。
全部で36の岩があって、などとガイドが説明する。だが、さきほど地中でつながっていると言ったばかりだから、36の岩に見える、が正しいだろう。
真東にウルルが見える。と言っても、イマラング
15分ほど遠景を楽しみ――本当は10分の予定だったが、ツアー客がガイドの言うことを聞かないのだ――バスに乗ってカタ・ジュタの西側に回り込む。36の岩のうち、一番大きいのがオルガ、その次がウォルパといい、その間の谷がトレイルになっているので、そこを歩く。
谷の途中まで、1マイルと4分の1くらいの距離だ。1時間もあれば歩けるはずだが、年齢層が高く、しゃべりながらもたもた歩いているので、一番奥まで行けるかおぼつかない。
平坦かと思っていたら、意外とアップ・ダウンがある。岩の一番高いところは546メートルくらいというガイドの声が聞こえる。1800フィートくらいだな。
岩肌をよく見ると、ところどころにえぐられたような穴が空いている。風で浸食されたのだろう。一番後ろから歩き始めたのだが、前を歩いている連中を次々に追い抜き、ガイドの後ろに付いて歩く。ガイドは頻繁に立ち止まる。みんな付いてこないのだ。
結局、8分の1マイルほど残して折り返すことになった。みんな不満を漏らしているが、さっきの展望台でもたもたしたことが響いているのだから、ガイドのせいではない。引き返す時にミズ・フレイザーの姿が目に入った。中年の男と話をしている。今回は中年紳士に人気があるようだ。
ツアーの案内には動きやすい服装で参加することとあったのに、彼女は膝下くらいの長いスカートを穿いて、パラソルまで差している。靴だけはウォーキング・シューズのようだが。片や、中年紳士はホワイト・シャツにネクタイを締め、足元はスラックスに革靴だ。バスの中ではジャケットを着ていたように思うし、仕事で来たかのように見える。おかしな組み合わせだ。
バスに戻り、ウルルに向かう。道路が東に向かうところでは、ウルルの姿がぐんぐん大きくなる。そのまま一直線に向かうのかと思ったら、北の方へ曲がり、分かれ道のところで改めて南へ折れて、ウルルの南側に回り込んだ。
まず、クニヤ・ウォークを散策する。クニヤとは伝説の蛇のことで、ホテルのレストランの名前の由来だ。ガイドがクニヤの伝説について説明する。蛇のクニヤと毒蛇のリルが戦って、などと言っている。
それからアボリジニの壁画と、ムティジュルの泉を見に行く。この泉はどんなときにも涸れないと言われているそうだ。恐らくこの下に不透水層があって、降った雨水が常に溜まるからだろうが、語る相手もいないので黙ってガイドの説明を聞いておく。
バスに戻り、日没の風景を見るために、先ほど来た道を少し戻ってウルルの北西に移動する。既に多数のバスや車が列を成して停まっていて、場所取りまで行われている。椅子に座ってバーベキュー・ディナーを準備しているところもあるが、俺が参加しているツアーはスパークリング・ワインを飲みながら軽食をつまむ程度だ。
メグの性格からすると豪華なディナー付きのツアーを予約しそうなものだが、ツアーの定員の都合だろうか。まさか、ツアーの“ディナー”が値段の割に貧相なのが気に入らないので避けた、というわけではあるまいと思うが。
陽がだんだん傾いてきて、ウルルの表面の細かな襞に、陰翳が刻み込まれる。それをシャンパン・グラスを片手に眺める。「岩の色がどんどん変わっていくので、よく見ていて下さい」とガイドが言うが、夕焼けの光の色や明るさのせいで見る物の色が変わるのは当たり前のことだと思うので、何がすごいのかよく解らない。ブラウンだった岩肌がブルーやピンクに変わるというのなら驚きもするが。
それはともかく、見渡す限り何もないような平原の中に、巨大な岩が突出している風景は他では見られないもので、感嘆に値する代物であることは間違いない。ガイドが俺のところにもやって来て、「どうです、素晴らしいでしょう」と言う。「ここから見るウルルは、ちょうど岩の浸食の方向と一致しているようだな」と言ってやると、「そのとおりです、よく観察してますね」と喜んでいる。上空から見ると浸食の襞が北西から南東の方向に走っているのがよくわかるので、それをヘリコプターで見るツアーというのがあるそうだ。
ガイドが別の客の方へ行ってしまったので、軽食のクラッカーを摘まみながら、周りの様子を見る。ミズ・フレイザーは老夫婦と歓談している。ホワイト・シャツの中年紳士は何とかその輪に加わろうとしているようだが、周りから次々に割り込まれるのでうまく行かないようだ。どうも虚しい努力をしているように思える。彼女に話しかけたいのなら、こんなツアーの中ではなく、ホテルに戻ってからにすればいいのに。
夕闇が迫り、ウルルは最後に真っ黒な姿に変わった。ガイドに追い立てられてバスに乗り込む。車が多すぎて、なかなか出発できない。
ホテルに戻り、メグの優しい笑顔の出迎えを受ける。これだけはだんだん慣れてきた。
「いかがでしたか?」
「素晴らしかったよ。君も見に来ればよかったのに」
「私はちょうど日没の時、お昼にご一緒した展望台へもう一度行って見てました」
本当はそんなことはたぶんしていないと思うが、深くは詮索しないことにする。
予約してもらっていたレストラン“ウィンキク”で夕食。ツアーの軽食ではさすがに物足りないからだ。カンガルーの肉のステーキを食べた。ルーミートと呼ばれていて、タンパク質が豊富で脂肪分が少ないらしい。匂いに癖があるらしいが、俺は気にならなかった。俺の鼻が悪いのか、それとも仮想世界の匂いの再現性が悪いせいかは判らない。
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