#7:第3日 (2) お役に立ちます

「しかし、付いてきて、向こうで何をするんだ?」

「ホテルでのお世話を担当します。観光ツアーには参加しませんが、レストランの予約や、ツアーの手続き、お買い物など、私どものホテルにいらっしゃるのと変わらぬサービスに努めます」

 そんなに嬉しそうな顔するなよ。しかし、他のホテルに乗り込んでいってVIPを世話するなんてのが許されるのかね。俺の方は、執事と一緒に旅行してると思えばそれでいいんだろうけど。それに、新たな世話係をあてがわれるよりは、メグの方が多少なりとも気安いだろうな。

「そうか、それは嬉しいな」

「はい、私も大変嬉しいです!」

 いやだから、何がそんなに嬉しいんだよ。この仕事がそんなに好きだって言うんならそれでいいけど。

 メグに連れられて搭乗口へ。着くとすぐにビジネス・クラスの優先搭乗が始まったが、懐かしきゲート・マシーンにチケットを通すのさえメグがやってくれる。俺がするのはマシーンから出てきた半券をアテンダントから受け取ることだけだ。

 搭乗して乗り慣れない広いシートに収まったが、メグはアテンダントと何やら打ち合わせをしている。もしかしたら飲み物の好みなどを伝えているのかもしれない。ビジネス・クラスは意外に客が少なく、俺の隣に乗ってきた客はいなかった。

 しばらくすると、見覚えのあるダーク・スーツの優男が入ってきた。ホテルのプールのところで見かけたな、と思っていたら、すぐその後からミズ・フレイザーが現れた。おいおいおい! ということは、彼女がもう一人のツアー参加者!?

 彼女は俺の方に向かって優雅に一礼すると、反対側の、右舷のシートに収まった。いやいやいや、まさかこんなことになるとは。朝、ビーチで俺は彼女にウルルに行くと言ったが、彼女は自分も行くのにそれを言わなかったってことだ。俺を驚かせようとしたのだろうか。何のために? そもそも俺に言う必要もないわけだが。

 ダーク・スーツの男は、別の女に指示してミズ・フレイザーのシートの角度を調整させたり、スカートの乱れを直したりしている。もしかして、二人ともミズ・フレイザーの世話係なのだろうか。だが、俺は彼女が一人でいるところしか見ていない。人妻なのに、彼女の夫はどこにいるんだ? 俺が気にするようなことじゃないのは解ってるが。

 それにしても、飛行機に乗るだけなのに、俺の予想外のことが次から次に起こる。睡眠不足なのでもう寝たいが、せっかくビジネス・クラスに乗っているのに寝てしまうなんて惜しいと思うところが我ながら情けない。しかし、離陸して外を見ているうちに眠たくなって、目を閉じる。

 一眠りして、起きるとすぐにアテンダントがやって来て、オレンジ・ジュースを置いていった。頼んだ憶えはないが、メグの差し金と思われる。反対側の、ミズ・フレイザーの方をちらりと盗み見る。シートをいっぱいに倒して、目を閉じているから、寝ているのだろうか。

 しばらくしてシート・ベルトを着用する指示があり、ドスンという衝撃で目が覚めたら着陸していた。サインが消えるよりも前にメグがやって来て、寝起きの俺に柔らかく微笑みかける。まだ歩いたら危ないだろ。どうやってアテンダントを懐柔した?

「よくお休みになれましたか?」

「うん、まあね」

「2番目にお降りになれるよう、アテンダントと打ち合わせ済みですので」

 降りる順番まで決められるものなのかね。そこまでしなくてもいいだろうに。だが、1番は誰だろう。やっぱりミズ・フレイザーかな。

 ドアが開くと、予想どおりミズ・フレイザーが、ダーク・スーツの男とシンプルなドレスの女に前後を挟まれて降りて行く。その後でメグが俺を機外に案内した。

「メグ、質問」

「何でしょう?」

 メグの振り返り方がやけに可愛らしい。跳ねるようだ。

「俺の前に出たのは、同じホテルに泊まってる客だろう?」

「はい、フレイザー夫人です」

 今、メグはフレイザー夫人ミセス・フレイザーと言った。どうやらここにも呼び分けが存在するらしい。ホテル内ではミセスで、外ではミズなのだろうか。

「彼女も昨日、キュランダ・ツアーに参加していたが、行き帰りは他の客と一緒にバスに乗っていたようだな。なぜだ?」

「フレイザー夫人のご希望と伺っています。ホテル内でお友達になられた方々と、一緒にお出掛けになりたかったようで」

 そういうことなら理解できる。で、リムジンが余っていたので、俺に割り当てられたわけだ。

「彼女もスイートに泊まってるのか?」

「はい。もしご希望であれば、ご面会を取り計らいますが」

「いや、その必要はないよ。君のような世話係が付いていたのに、リムジンを使わなかったようなので、気になって訊いてみただけだ」

 俺が彼女に興味を持っていると勘違いされると困るので、釈明しておく。この世界では女の知り合いが増えるとろくなことが起こらないからな。

「かしこまりました。荷物をピック・アップして参りますので、出口の近くで少々お待ち下さい」

 今頃になって、スーツ・ケースが二つあった理由がわかった。一つは俺ので、もう一つはメグのだ。俺の荷物なんて、あの鞄に詰めておけばいいのにと思うが、そうすると大きさからして機内持ち込みキヤリー・オンになるわけで、それを俺に持たせるはずはなく、メグが持つことになる。それなら預け荷物チェツク・インにしてしまおうというわけだ。

 彼女に二つもスーツ・ケースを持たせるのは申し訳ないが、それも受け取りから送迎車の間だけだし、あまり気にしないことにしよう。

 目の前を、ダーク・スーツの男が荷物を持って通り過ぎる。荷物が出てくる順番もちゃんと決まっているらしい。ミズ・フレイザーの姿はどこにも見えないが、先に出迎えの車の方にでも行ったのだろう。

「お出迎えの車を待たせていますので、どうぞこちらへ」

 メグが得意そうな顔でスーツ・ケースを二つ引っ張って歩いて行く。一つ持とうと言っても持たせてくれないと思うので、言わない。迎えの車は白のセダンだった。外は暑かった。そして空港以外に砂しかない。その砂の中の道を車は走る。道沿いには草もあった。

 セイルズ・イン・ザ・デザートのセイルズとは、ホテルの屋根の上に張り巡らした白い布を、ヨットの帆に見立てたものであるらしい。この布は強い日射しを避けるためと、デザイン的なものの両方を兼ねているそうだ。

 そういう話を聞きながら、ホテルに到着する。ウルル国立公園の近くの、砂漠のど真ん中に数軒のホテルが建ち並ぶ“エアーズ・ロック・リゾート”のエリアの一角で、唯一の五つ星ホテルだとのこと。

 GMとまでは行かなかったが、フロント・オフィス・マネージャーの歓待を受けながら、チェック・インの手続きを待つ。もちろんメグがする。

 部屋に案内してもらうが、途中、ほんの数ヤードだけ外に出るところがある。ほとんど雨が降らないからか、屋根もない。一瞬だが、暑い。

 ドアを開けると、中は二手に分かれていて、正面がリヴィング・ルーム、右手の短い廊下の先がベッド・ルームだった。廊下の壁際に戸棚と簡易なキッチン、戸棚の向かい側がバス・ルームになっていた。

 案内はもちろんこのホテルのベル・ボーイがやっていて、メグはその間黙って聞いている。案内が終わるとメグがチップを渡した。ベル・ボーイが帰ってしまうと、リヴィング・ルームのソファーに座って、メグからホテル内の設備について聞く。

 窓の外には専用テラスがあり、テーブルと椅子、サン・デッキが置かれている。このホテルにはビジネス・ルーム――仕事に使える小部屋――がないので、彼女は基本的にロビーで待機することになっており、必要があればフロント・デスクを通して呼び出して欲しいとのこと。

「この部屋で待機してくれてもいいのに」

「昼間はそのご厚意に甘えさせていただいても結構なのですが、ご夕食後など、私がいては落ち着かないのではありませんか?」

 確かに。夕食後はまだしも、シャワーを浴びて露出の多い服に着替えた後は、メグは居場所に困るだろう。執事役とはいえ、女でしかも人妻だ。かといってテラスに出ていろとも言えないし。

「じゃあ、君の部屋なら?」

「別のホテルを予約していますので、3時過ぎまでチェック・インできないんです。それに、そちらにいたら、お呼び出しいただいてもすぐに対応することができません」

「別のホテル?」

「デザート・ガーデンズです。ここから600メートルほど南……ああ! 失礼しました、660ヤードほど南にあります。ですので、10時まではこのホテルのロビーで待機していて、10時以降はデザート・ガーデンズに移動します。もちろん、10時以降でも、私の部屋にお電話いただければ、すぐに参ります。電話番号はチェック・インした後でお知らせします」

「このホテルに部屋を取ればよかったのに」

「そうなのですが、残念ながら満室でしたので……」

 メグがとても残念そうな顔で言う。でも、本当かな。一昨日予約して、デラックス・スイートは空いてたのに、他は満室なんて。もしかしたら、こういうときは客と別のホテルに泊まらなければならないというルールがあるのかもしれない。

「解った。じゃあ、とりあえず、昼食の予約からかな」

「かしこまりました。ホテル内にはレストラン“クニヤ”と“ウィンキク”があります。また、ホテルの少し南にあるリゾート・スクエアのゲッコーズ・カフェでも食事ができます。フード・スタンドもあります。クニヤは予約が必要ですが、メニューを取り寄せますか?」

「いや、予約だけでいい。12時から、二人で」

「12時から、二人ですか?」

「昼食くらい、一緒に行ってくれてもいいだろう?」

 メグがつぶらな目を細めて微笑んだ。

「お優しいお気遣い、ありがとうございます。ご一緒します!」

 本当に嬉しいのかな。しかし、いざ一緒にレストランに行くと、メグは陽気によくしゃべってくれた。もちろん、観光案内だけではなく、オーストラリアの文化やファッション、アボリジニの文化についても詳しかった。ただ、ずっと背筋を伸ばしたまま座っていて、窮屈そうに見えた。

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