#5:第6日 (7) 魔術師の退場

 ドアにノックがあって、「どうぞ」と声をかけると事務長パーサーが入ってきた。

「やあ、これは……まさか、フォルティーニさんが、その……」

 事務長パーサーは座り込んだフォルティーニ氏を見てから、俺の顔を見て、その後、ティーラの方を見た。しばらくして、船長キャプテンと一等航海士数人が駆けつけてきた。船長キャプテンは呆気に取られていたが、「とにかく、お話を伺いましょう。事務長パーサーとダグラスはフォルティーニさんを船長室へお連れしろ」と指示する。そして船長キャプテンと航海士一人が部屋に残り、俺とティーラをソファーに座らせると、事情説明を求めた。俺はこの部屋の主ではないから、あまりしゃべらないことにした。

 ティーラはまだ身体を震わせていたが、起こった出来事をほぼ正確に船長キャプテンに説明した。ほぼ、というのは、フォルティーニ氏が撃たれたのに気付いていなかったことと、彼が何かの音に気を取られた隙に“突き飛ばして”逃げた、と言ったことだ。突き飛ばすどころかぶん投げたのだが、まあ、大した違いはない。俺はティーラの説明が正しいかを聞かれて、そのとおりと言い続けた。

 船長キャプテンは一通り話を聞いた後で、俺から銃を受け取り、「フォルティーニさんの話を聞いてくるのでしばらくお待ちを」と言って出て行った。どれくらい待たされるのかと思っていたが、意外にも早く、15分ほどで戻って来た。そして、「フォルティーニさんの話の内容とほぼ一致しました」と言った。氏も撃たれたことは言わなかったんじゃないかな。突き飛ばされたときに、壁で耳をこすったとか言い訳する方がいいだろう。話がややこしくなるだけだから。

「ミス・チュライにお怪我がなくて何よりでしたが、ショックも大きいでしょうし、もし、これ以上汽船シップに留まることがお気に召さないのであれば、ただちに下船ディセンバークして頂く分には何も問題ありません。フォルティーニ氏は一両日中はこちらで勾留しておきます。ただ、できればこのことは内密にお願いいたします。それから、ミス・マルーシャ・チュライに連絡を取ろうとしているのですが、捕まりません。もし、どこへ行かれたかご存じであれば……」

 と、そこまで船長キャプテンが言ったとき、ドアにノックがあった。航海士が、船長キャプテンへの言伝てメッセージを持って来たと言う。船長キャプテンはドアを開けて封筒を受け取り、上書きを見てから俺に差し出した。

「ナイトさん、あなたへです」

 なぜ、俺に。エレインなら、事務長パーサーに口頭で伝えれば済むだろうに。しかし、上書きを見ると、いつもの綺麗な字で"My Dear Mr. Artie Knight"(親愛なるアーティー・ナイト様)。横で見ていたティーラも、マルーシャからのメッセージだと気付いたようだ。

「この後、どうするかは、いつまでに決めればいい?」

 ティーラの代わりに船長キャプテンに訊く。

「いつでも結構です。私に直接お伝え頂かなくても、事務長パーサーや航海士でも結構です」

「彼女の姉のこともあるし、俺が相談相手になるよ。ティーラ、それでいいか?」

 ティーラが頷く。ありがとうございます、と言って、船長キャプテンは部屋を出て行った。念のためにドアに錠を掛け、ソファーに戻ると、ティーラが俺のことをじっと見ている。正確には、俺が持っている封筒を。もちろん、俺も中身が気になるので、開けてみる。

 そもそも、やけに重い。便箋以外の何かが入っているようだ。便箋を取り出し、封筒を逆さにすると、コインが1枚滑り出てきた。コイン! だが、6ペンス銀貨ではない。50セントハーフ・ダラーコインよりも二回りくらい大きい。何のつもりだ?

 蛇をくわえた鷲の横に、"25"の数字。裏に返すと両手を広げた古代人?の下にオリンピックの五輪のマーク。なるほど、メキシコで開催されたオリンピックの記念コインだな。意味が解らないながらも、便箋を開いて文面を読む。


 "Would you please bring me my sister?"

 (妹を私のところへ連れて来て下さいませんか?)


 書いてあったのはそれだけだ。ますます意味が解らない。ティーラを連れて行く? どこへ? というか、マルーシャは汽船シップへ帰ってこないつもりなのか? このコインはどんな意味があるんだ? ティーラを連れて行くことの代金か?

「あの……」

 声をかけられて我に返る。ティーラが心配そうな顔をして、横から覗き込んでいる。こういう表情も保護欲をそそる。が、こういう可愛らしい娘が、男を投げ飛ばすとは思わなかったなあ。

「姉の居場所を、ご存じなのですか?」

「いや、全く知らないんだが……」

 信用されていない気もするが、どうしたらいいのかな。もしかして、やっぱり秘密の恋人どうしなのでは、とか疑ってないか?

「ところで、このコインに見覚えは?」

 話を逸らすついでに、ティーラにコインを見せる。このコインはマルーシャの行き先を示すヒントになっている気がする。

「ええ、はい、マサトランで買い物をしたときに、お釣りの中に混じっていたように思います」

 記念コインなのに普通に市中流通してるのか。収集家向けの価値が低いのかな。それはともかく、そんな前からアカプルコで俺に手紙を書くつもりだったのか? どれだけ用意がいいんだ。しかし、そうだとしたら、このヒントを解読する他はないんだが。こういうよく判らないものは裁定者アービターに訊くべきだと思うが、エレインが今、部屋にいるかどうか。

「ちょっと、部屋に戻ってきていいか?」

「ナイトさんのお部屋ですか?」

「そうだ」

「はい、あの……私も、付いて行ってはいけませんか?」

 えーと、もしかして、その、一人で部屋にいるのが怖いっていうこと? フォルティーニ氏は勾留されているはずだけど、無理もないかなあ。部屋へ連れて行くのはいいとして、彼女に気付かれずに裁定者アービターを呼び出せるのかな。いや、彼女自身も裁定者アービターなのは解ってるけど。

 とにかく、ティーラを連れて部屋へ戻る。エレインはいなかった。あいつ、どこをほっつき歩いてローミングやがるんだ。肝心なときにいない役立たずめ。いや、待てよ。もしかしたら、いなくても呼び出せるかもしれない。マルーシャはティーラが隣の部屋にいるときに呼び出したからな。とりあえず、やってみるか。

裁定者アービター

 果たして、周りに黒布が下りてきた。エレインが部屋にいないとやっぱりこういう演出になるのか。ティーラを見ると、身体がぼんやりと輝いて、裁定者アービター特有の無表情になってる。他の競争者コンテスタント裁定者アービターも、バックステージに入れるのか。これも新発見だな。スポットライトが下りてきて、エレインの姿が現れた。ヨット・ツアーの時の服装のままだ。街へ出掛けているのだろうか。

「ステージを中断します。裁定者アービターが応答中です」

「外出中に申し訳ないが、メキシコでオリンピックが開催されたのはいつだか教えてくれ」

「1968年です」

 俺の時代からはおよそ100年前、このステージ内なら7年くらい前だな。

「記念硬貨が発行されたな?」

「25ペソ銀貨が発行されました。表はメキシコの国章である、蛇をくわえてサボテンに留まる鷲、裏はアステカの球技者とオリンピックの五輪です」

「これがそうだな?」

 先ほどのコインを裁定者アービターに見せる。

「はい、そうです」

 これでこれがオリンピックの記念コインであることが確認できた。が、それだけではマルーシャがなぜこれを手紙に同封してきたのかが全く判らない。このコインは、彼女の居場所と何か関連があるはずなんだ。

「メキシコのどこで開催された?」

「主会場はメキシコシティーです」

 メキシコシティーだと? まさか、ここから飛行機で飛べというのだろうか。

「メキシコシティーは今回のステージの可動範囲に入っているのか?」

「お答えできません」

 可動範囲は自分で調べなければならないのは決まり事だが、今回は本当にサボってるな。毎日、ノーラたちと一緒に観光しかしてなかったから。まあ、彼女たちは行けるのに俺が行けないところがなかったというのはラッキーだったが。

「アカプルコはオリンピックと関係あるのか?」

「アカプルコ湾がセイリング競技の会場になりました」

 セイリング……ヨットのことか。するとマルーシャはヨットに乗っているのだろうか。だとしても、オリンピックのヨットは俺が乗ったようなエンジン付きのボートではなくて、文字どおりセイルで推進するタイプだろう。そんな物はこのアカプルコ湾に無数に浮いているわけだから、探しようがないのだが。

 だが、他にヒントもないので、このコインを元にマルーシャを探すしかない。誰かに訊いてみるか。しかし、あんな事件があった後なので、船の中の連中とは少々話しにくい。そうなると、外で聞き込みするしかないな。

「解った。ところで、エレインは今どこにいるんだ?」

「ケブラダの崖を見に行っています」

「今頃か。いつまで寝ていた?」

「4時過ぎです」

 昼寝のしすぎだ。夜に寝られなくなるぞ。

「解った。俺はまた出掛けてくるが、もし遅くなっても夕食は一人で食べるよう仕向けてみてくれ。いや、ノーラたちに誘われるかもしれないから、一人で出掛けようと思うようにしてみてくれ」

「了解しました」

 エレインのアヴァターが消えて、幕が上がる。ティーラの表情はまだ固まっている。幕が上がりきったところで、ようやく生きた表情に戻った。部屋の中をきょろきょろと眺め回している。狭い部屋だと呆れているのかもしれない。もちろん、今起こったことには気付いてないよな。

「同室の方はおられないのですか?」

「あいにく、出掛けているらしい。君の姉さんを探しに行かなきゃならないから、書き置きをしておくよ」

 昼間の書き置きは、ゴミ箱に捨てられていた。新たな紙に、7時までには戻ると書いて机に置き、ティーラと部屋を出る。

「姉のところに行くのですか?」

「そうだが、どこに行けば会えるのかはよく判ってない。君を連れて来てくれとあったから、付いて来てくれるな?」

「はい、もちろん……」

 どこへでも付いて行きます、という気持ちが表情に出ている。とりあえず船を下り、1台だけ停まっていたタクシーの運転手に訊いてみることにする。平和の教会に行ったときとは違う、年配の運転手だった。

「オリンピックの会場になったのはどこだ?」

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