#5:第6日 (7) 魔術師の退場
ドアにノックがあって、「どうぞ」と声をかけると
「やあ、これは……まさか、フォルティーニさんが、その……」
ティーラはまだ身体を震わせていたが、起こった出来事をほぼ正確に
「ミス・チュライにお怪我がなくて何よりでしたが、ショックも大きいでしょうし、もし、これ以上
と、そこまで
「ナイトさん、あなたへです」
なぜ、俺に。エレインなら、
「この後、どうするかは、いつまでに決めればいい?」
ティーラの代わりに
「いつでも結構です。私に直接お伝え頂かなくても、
「彼女の姉のこともあるし、俺が相談相手になるよ。ティーラ、それでいいか?」
ティーラが頷く。ありがとうございます、と言って、
そもそも、やけに重い。便箋以外の何かが入っているようだ。便箋を取り出し、封筒を逆さにすると、コインが1枚滑り出てきた。コイン! だが、6ペンス銀貨ではない。
蛇をくわえた鷲の横に、"25"の数字。裏に返すと両手を広げた古代人?の下にオリンピックの五輪のマーク。なるほど、メキシコで開催されたオリンピックの記念コインだな。意味が解らないながらも、便箋を開いて文面を読む。
"Would you please bring me my sister?"
(妹を私のところへ連れて来て下さいませんか?)
書いてあったのはそれだけだ。ますます意味が解らない。ティーラを連れて行く? どこへ? というか、マルーシャは
「あの……」
声をかけられて我に返る。ティーラが心配そうな顔をして、横から覗き込んでいる。こういう表情も保護欲をそそる。が、こういう可愛らしい娘が、男を投げ飛ばすとは思わなかったなあ。
「姉の居場所を、ご存じなのですか?」
「いや、全く知らないんだが……」
信用されていない気もするが、どうしたらいいのかな。もしかして、やっぱり秘密の恋人どうしなのでは、とか疑ってないか?
「ところで、このコインに見覚えは?」
話を逸らすついでに、ティーラにコインを見せる。このコインはマルーシャの行き先を示すヒントになっている気がする。
「ええ、はい、マサトランで買い物をしたときに、お釣りの中に混じっていたように思います」
記念コインなのに普通に市中流通してるのか。収集家向けの価値が低いのかな。それはともかく、そんな前からアカプルコで俺に手紙を書くつもりだったのか? どれだけ用意がいいんだ。しかし、そうだとしたら、このヒントを解読する他はないんだが。こういうよく判らないものは
「ちょっと、部屋に戻ってきていいか?」
「ナイトさんのお部屋ですか?」
「そうだ」
「はい、あの……私も、付いて行ってはいけませんか?」
えーと、もしかして、その、一人で部屋にいるのが怖いっていうこと? フォルティーニ氏は勾留されているはずだけど、無理もないかなあ。部屋へ連れて行くのはいいとして、彼女に気付かれずに
とにかく、ティーラを連れて部屋へ戻る。エレインはいなかった。あいつ、どこを
「
果たして、周りに黒布が下りてきた。エレインが部屋にいないとやっぱりこういう演出になるのか。ティーラを見ると、身体がぼんやりと輝いて、
「ステージを中断します。
「外出中に申し訳ないが、メキシコでオリンピックが開催されたのはいつだか教えてくれ」
「1968年です」
俺の時代からはおよそ100年前、このステージ内なら7年くらい前だな。
「記念硬貨が発行されたな?」
「25ペソ銀貨が発行されました。表はメキシコの国章である、蛇をくわえてサボテンに留まる鷲、裏はアステカの球技者とオリンピックの五輪です」
「これがそうだな?」
先ほどのコインを
「はい、そうです」
これでこれがオリンピックの記念コインであることが確認できた。が、それだけではマルーシャがなぜこれを手紙に同封してきたのかが全く判らない。このコインは、彼女の居場所と何か関連があるはずなんだ。
「メキシコのどこで開催された?」
「主会場はメキシコ
メキシコ
「メキシコ
「お答えできません」
可動範囲は自分で調べなければならないのは決まり事だが、今回は本当にサボってるな。毎日、ノーラたちと一緒に観光しかしてなかったから。まあ、彼女たちは行けるのに俺が行けないところがなかったというのはラッキーだったが。
「アカプルコはオリンピックと関係あるのか?」
「アカプルコ湾がセイリング競技の会場になりました」
セイリング……ヨットのことか。するとマルーシャはヨットに乗っているのだろうか。だとしても、オリンピックのヨットは俺が乗ったようなエンジン付きのボートではなくて、文字どおり
だが、他にヒントもないので、このコインを元にマルーシャを探すしかない。誰かに訊いてみるか。しかし、あんな事件があった後なので、船の中の連中とは少々話しにくい。そうなると、外で聞き込みするしかないな。
「解った。ところで、エレインは今どこにいるんだ?」
「ケブラダの崖を見に行っています」
「今頃か。いつまで寝ていた?」
「4時過ぎです」
昼寝のしすぎだ。夜に寝られなくなるぞ。
「解った。俺はまた出掛けてくるが、もし遅くなっても夕食は一人で食べるよう仕向けてみてくれ。いや、ノーラたちに誘われるかもしれないから、一人で出掛けようと思うようにしてみてくれ」
「了解しました」
エレインのアヴァターが消えて、幕が上がる。ティーラの表情はまだ固まっている。幕が上がりきったところで、ようやく生きた表情に戻った。部屋の中をきょろきょろと眺め回している。狭い部屋だと呆れているのかもしれない。もちろん、今起こったことには気付いてないよな。
「同室の方はおられないのですか?」
「あいにく、出掛けているらしい。君の姉さんを探しに行かなきゃならないから、書き置きをしておくよ」
昼間の書き置きは、ゴミ箱に捨てられていた。新たな紙に、7時までには戻ると書いて机に置き、ティーラと部屋を出る。
「姉のところに行くのですか?」
「そうだが、どこに行けば会えるのかはよく判ってない。君を連れて来てくれとあったから、付いて来てくれるな?」
「はい、もちろん……」
どこへでも付いて行きます、という気持ちが表情に出ている。とりあえず船を下り、1台だけ停まっていたタクシーの運転手に訊いてみることにする。平和の教会に行ったときとは違う、年配の運転手だった。
「オリンピックの会場になったのはどこだ?」
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