#5:第4日 (5) 西か東か
海岸の近くまで戻って、イタリア料理店へ入った。なぜメキシコへ来てイタリア料理店なのかはよく解らない。まあ、飲み物だけだからどこでもいいとは思うが。4人掛けのテーブル二つに分かれたが、エレイン、ノーラ、クリスティンと同じテーブルになった。クリスティンの代わりにヴィヴィが来ると思っていただけに、意外だ。ベスがヴィヴィを呼んだらしい。注文した飲み物が揃ったところで女3人の写真を撮り、フィルム交換をする。クリスティンが物珍しそうに覗き込んでくる。フィルム交換に興味がある女というのはなかなかいないと思う。カメラの持ち主であるノーラを除いて、だが。
「カメラの扱いが上手なのね」
手際よくフィルム交換を終えたところで、クリスティンが感心したように言う。はっきり言って、彼女の方から話しかけてくるというのも意外だった。男から話しかけられるまで待っているタイプの女と思っていたのだが。
「ああ、この手の機械いじりはだいたい得意だな」
「アーティーは手先が器用なのよ。模型作りとか得意だったし」
おい、エレイン、お前が勝ち誇ったように言うことじゃないっての。それに、俺は機械いじりって言ってるのに模型作りが得意とかって、話がかみ合ってないだろうが。
「模型? じゃあ、ボトル・シップとか作ったりするの?」
「いや、ああいうひたすら時間がかかるのは苦手だな。
「例えば?」
「そうだな、例えば
解錠なんて言うわけにはいかないので、無難なことを言っておく。
「そうなの、頭がいいのね」
「いや、違うよ、手先が器用なだけさ。あまり考えずに、手を動かしてるうちにやり方が解るようなものが得意なんだ」
「ああ、そういうこと。解ったわ。ジョニーとは逆ね。彼、手を動かすのが本当に苦手で、考え事ばっかりしてるわ」
そうかなあ、考えるより先に口が動いてるように見えるけど。まあ、もう少し観察してみないと解らないと思うが。
「ところで、アーティーってマイアミに住んでたことがあるんでしょう? マイアミって冬でもこのあたりと同じくらい暖かいのかしら」
君の趣味は何だ、とクリスティンに訊こうとしていたら、ノーラが俺に質問を投げてきた。マイアミに住んではいたが、2月の平均気温なんて知らんぞ。しかし、ここよりはもう少し気温が低いと思う、などと話しているうちに、「私は寒いところにしか住んだことがないわ」などとエレインが言い出す。そりゃ、お前は元々俺と同じイリノイのレイクフォレストに住んでて、引っ越した先がカリフォルニアの北の果てのユーレカだもんな。でも、お前が住んでるところの話じゃなくて俺の話なんだが。その後、各自が住んでいる場所の気候の話をしているうちに、観光の続きをしようとベスが声をかけてきたので、店を出た。
川の南にある旧市街を見に行く。例によって俺は一番後ろを歩いているので誰とも話ができない。まあ、目の前にはエレインとヴィヴィがいるが、彼女たちと話をしたいとは思わない。話題がつまらないからな。土曜日になるとマーケットが開催されるというラサロ・カルデナス公園を見に行き、その後、東へ歩いて聖十字架教会へ。教会を見るのは本日早くも二つ目だが、他に見るような建物が存在しないので仕方ない。
旧市街地は山が南東側に迫っていて、それとさっき渡ってきた川――クアレ川というらしいのだが――に挟まれた狭い地域で、全部見て回っても大した時間はかからない。山肌には別荘らしき建物が見えていて、あそこまで上がればそれなりにいい眺望が開けると思うのだが、上り坂を徹底的に嫌う人間が二人ばかりいるので、そちらへ向かうことができない。明らかに観光客向けと思われるブティックなどに寄ったりしながら町の中を歩き回り、また海側へ戻って、ロス・ムエルトス・ビーチに面したメキシコ料理店へ入って昼食を摂ることにした。
今度もノーラ、クリスティンと同じテーブルになったが、エレインの代わりにヴィヴィが入ってきた。誰と同じテーブルになるかは、どうもベスの意向が反映されているらしい。ヴィヴィは料理を食べながらずっとしゃべっているが、なぜか積極的にクリスティンに話しかけ、おかげで俺がクリスティンに訊きたいと思っていたことが大概聞けてしまった。コメディー・リリーフだと思っていたのだが、エレインよりも充分役に立つな。
クリスティンとジョニーは東部のコネティカットの出身で――まあ、東部訛りがあるからだいたい察しが付いていたが――両親共に医者で、親戚にも医者が多いという医学家系だそうだ。彼女自身は医学とは関係がなく、高校しか卒業していないのだが、ジョニーがスタンフォードのメディカル・スクールへ進学した際に、一緒にカリフォルニアのパロ・アルトに移り住み、ジョニーの身の回りの世話をし始めて、ロス・アンジェルスで開業してからは秘書のようなことをやっているという。ジョニーの顧客にはハリウッドの俳優や女優が何人かいて、ロング・ビーチに別荘を持っているそうだ。
最後のは「ジョニーがそう言ってたけど、本当?」というヴィヴィの質問に答える形だったが、その後「今度別荘に遊びに行ってもいい?」と続いたので、ヴィヴィはそれを言うのが目的だったのだろう。裕福な生活をしていて大変羨ましいことだが、東部出身でメディカル・スクールへ行くなら、ハーバードでもジョンズ・ホプキンズでもペンシルヴァニアでもどこでもいいだろうのに、なぜ西海岸のスタンフォードなのかが解らない。まあ、俺と同じで、季候のいいところに移りたかっただけなのかもしれないが。
唯一、訊くことができなかったのは、例の真珠のネックレス盗難事件に関することで、これはヴィヴィたちの知らないことだろうから仕方がない。それを訊くのはエレインの役回りだと思うが、今日クリスティンたちと一緒に観光するというのは上陸する時になって判ったことなので、
昼食を終えると北へ向かって歩き、クアレ川の中州――クアレ島というらしいのだが――の森の中を一回りし、また海岸へ出てマレコン・ボードウォークを北へ歩く。いい加減、最後を歩くのは飽きたので、エレインとヴィヴィの前へ出て、ノーラ、クリスティンと話しながら歩くことにした。エレインたちが迷子になっても、タクシーで港まで行けばいいだけだから、何とかなるだろう。しかし、クリスティンに話しかけるつもりで彼女をノーラとの間に挟んで歩き始めたのだが、いつの間にやらノーラが真ん中になってしまった。しかもノーラは俺の方にばかり――まあ、正確なところは8対2くらいの割合だが――話しかけてくる。おかしいな、もしかして彼女も俺に“好意を持った”ってやつだろうか。まあ、彼女がキー・パーソンならそれでも納得がいくんだが。何しろ、それがこの仮想世界の仕様みたいものだからな。
ノーラの話は先ほどのマイアミの気候の続きから始まって、マイアミにもこんな砂浜があるのかしら、などと訊いてくる。西海岸の人間だから知らないのかもしれないが、マイアミ市内には砂浜はほとんどなくて、よく知られた“
30分ほどそんな話をしながら歩くとボードウォークの終点に着き、すぐ近くにあるミゲル・イダルゴ公園を見に行く。格子状の
しかし、ここで観光を始めてからリリーとは一度も話していない。それというのもリリーがベスとドクターと常に一緒にいるからで、もしかしたらドクターの本命はリリーなのだろうか。だとすると、船に戻るまで話をする機会はなさそうだ。明日の観光は別々になってしまうし、それまでにリリーともう少し話をしておきたいと思っているのだが、船に戻ってから何とかするしかないかな。
教会から出ると、これで街の南側の見所は大概見終わったことになる。高いところには行けなかったが、歩くとすぐに疲れる二人組がいるので仕方ない。まだ2時過ぎで、船に戻る予定の6時まで時間がたっぷりあるのだが、ここから港までの間は単なる新興住宅地と商業地なので見るものが何もない。もう少し発展してくれば観光施設もたくさん建つのだろうが、時代が時代だけに仕方ない。
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