#5:第4日 (6) 軌道の計算
またどこかのホテルへ行って雑談で時間を潰すことになるのかな、などと思っていると、ドクターがテニスをしようと言い出した。一番に乗り気になったのはエレインとヴィヴィだった。この時代はテニスが人気なのだろうか。合衆国に強いテニス・プレイヤーでもいたのかな。まあ、俺は別にやってもやらなくてもいいので、他の4人次第だ。
試しにノーラに訊いてみると「どこかでやろうと思っていたから、別に今からでも構わないわ」と言う。クリスティンはどちらでもいいとのこと。俺とは意外に気が合うようだ。リリーは「テニスをすると判っていたら、ウェアを持って来たのに」と残念そうだった。あらかじめ準備していたらしい。ランニングも一番やる気があったようだし、スポーツ好きなのかもしれない。ベスはもちろん賛成。結局、誰も反対しないのでやることになった。
とはいえ、何の準備もないのにどこでするのだろう。ドクターが言うには、フィエスタ・アメリカーナへ行けば、コートやラケットはもちろん、ウェアやタオルまで貸してくれる、とのこと。プリンセス・クルーズと提携しているので、料金が割引になるそうだ。この時代はテニス・ウェアのレンタルなんかがあるのか。まあ、俺はジーンズが動きにくい点だけを除けば、着替えなくてもできそうな気がする。どうせうまくないんだし、服なんかどうだって構わない。
タクシー2台に分譲し、ホテルへ向かう。アクティヴィティー・カウンターで申し込むと、ちょうどコートが2面空いていた。料金を払って――どうしてエレインの分まで俺が出すんだ――ウェアに着替え、ラケットとボールを持ってコートへ出る。俺は下だけ着替えたが、ドクターは上下共に着替えた。
この時代のウェアは真っ白が基本で、どこかにアクセントで色付きのラインが入っているのが特徴のようだ。女たちは着替えるのが遅いので――たぶん、日焼け止めを塗りなおしているからだと思うが――15分くらい待たされた。女のウェアも同じく真っ白が基本で、普通の
テニスは時代によってスカートが主流だったりパンツが主流だったりするのだが、この時代はスカートのようだ。レンタルなのでどれもデザインは地味だが、ベスのプロポーションは大したもので、“スポーツ・イラストレイテッド”の表紙を飾れそうだ。残念ながらマルーシャには及ばないと思うが、女性に対してそういう見方ばかりするのはよくないとも思う。
他は、一人だけ評価が不能で、あとの4人はみんなよく似合っている。エレインも意外に似合っているのが気に入らない。たぶん、あいつはこの時代に見合ったプロポーションだからだろう。いや、それは俺のせいでもあるのだが。
さて、どういう組み合わせでやるのかだが、テニスをやろうと言い出したのはドクターなので、ドクターが自分の本命を相手に選ぶだろう。と思っていたのだが、ベスとノーラが着替え中に決めてきたと言う。まず、準備運動代わりに1対1で打ち合い。その組み合わせが、エレインとヴィヴィ、リリーとクリスティン、ベスとドクター、そしてノーラと俺。友達も身内も全員ばらけさせるというのが意図かな。
ドクターの思惑は当たったのか外れたのかよく判らないが、ベスの方から一緒にやりましょうと誘われたのでは断るわけにはいかないだろう。ベスはドクターが気に入ったのかもしれない。打ち合いで身体をほぐした後は、ダブルスでゲーム形式。しばらくしたら、それぞれの技量を勘案してペアを組み替えてゲームを続ける、ということになった。
で、最初の打ち合いだが、コートは2面しかないので、それぞれクロスに使う。俺は例によって入念に準備運動をしたが、他の連中は軽く手足を振ったり、ジャンプしたりしたくらいで、さっさと打ち合いを始めてしまった。まあ、打ち合い自体が準備運動ということになっているから、それでもいいのかもしれないが、俺は準備運動を省くとたいがい怪我をするので、きっちりやらないと気が済まない。ノーラは俺に付き合って準備運動をしてくれているので申し訳ないが。
「いいのよ、アーティー。私も準備運動はきちんとする方なの。それに、最近は運動不足だから、特にね」
ノーラは笑顔でそう言ってくれているが、膝の屈伸するときにスカートから覗く脚の太さが俺の好みに合いすぎて正視できない。そして、他の連中より10分ほども遅れてようやく打ち合い開始。同じコートでやっているベスとドクターは長くラリーを続けているのに、俺たちはすぐに途切れてしまう。打ち損じるのはたいてい俺だ。打ち返したボールがコートに入っても長かったり短かったりで、ノーラを走り回らせる結果になっている。ノーラはなぜか嬉しそうだが。
隣のコートでは、リリーとクリスティンがうまくて、エレインとヴィヴィは下手だ。あまりにもラリーが続かなさすぎるので、コート内の4人で話し合って、相手を変えてしまった。リリーとエレイン、クリスティンとヴィヴィの組み合わせにして、ようやくそれなりにラリーが続くようになった。もちろん、うまい方の2人が走り回らされている。
30分ほどしてから少し休憩。その間に、ドクターはリリーに積極的に話しかけている。もちろん、そばにはベスがいる。俺の話相手はノーラとクリスティン。クリスティンはどうもエレインとヴィヴィがお好みではないようだ。まあ、気持ちは解る。ノーラに、走り回らせてばかりで申し訳ない旨を伝えてから、ウェアのことを聞いてみた。シンプルなデザインなのに、女性たちはどうもこのウェアを気に入っているようだ。
「だって、テッド・ティンリングのデザインだもの。こんないいウェアが、レンタルで着られるとは思わなかったわ」
「テッド・ティンリングを知らないの? ビリー・ジーン・キングやロージー・カザルス、それに若手のクリス・エヴァートもみんな彼がデザインしたウェアを着てるのに」
また、そうやって俺が知らない古い時代のプレイヤーの名前を言う。そもそも、この時代のテニスはどういうプレイ・スタイルなんだろう。技巧派寄りなのか、それともパワー派寄りなのか。まあ、このウェアは機動性よりも見た目重視だから、技巧派寄りなのかな。
「テニスはたまに見るけど、ウェアまで注意してないからな」
「女子テニスはウェアを見るのも楽しみなのに」
そうか、この時代は見てもいいのか。まあ、見ていいのはウェアであって、俺が気になるのはそれ以外の部分なんで、そっちを見るのはやっぱりダメなんだろうな。
休憩が終わってダブルス。俺とノーラは、ベスとドクターのペアと対戦することになった。同じコートでやっていたというのもあるが、疲れていない間に上手なペアと対戦するのは悪いことではない。どちらのペアも女が
最初はドクターがサーヴィス。かっこいいところを見せようというのか、思い切り強い球を打ち込んできた。横っ飛びに走って、かろうじてラケットに当てることができた……と思ったのだが、案に相違して相手のコートに返ってしまった。ドクターは打ち返せない。入ると思っていなかったのだろう。俺も思ってなかった。ノーラは「
「ああ、そうですね。失礼、最近プレイする機会がなかったんで、ちょっと強いサーヴを試してみたかっただけなんです」
ドクターが二流のプレイボーイのような笑顔で言う。まあ、そうしてくれると俺も助かる。もう二度とあんなにうまくは返らないだろうからな。宣言どおり、次はドクターが緩やかなサーヴを打ち、俺も緩やかにベスに向かって打ち返す。ベスはネット際には出てこず、サーヴィス・ラインの辺りにいる。ベスは俺に打ち返してきたので、それをドクターの方に打ち返す。それ以降、俺は二人に交互に打ち返すことにしたが、二人ともほとんど俺の方に打ち返してくる。ノーラは出番が少ないし、俺の体力はどんどん減っていく。ラリーはそれなりに続くが、ゲームとしては負けてしまった。まあ、全て俺のミスが原因だ。
次はこちらのサーヴだが、俺は苦手だし、ノーラに前後を代わってもらった。すると楽になった。ドクターは俺の方に打ってこないし、ベスが時々俺の方に緩いヴォレーを打ってくるくらいだ。気を遣ってくれてるんだろうな。ただ、点を取られ続けていて悔しいので、ベスから緩い球が来た時に、強いヴォレーを打ち返してみた。
「ワォ!」
ベスが軽く悲鳴を上げる。胸に当たってしまった。そっちばっかり目が行っていたのは確かだが、当てるつもりはなかったのになあ。
「済まない、大丈夫か?」
「いいのよ、気にしないで。40-15ね」
ベスが
「でも、二人からのボールは打ち返しやすかったな」
「そういえばそうね。負けたけど、たくさん打てたから楽しかったわ」
まあ、それがベスの意図していたところだろう。ドクターも、ノーラが後衛に入っているときはボールが優しかったが、俺の時は結構きわどいコースを突いてきた。気持ちは解るがね。隣のコートもゲームを終わってコート・サイドに集まってくる。もう
休憩中に、ベスとノーラがペアを組み替える。ベスとエレイン、ノーラとクリスティン、ヴィヴィとドクター、そしてリリーと俺が組むことになった。ようやくリリーと話ができる……かもしれない。ベス・エレイン組と対戦する。まず、リリーが前衛で俺が後衛。リリーの尻はノーラより一回り小さい。
ベスが打ってきたサーヴを打ち返す。以降、俺の方に来た球は全部ベスに打ち返す。エレインに回すと、ラリーが途切れてしまうからな。時々、リリーがエレインに回してくれている。たぶん、気を遣ってくれているのだろう。それなのに、あいつはチャンスと見るやヴォレーを打って、勝ち誇ったような顔をしている。本当に気遣いができない奴だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます