#5:第4日 (3) 追跡命令
朝食で雑踏するダイニング前から外に出ると、航海士が立っていた。「まだ夜が明けきっていないので、走るのなら気を付けて下さい」と注意される。外に出ると、昨日までよりも風が少し暖かい。さすがは南国。ちょうどリリーとノーラが準備運動をしているところだった。
「
「あら、
ノーラがそう言って挨拶を返してきた。黄色いタンク・トップに、黒いレギンスを穿いている。これがまた彼女の微妙な肉付きの身体にぴったり合っていて、スポーツ・ウェアの広告に出て来るモデルのように似合っている。こういう、走るための立派なウェアまで用意してきているのに、今日まで走らなかったんだな。
「そいつは申し訳なかったな。エレインには君たちの
「今日はまだ休み。明日からですって」
リリーが控え目な笑顔で答える。こちらは昨日と同じ、白いポロ・シャツにスカイ・ブルーのショーツだ。
「ということは、一応誘ったということか」
「ええ、彼女もちゃんとウェアを用意してきてるんです。でも、どうも
「そうか。まあ、体調が悪いのに無理して走ることないさ。さて、君たちが先に走り出すのか、それとも俺が先に走った方がいいのか」
「アーティーが先の方がいいわ。だって、すぐに追いつかれちゃうのはいやだもの」
「それじゃあ、お先に」
一足先に準備運動を終えて走り出す。すぐ後ろから彼女たちが走ってくる足音が聞こえる。他には男が4人くらい走っているはずで、おそらく昨日と同じメンバーと思われる。前の開放甲板に出る時に、
3周する間に男を4人追い越す。やはり昨日と同じだった。そして前の開放甲板に出たところで、反対側を走っていく白いTシャツと黄色のショーツの女が見えた。ティーラだ。別にスピードを速める必要もなかったが、左舷の通路の途中で追いつき、追い越した。彼女が恍惚とした表情をしているように見えたのは気のせいか。
その先にノーラとリリーが並んで走っているのが見える。昨日より遅いペースじゃないか。二人で並んで走っているからそういうことになる。後ろの開放甲板で追いつき、ショートカットして二人まとめて追い越す。ノーラは俺に向かって嬉しそうに手を振っている。君も追い越されるのが好きなタイプなのか。
さらに走って男どもを追い抜かし、ティーラに再び迫る。どうやら彼女は俺が4周する間に2周半するくらいのペースで走っているらしい。さほど遅くはない。男どもと同じくらいのペースだ。というか、これが普通のジョギングのペースだろう。リリーよりも更に細身で体力がなさそうな印象だが、人並みの体力はあるということだ。ノーラたちはそれよりやや速いくらいのペースだ。
それにしても今日は男がなかなか減らない。女が3人も走っているからか、と思ったが、俺以外には誰も前を走っている奴に追いついていないようだから、女が走っているかどうかとか判りようがない。まあ、彼女たちが準備運動をしているところは見かけただろうし、ティーラの後に走っている男は、女が前を走ってるなというくらいは判るだろう。
水平線の彼方に見える山際から朝日が昇り始める。ちょうど7時半頃が夜明けだった。走っている途中でちらりと見えたが、プロムナード・デッキの出口に立っている航海士が、外へ出ようとしている客を抑止してくれている。走っている客とぶつかると危ないからだろう。夜明けを見るなら他のデッキで、というわけだ。しかし、そのうちに俺の方にも声がかかり、走るのは7時45分までにして下さい、と航海士が言った。どうやら今日は20周ほどしかできなさそうだ。まあ、夜明けから着岸まで時間がないから仕方ない。
最後の1周に入るところでティーラを追い越し、走り終える直前でノーラとリリーを追い越そうとしたが、これはさすがに逃げ切られた。男たちが二人、船縁に立ち止まって汗を拭いている。ノーラたちを誘って、クーリング・ダウンのためにゆっくりと歩きながら甲板を一周する。ノーラのタンク・トップが汗でぴったり身体に張り付いて、下着のラインが浮き出し、ちょっと目のやり場に困る。ティーラの姿はいつの間にかなくなっていた。結局、7回追い越してやったが、満足しただろうか。
ノーラたちと朝食の時間と場所を決めて、
「
「
背筋がピンと伸びて、寝ぼけ顔がきりっとした表情に変わる。ぼさぼさになった髪とのミスマッチが微笑ましい。
「昨夜は何時に戻ってきたんだ?」
「時差調整後の時刻で、1時半です」
「君のせいじゃないが、エレインが早く戻ってきてくれないと、君と話をする時間が少なくなって困るよ」
「申し訳ありません」
「君のせいじゃないから謝らなくていいよ。で、昨夜は遅くまでヴィヴィと何を話し込んでたんだ?」
「種々雑多です」
「レスリー・ウィリアムソンの話題は?」
「いくつか出そうになりましたが、ノーラに止められました」
それは不自然だな。わざわざ友人の結婚式を祝うために来てるのに、その話題を出したがらないとは。察するに、ノーラとその友人の間に何か微妙な関係があるというところか。これはやっぱり直接ノーラに訊いてみないとダメだな。しかも他の3人がいない時に訊かなきゃならないから、ちょっと難しそうだ。女と二人きりになるのは俺の最も苦手とするところだからな。しかし、こんなことしていて、ターゲットのことが判るのかどうか。
「解った。着替えて食事に行こう」
「着替えるのも食事するのもエレインに戻ってからでないとできません」
「どうにかならないのかね」
「どうにもなりません」
「諦めたくないなあ」
「そう言われましても」
「いや、最終日までに何か考えるよ。とりあえず、今はエレインに戻っていい」
アヴァターの表情がだらしなくなる。しゃきっとしろと言って頬を2、3発ひっぱたきたくなる。
朝食の後、テンダー・ボートに乗ってプエルト・バジャルタの街に上陸。今日は例の4人組に加えて、バーキン
まず、マレコン・ボードウォークを歩きに行くことになったが、港から遠いのでタクシー2台に分乗する。バーキン兄妹とベスとリリーが1台目、俺とエレイン、ノーラ、ヴィヴィが2台目に乗る。ドクター・バーキンはまだベスとリリーにご執心のようだ。どちらが本命かは判らない。まあ、そのうち判ってくるだろう。ただ、そんなことが判っても何の意味もないかもしれないが。
ボードウォークの北端に到着し、南へ歩き始める。ボードウォークといっても板張りではなく、コンクリートの歩道だった。8人もいるのでひとかたまりにならず、2、3人ずつに分かれてしまうとは思っていたが、先頭はノーラとクリスティン、その次にドクターとベスとリリー、その後にエレインとヴィヴィの順になり、俺は一番最後を一人で歩く羽目になってしまった。なぜこんなことになるかというと、例によってエレインとヴィヴィの荷物を持たされ、しかもこの二人はずっとしゃべりながら歩いているので、後ろからせき立ててやらないと置き去りにされてしまうからだ。全く、エレインというのは昼間は役に立たないことこの上ない。かといって実体は
ボードウォークには他の観光客、おそらく同じ
4分の3マイルもないくらいなので、ゆっくり歩いたにもかかわらず20分ほどで川縁の行き止まりにたどり着いた。ドクターが海の方へ降りてみようなどと言い出す。砂浜ではなく、石ころだらけで足下が危ないが、エレインとヴィヴィは波打ち際まで行って、水が気持ちいいと言って喜んでいる。まるで子供だ。
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