#5:第4日 (2) もう一つの能力
「ところで、ターゲットの目星はついたかい?」
「
この前と同じことを訊いてみたが、答えも同じだった。
「ターゲットはこの
「その可能性が高いでしょうね」
「じゃあ、昨日はなぜマサトランの町をうろついてたんだ?」
「買い物」
「ターゲットに関係がある?」
「いいえ、全く」
「遊びに来てるみたいだな」
「
カモフラージュのためってことか? 暢気なものだな。俺なんか起きてる時間のほとんどはターゲットを探すことに使ってるってのに。
「じゃあ、参考までに今日の行動予定が決まってれば教えてもらおうか。勘違いしないで欲しいが、君と行動が被らないようにしたいってだけで、つけ回す目的で訊いてるんじゃないぜ」
「まだ決めてないわ。
「はい」
「
「了解しました。地図表示のために、空間をバックステージに戻します」
「あなたとナイト氏の間に表示された赤い矢尻のマークが現在の航行地点です。ミタ岬の約1海里西方を航行中。プエルト・バジャルタまでの距離は約30海里です。およそ1時間45分後に入港し、碇泊予定です」
なるほど、
「プエルト・バジャルタはハリスコ州西部の都市で、バンデラス湾に面しています。1970年頃から観光都市として開発が進められました。2月の平均最高気温は華氏84度・摂氏29度、平均最低気温は華氏61度・摂氏16度です。お薦めの観光ルートとして、マレコン・ボードウォークがあります。街の南側の、ダウンタウンに相当する地区の海岸沿いにある約1キロメートルの遊歩道です。西には海、東には山と町並みを眺めることができます。旧市街地にあるソナ・ロマンティカの散策も一興です。聖母グアダルーペ教会を中心として、カフェ、レストラン、パブ、バー、ベーカリー等が建ち並んでいます。教会の祭壇画は、聖母が褐色の肌をしていることで有名です。旧市街地を少し東に行くと高台があり、赤い屋根の家が立ち並ぶ石畳の道を散策することができます。また、当地は1963年の映画『イグアナの夜』の撮影地で、その撮影ポイントを巡る散策も人気です。主演はリチャード・バートンとデボラ・カー。バートンは当時エリザベス・テイラーと交際しており、テイラーは撮影期間中、この地に滞在してバートンとの逢い引きを重ねていました。テイラーが泊まっていたカーサ・キンバリーと、逢い引きに使っていたロマンスの橋が観光スポットになっています。エル・セントロ地区には美術館がいくつか集まっており、静かで芸術的な一日を過ごすには最適です。ホテルでのアクティヴィティーを望むのであれば、パソダ・バジャルタ、ホリデイ・イン、フィエスタ・アメリカーナなどの有名ホテルで、プール、テニス、水上スキー、パラセーリング、乗馬などを楽しむことができます。なお、海岸での遊泳やダイヴィングも可能ですが、冬季は水温や海流に気を付ける必要があります。プリンセス・クルーズが提供する各種ツアーを利用することも可能です。11ドルで街の散策ツアー、19ドルで山岳地方へのバス・ツアー、26ドルで民族舞踊と音楽の鑑賞を含んだホテルでのバーベキュー・パーティー、29ドルで湾の南部のイェラパまでを往復するヨット・ツアーにそれぞれ参加することができます。バンデラス湾の出口にあるマリエタス諸島は、平坦な島の真ん中に大きな穴が空いたプラヤ・エスコンディーダ“
何だかなあ、
「ティーラはこのうちのどれくらいを認識しているかしら。昨夜、観光案内書を読んでいたはずよ」
「マレコン・ボードウォークとロマンスの橋については認識していると思われますが、視線が本の中の同じ地点を何度も往復していたり、本を読みながら別のことを考えていると見られる兆候があったりしたため、正確な理解度は不明です」
「いいわ。地図を消して、通信を終了。いったんベッド・ルームに戻って、ティーラには、そうね、聞き耳を立てていたけれど、ほとんど何も聞こえなかったと思わせられないかしら?」
「試みます」
アヴァターがベッド・ルームへ戻るのと同時に、部屋が明るくなり、周囲の幕が上がり始めた。俺が座っている椅子も元のソファーに戻る。なかなか興味深いプラネタリウム・ショーだった。いや、見ていたのは床か。こういうのは何て言うんだろうな。
「聞き耳を立てるような娘なのかね」
「普通はそうするわよ。ティーラ!」
ベッド・ルームに向かってマルーシャが声を掛ける。普通はそうするってのは何のことだ? ああそうか、好意を持ってる男が、他の女と二人きりで隣の部屋にいたら気になるはずだとでも言いたいんだな。ティーラはまた
「ナイトさんの誤解が解けたから、安心してお話しして。きっと何でも言うことを聞いて下さるわ」
「はい……ありがとうございます」
いや、そんなことを約束した覚えはないんだが。しかしまあ、無碍にするつもりもないがね、こういう純情そうな娘の願いは。
「あの……ナイトさんは、その……毎朝、甲板でジョギングをしておられるようですけど……」
ティーラは視線を俺の方へ向けていながらも、俺の顔を見ているような見ていないような、そして俺に話しかけているような独り言のような感じで、ぼそぼそとしゃべっている。単語の発音が怪しいところからして、英語がうまくしゃべれないのかもしれない。あと、俺がやってるのはジョギングじゃなくてランニングなんだけど、まあいいか。
「ああ、そうだ。それで?」
「あの……私も、その、一緒に走っていいでしょうか?」
いや、別に甲板を走るのに俺の許可なんか要らないと思うが。
「君がどれくらい速く走れるのか知らないが、たぶん俺の方が速いと思うんで、君を置き去りにするだろうし、後で追い越したりすると思うけど、それでも構わないんならどうぞ」
「はい、ありがとうございます……あの、私、その……」
「まだ何か?」
「あ、いいえ、私……私、あなたに追い越して欲しいんです……」
いや、意味が解らない。一緒に走って、俺に追い越されたい? この娘の望みはいったい何なんだ。追いかけられたい女ってやつかね。
「それで、他には?」
「はい。それで、あの、私が走る時の服装を、今から見て頂けないでしょうか?」
「服装……今から着替えてくるってこと?」
「はい」
「そりゃ、見るのは構わんがね」
「ありがとうございます。すぐに着替えてきます……」
そう言い残してティーラはまたベッド・ルームへ戻っていった。今度は、
「君は走らないのか?」
「そんな体力ないわ」
どうかなあ、俺を一撃で気絶させかけるような力があるんだぜ。映画に出て来る女スパイ並みに鍛えてるんじゃないのか。
「よく言うぜ。じゃあ、その食った分は一体どこに入ってるんだ? 5人前も6人前も……」
マルーシャは黙って自分の胸元を見た。胸がでかくなるための栄養分だとでも言うのかよ! ダメだ、彼女はその食いっぷりについては何度も他人から、主に男から指摘されていて、それをあしらう方法を既に確立してるんだろうな。俺なんかが敵う相手じゃない。呆れて壁の方に目をやろうとした時、ベッド・ルームからティーラが滑るように出てきた。真っ白いTシャツに、黄色のショーツ。リリーよりもさらに細い脚が、ショーツの裾から伸びている。足下にはブルックスの真っ赤なジョギング・シューズ。
「いかがでしょうか?」
いや、いかがでしょうって言われたって、俺はスポーツ・ウェア評論家じゃないんだから。
「うん、まあ、いいんじゃないの、走りやすそうだし。ただ、どれもずいぶん新しいようだが……」
「はい、昨日買いました……」
あああ? そうすると、昨日の買い物ってのはこれのこと? ちらりとマルーシャの方を見たが、相変わらず俺たちのことを無視してサンドウィッチを食べ続けている。もう皿には一人前くらいしか残ってない。
「……新しい靴で走る時は、靴擦れしないように気を付けな。靴紐をしっかりと締めることだ」
「はい、ありがとうございます……」
そう言ってティーラは顔を真っ赤にしている。いったい何に羞じらってるんだか、さっぱり解らない。
「以上で話は終わりか?」
「はい」
「俺は今からすぐに走りに行くが、一緒に行くか?」
「あ、いえ、その、少し遅れてから……」
遠慮深いな。ああそうか、俺に追い越されたいということは、俺よりも後から走り始めた方が、早く実現するからだな。しかし妙な性格の娘だ。
「それじゃあ、俺はこれで。ああ、そうだ、もし俺の方から用があったら、またこの
マルーシャに向かって訊いてみる。もうすっかりサンドウィッチを食べ終わって、コーヒーを楽しんでいる。大食いの上に早食いだな。まあ、ゆっくり食べている時もあるようだが。
「事前にメッセージを入れるか、電話をして頂ければ、よほどのことがない限り断らないわ」
マルーシャは冷静な表情でそう言ったが、少し機嫌が悪いように見えたのは気のせいか。まあ、自分のアヴァターが俺のことを気にかけてしまっていて、情報収集に差し支えが出そうってのなら機嫌が悪いのも解るがな。
「そいつはどうも。それじゃあ、また」
別れの挨拶をして
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