#4:第7日 (3) たった一つの嘘
「ところで、本当にこれを奪う気はないのか?」
「ありません。昨夜も言いましたけど、他の人に贈られた勲章を奪っても価値がないですからね」
元の持ち場に戻りながらハーレイ氏との雑談を再開する。
「しかし、運さえよければ君が手にしていたかもしれなかった」
「そうですよ。ちょっとしたタイミングの差でね。でも、そのタイミングを決めたのは僕自身ですから」
「俺なんて特に考えもなしに行動してたら、ゾフィーのトラブルに巻き込まれて遅くなっただけさ」
「そう、あれが分岐点でしたね。ゾフィーは僕が気を付けていればあんな目には遭わなかった。僕が功を焦って地下道へ入るのを優先してしまったために、ああなったんです。自分のキー・パーソンを大切にしなかったのが原因なんですよ。大失態です」
ハーレイ氏は珍しく不機嫌そうな口調で言った。俺みたいなのが相手なのに、どうしてそんなに焦ったんだか。もう一人の、あの時点では未知の
「そもそも、情報をいくら集めても、結局何がターゲットなのかがちっとも判らなかったのが、焦った原因ですね。だから、これ以上は行動あるのみと思って、あなたやさっきのローラ・シュローダーより先に王女のところへ到達しようと思った。そうしたら、島側の出口は閉まってるし、もう一方の出口を調べようと思ったら、暗闇の中であの二人組にやられてしまった。体力がない上に2対1じゃ、敵いっこありませんから。いったん引き返して、地下道の他の分かれ道を調べるとかしていれば、もう少し違った展開になったかもしれませんがね」
「しかし、よく二つも地下道を掘ったよなあ」
「おそらくですけど、一つが崩落したので、新しいのを隣に掘ったんじゃないですか。それから崩落した方を予備として復旧した。陸側の地下道と、石の積み方が違うところがありましたからね。僕も昨日の夜にもう一度調べればよかった。まあ、今さらですが」
「なるほどね。たかが架空世界の
「全くです。無駄に充実してますよ、この世界は」
中がざわつき始めた。式が終わったようだ。再び俺たちがTVカメラに映る時間が来る。ハーレイ氏はネクタイを微調整し、俺はしゃがんで靴紐を閉め直す。しばらくして内側から扉が開けられ、警備の男たちに続いて侯爵と王女が出てきた。俺たちを呼んでここに立たせておきながら、一瞥もしない。まあ、侯爵以外の男を見るなんて、結婚式では御法度だろうけどな。
そしてその後から列席者がぞろぞろと出てきた。あまりにも雑踏しているので、どこかの上品な淑女が誰かに突き飛ばされて俺の方に倒れかかってきた。一応、騎士道精神を発揮して、その淑女を優しく雑踏の中に押し戻す。
「王女の性格は」
「何です?」
教会から出てくる人たちの列が切れてから、ハーレイ氏に話しかけた。周りがざわついていよく聞こえないようだ。
「あの三姉妹のうちの誰に似ていると思う?」
「そりゃあシュヴェスター・ギーゼラでしょう」
「どうして?」
俺が昨日話しかけた時の印象では、おどおどしていて、ゾフィーよりも大人しそうに思えたんだが。
「王女がシュヴェスター・ギーゼラと仲良くなったのは、単に名前が同じで、顔が似ていたというだけだと思います?」
なるほど、それはそうだ。いかにあの王女が人を振り回すような性格をしているとはいえ、大人しいだけが取り柄のシスターが相手ではつまらないと感じることもあるだろう。それに、王女の頼みとはいえ、身代わりになるためにわざわざ修道院から出て来るというのも、考えてみればかなり無茶な話で、ギーゼラがそういう性格だから実現しそうになったと考えるのは確かに自然だ。
「僕も宗教に詳しいわけじゃありませんが、女性が修道院に入る理由はいくつかあって、その一つに、性格の矯正のために半強制的に入らされるってのがあるんですけどね」
「本当かね、そりゃあ」
「だって、宗教とはあまり深い関わりのなさそうなあの家庭で、次女が修道院に入りそうな理由が他にありますか?」
「なるほどね。君は泥棒より探偵の方が向いてるよ」
「そうですね、解錠なんていう変な趣味を持ってなければ、そうなってたかもしれませんね」
教会の中に誰もいなくなったのを見計らって、中に入る。ハーレイ氏も後から付いてきた。祭壇に近い一番前の席に座る。通路を挟んでハーレイ氏が隣に座る。
「それじゃあ、そろそろこの世界を終わりにするか。結婚式の放送もそろそろ終わっただろう」
「そうですね……あれっ、
胸の辺りに目を落とす。確かに、
「やられたかな、これは」
「じゃあ……さっきあなたにぶつかってきた女性が?」
ハーレイ氏が腰を浮かす。どうして彼が取り返そうとするんだ?
「と、思わせておいてだな」
スラックスをまくり上げ、靴下の中から
「さっきの女の言葉を忘れたわけじゃないからな。教会から人が出て来て混雑している時に、掠め取られたら大変だと思って、ドアが開く前に外して靴下の中に入れておいた」
ドアが開く瞬間には結婚式自体は終わっていたんだから、王女との約束は守ったことになる。しかしあの女、いつの間に扮装を変えて、どこから教会に忍び込んだんだ? 教会堂に隣接している建物かもしれないが、そこだって警備の目があるだろうに。
「でも、靴下の中に入れるなんて」
「ここが一番安全なんだよ」
フットボールで、チャレンジ・フラッグを靴下の中に入れてるヘッド・コーチが大昔にいたんで、真似してみた。それに、首から提げるべきものを靴下の中に隠すなんて奇抜でいいじゃないか。屋根裏へ昇る通路を探したときと逆だよな。
「それは失礼しました。あなたは実に抜け目ない人だってことをうっかりしてましたよ」
「そうだ、ジョン、もう一つ教えてくれ」
「何です?」
「ルドルフに電話した時、何と言ってマリーのところへ行くようにけしかけたんだ?」
「ああ、あれですか」
そう言ってハーレイ氏はくっくっと声を忍ばせながら笑った。そんなに
「なに、大したことは言ってませんよ。公爵の屋敷から地下へ潜るために、電話して彼を外におびき出すついででね。マリーを助けられるのは君だけだ、彼女の誤解を解くにはもう今しかないんだぞ、とけしかけたんです」
「本当にそれだけか?」
「あっはは、実はその前日までに、色々と吹き込んでおいたんですよ。何を言ったかは男の約束で教えられませんがね」
なるほど、夕方にたびたび出掛けていたのはそのためか。
「約束じゃあ、しょうがないな。
「ヘイ、ジョン! 君はたった一つだけ俺に嘘をついたな」
「何のことです?」
「名前のことだ。ジョン・ハーレイ、つまりハーリ・ヤーノシュってのはハンガリーの伝説的ほら吹きの名前だろ。本当の名前は何ていうんだ?」
初めて
「ハルシャーニ・ヤーノシュ」
「それもどこかで聞いたことがある名前だなあ。本当なのか?」
ハーレイ氏が無言で手を振る。黒幕が俺とハーレイ氏を分かつ。もうそれ以上、ハーレイ氏の言葉は聞こえなかった。
「
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