#4:第7日 (2) 騎士の任務

 重要な任務……「賊が式を襲う可能性があるとのことなので、騎士は王宮警察と共に警護せよ」だと。冗談きついぜ。しかも、朝早くから呼び出された挙げ句、城教会シュロスキルヒェの扉の前で、単なる立ち番とは!

 まあ、教会に入場する侯爵と、王女の笑顔を近くで見ることができたのだけはよかった。王族の結婚式に立ち会うことなんて、普通の世界じゃ考えられないからな。架空世界ならではの体験だ。

 騎士の礼服を着用しろと言われて、わざわざサイズまで測ってもらって、王室御用達の店で超特急で仕立ててくれたのはいいが、普通のダブルのスーツじゃないか。肩から胸にかけて金モールがぶら下がっているだけだ。TVにも映ったかもしれないが、嬉しくも何ともないね。マリーはさぞかしびっくりしてるだろうぜ。隣に立っているハーレイ氏も苦笑いをこらえるのに必死だ。王女の配下を賊から守ったことで彼も名誉騎士に叙されたらしいのだが、理由としては俺より数段ましだよなあ。

「王族の結婚式ってのは長いねえ、ジョン」

「あっは、ようやく名前で呼んでいただけましたね、アルトゥール」

 ハーレイ氏は俺のことをドイツ式にアルトゥールと呼んだ。もちろんこれは王女に倣ってのことで、王女の関係者はみんな俺のことをそう呼んでいた。俺のことをアーティーと呼んでくれたのはマリーだけだ。

 お返しに、俺はハーレイ氏のことを英式にジョンと呼ぶことに決めた。フォン・ノイマンだってジョンと名乗ったんだから何の問題もないだろう。

「結婚式が長いのは王族だけには限りませんよ。それにこの式は世界中の……あっはは、架空世界の中の世界中ですが、注目行事ですからね。あっという間に終わったんじゃあ、価値が下がります」

「合衆国のTV広告アドは30秒あたり何ドルになってるだろう。スーパー・ボウルよりも高いのかなあ」

広告アドを入れている時間がないんじゃないですかね」

「マリーは放送を録画してるかな。俺が映ってたら記念にダビングしてもらえないだろうか」

「そういうのは次の世界に行く前に没収されるでしょうねえ。僕は以前、写真を没収されましたよ。綺麗な女性と、二人で写してもらっただけなんですがね」

「ポルノの規制に引っかかったんじゃないのか」

「いやあ、彼女は普通の水着姿だったんですが……そうか、露出度が高すぎたのかなあ」

 あまりにも暇なので、こうしてジョークを言い合うことくらいしかできない。それでも一応、見張りの役目はしている。教会の周りには中に入れてもらえなかった報道関係者が雲霞のごとく押し寄せて、うろうろと歩き回っている。中には目を盗んで教会内に忍び込もうとする連中がいるので、それを王宮警察官と共に取り締まるのが役目だ。泥棒が泥棒を見張るなんて皮肉だね。まあ、素人ながらも泥棒だけに、そういう連中がやろうとしていることが判るのが利点ではあるが。

 しかし、逆に大きな欠点もある。俺たちが晒し者になっていることだ。単に人に見られるのは構わないのだが、例の賊、つまりもう一人の競争者コンテスタントから身を隠すことができない。日付が変わった直後に獲得の報告をしているので、彼女は俺かハーレイ氏がターゲットを保持していることを知っているはずだ。だから、きっとここへ奪いに来るだろう。何しろお誂え向きに二人が揃ってるし、俺は俺でターゲットである頸飾カラーを着用しているんだから。式が終わるまでは必ず着用せよという王女の命令だから背くわけにもいかない。

 さっさと教会に入って退出してしまえば奪われる心配もなくなるのだが、俺は少なくとも結婚式が終わるまでこの世界をクローズしたくないと考えているし、ハーレイ氏も同意してくれた。

「王女の気持ちの変化について診断してくれないか」

 昨日、王女に訊いた時にははっきりとは答えてくれなかったが、元々今日の結婚式では、ギーゼラを代理に立て、王女の元気な姿を国民にアピールするという段取りが考えられていたはずだ。しかし、本番では王女自身が、車椅子に乗って現れた。医師団の助力と王女自身の気力もあいって、花嫁らしい美貌は何とか確保したものの、国民が期待するような、全面的に幸せそうな姿ではなかっただろう。

「さてね、王女のご病気について僕は直接話をしていないので、想像しかできませんが」

「それでも構わないよ」

「一つは、王室つまり国王陛下のご意向もあったでしょう。たった一人の跡取りである王女が、原因不明の不治の病で長く伏せっている。国の経済もうまく行っていないし、これ以上悪いニュースを見せられない。せめて王女は元気だということを見せておきたかったはずです」

「経済がうまく行ってないのかね」

「新聞にはそう出てましたよ。まあ、社説ですからある程度の偏見は入ってるんでしょうがね」

「新聞は読めなかったからなあ、ドイツ語で」

「それでも、ホーエンブルクの町を歩いた時に、あまり活気は感じなかったでしょう? 王室の結婚式が近いにもかかわらず」

「確かに」

 手放しの祝賀ムードというわけでなかったのは感じた。物価だけはしっかり上がっていたが。

「で、もう一つはもちろん王女自身の意向です。小さい時からお忍びインコグニートで出歩くのが大好き。自国民はおろか、近隣の他国民とも直接触れ合っているという自負がある。その自分が、歩けない病気にかかっている。早く治りたいのに、原因不明。王宮や別荘の中を移動するにも苦労する有様。みんなに期待されているような王女の姿を見せられない。今の姿を知られたくもなかったはずです。これじゃあ、陛下から説得されなくても、替え玉を使うしかないという気持ちにもなりますよ」

「やはりそうか」

 おおむね、俺の思ったとおりだった。しかし、それは単に想像が当たっただけであって、ハーレイ氏は裏付けとなる情報を調べたことだろう。

「で、式を翌日に控えているところに泥棒が押し入って来て、式に使うネックレスをよこせなんて言う。ますます気落ちする。しかもその泥棒が立ち去ったと思ったら、また次のがやって来た。げんなりしたけど、意外にも昔の楽しいことを思い出すようなことを言ってくれたので、少し機嫌がよくなって、物の試しとばかりに無理難題を押しつけてやったら、そいつがあっさり解決してしまった」

「偶然ってのは恐ろしいねえ」

「全くです。で、調子に乗って憧れの屋根に登ってみたら、思いのほか気が晴れた。一人ではできなくても、ほんのちょっと他人に手伝ってもらうだけで、やりたいことができるんじゃないか。そんな気がしてきた。しかも、自分は今まさにパートナーを得ようとしている。その人にちょっとわがままを言ってみようか。もしかしたら、意外に受け容れてもらえるかもしれない。それに、自分が早く病気を治したいと願っていること、再び国民と触れ合いたいと願っていることを伝えることの方が、より良いんじゃないか。そういう感じなんじゃないですか」

「足が悪いのにお忍びで出歩いたら国民を驚かすこともできるし、いっそう人気が出そうだな」

「あっはは、そういうのもありますね。地下道にエレヴェーターを取り付けたらいいかもしれない。とにかく、今回の我々のミッションは、王女を前向きな気持ちにすることだったってわけですよ。何なんですかね、これは。王女の心を盗むってのならまだ様になりますが、こんなのじゃあ、我々は泥棒じゃなくて単なる善人です。泥棒としてのプライドが許しませんね」

「全くだな。映画の台本にしたら、ラジー賞クラスだ。さしずめ俺は、主演男優賞だよ」

「そして僕が助演賞ですね。王女が主演女優賞に選ばれないことを祈りますよ」

「彼女の演技だけはアカデミー賞クラスなんだがなあ」

「ええ、アドリブも大変お上手ですしね」

 俺たちに向かってカメラを構えているジャーナリストが一人いる。女だ。どこかで見たような気がする。リッツェル島で見た、蝶を撮っていた彼女じゃないか。カメラを見て思い出した。愛想のいい笑顔を浮かべながら、こちらに近付いて来ようとしている。

「失礼、あまり近付かないで下さい」

 ハーレイ氏がそう言いながら、2、3歩前に出て彼女を制した。

「帝国騎士が伺候しているということなので、少しお話を聞きたかったんです」

「何も話すことはありませんよ」

「せめて、お名前だけでも」

「じゃあ、先に君の名前を聞かせてもらおうか」

 俺が横から口を出す。もちろん、持ち場から一歩も動かずにだが。

「失礼しました。ローラ・シュローダーです。南ドイツ新聞ズュートドイッチェ・ツァイトンクの……」

 ジャーナリストは愛想のいい笑顔で答えた。こんな女に取材されると、男はつい何でも答えてしまいそうになるものだが。

「昨日と香水変えたのか?」

 訊いた瞬間、女の表情が変わった。だが、昨日ほどは変わらなかった。大した演技力だ。本当に人違いかと思った。

「昨日? じゃ、彼女は……」

 ハーレイ氏も気付いたようだ。

「こんな近くに競争者コンテスタンツが3人も揃うなんて、なかなかないことなんじゃないのかな。君のことはリッツェル島で見かけたけど、競争者コンテスタントだとは全く気付かなかったよ」

「あらそう。でも、昨日とは香水だけじゃなくて何から何まで変えたつもりだけど、よく判ったわね」

 開き直った時のしゃべり方は昨日と同じなんだが、表情が全然違うんだなあ。どれがこの女の素顔なんだか。

「そりゃあ失礼。実は香水じゃなくて、君の視線で気付いたのさ。男がこんな物ぶら下げてたって、普通はそこまでじろじろ見ないものだ」

 首から提げた頸飾カラーを触りながら言ってやった。女が悔しそうな目で頸飾カラーを見ている。さっき名乗ったローラってのも本名かどうか判りゃしないが。

「そうなの。鼻だけじゃなくて、目もいいのね」

「ああ、昔、DBディフェンシヴ・バックをやっていた時にそういう癖が付いたのさ」

 優秀なDBは、レシーヴァーの目を見てボールがどこに飛んでくるかを察知して、カットしたりインターセプトしたりするんだ。もっとも、女の目を見るのは普段は苦手なんだがな。

「DB? 何のことかしら」

「残念だよ、やはりアメリカン・フットボールは本当に合衆国以外にファンが少ないんだな。解ってくれるのは君くらいだぜ、ジョン」

「僕もレギュラー・シーズンは見ないですよ。せいぜいプレイオフくらいで」

「せめてマンデー・ナイト・ゲームくらいは見てくれないかな」

「ジョークはもう結構よ。ところで、そっちのあんたはどうしてこいつのボディー・ガードみたいなことしてるわけ? ターゲットを奪う気概もないのかしら」

「そんなこと言って僕を挑発してもダメですよ。だいたい、僕がターゲットを逃したのはあなたのせいなのに、そのあなたから奪う気概だなんて言われたくありませんね」

 女の嫌みっぽい言葉に対して、ハーレイ氏がさらりと受け流す。

「ふん、甘いわね」

 ほんと、口の悪い女だな。

「それで、要はジャーナリストのふりしてターゲットを奪いに来たんだろうけど、早速正体がバレたわけだ。どうするつもり?」

「そうね、2対1じゃ分が悪いわね」

「とんでもない、1対1だろ。彼は中立を保ってくれるはずだよ」

 手を出さない、という意味かもしれないが、ハーレイ氏が澄ました顔で腕を組んだ。昨日、ぶん殴られてまだ腕は痛いんだろうに、我慢してるのかな。

「そんなこと言って、私たちが争ってる間に横取りしようってつもりなんでしょ」

「だから、そんな挑発には乗りませんって」

 ハーレイ氏は呆れ顔だ。この女は憎まれ口しか叩かないのか。

「まあいいわ。1対1でも、腕っ節じゃ敵わないものね。銃を突き付けて奪うわけにもいかないし」

「銃持ってるのかよ、物騒だな」

「持ってないわよ。単なるジャーナリストだもの」

 ジャーナリスト出身の泥棒か。スクープを得るために建物に侵入したりしてたのかね。まあ、目的があるだけ俺よりましか。性格はさておき。

「じゃあ、今、この場で奪うのは無理だろうな。出直してきたら?」

「そうしようかしら。でも、私が出直してくるまでにさっさと逃げるつもりなんでしょ」

「まあ、それもこの世界のルールのうちだけどな。とりあえず、式が終わるまで逃げるつもりはないよ」

 俺がそう言うと、女は怪しげな笑みを残して振り返り、人混みの中に紛れ込んでいった。ミステリアスといえば響きがいいが、映画に出てくる神出鬼没の女泥棒というお約束スタンダードどおりとも言える。もう一度違う変装をしてやって来るのかな。まあ、式が終わるまで用心するに越したことはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る