ステージ#4:第7日
#4:第7日 (1) 深夜の実験
第7日-2039年6月12日(日)
丘の上の古城の窓から夜景をひとしきり眺めた後で、時計を見る。日付が変わって1分ほど経っていた。そろそろ約束の時間だが、せっかくなのでもう少し夜景を楽しむ。ラエティアの灯が明るい。その右手にあるはずの、リッツェル島は真っ暗で見えない。あの島を眺めるのは夕暮れ時に限る。もっとも、これは
再びラエティアの、港の辺りに目を戻す。たぶん、あそこで動いている光がホーエンブルクに行く船だ。0時ちょうどに出航する便があって、光がゆっくりと陸から離れて行くのが見える。それを眺めながら、首からぶら下げた
「アーティー・ナイトがターゲットを獲得しました。ゲートの位置を案内します。ゲートは、
だから夕方からゆっくり行ってもいいのだが、あいにく朝から行かなければならないことになってる。何だかよく知らないが、“帝国騎士としての重要な任務”だそうだ。まあ、勲章までもらってるんだから断るわけにいかないが。
「質問」
「90秒以内でどうぞ」
「今回のターゲットは、二人以上が入手できる可能性があったんじゃないか?」
「ターゲットに関する質問はステージ終了後に受け付けます」
ああ、そうだった。じゃあ、後にするか。
「今日の
「はい」
「すぐ隣に人がいても?」
「はい」
ほんとかよ。幕が下りるのは5ヤードくらい先のはずなんだぞ。その範囲内に人がいたら排除されるとでもいうのか? どういう仕掛けなんだ。
「退出可能な場所にいても、確保や退出を宣言しなかったら退出できないのか?」
「はい」
「何時何分に退出するとか、あらかじめ宣言しておくことは?」
「できません」
「宣言がクローズ時刻より1秒でも遅れたら失格?」
「はい」
やっぱり無理か。1秒でも長くこの世界を存続させておきたかったんだがなあ。そういうことなら、式の直後に出るか。
「質問終了」
「ステージを再開します」
世界が下の方から少しずつ明るくなる。とどめにもう一度夜景を堪能してから、真っ暗な螺旋階段を、ペン・ライトで照らしながら降りる。1階まで降りると、鉄製のドアがある。さっきそのドアに付いている錠を見たが、外されていた。
外へは出ず、更に下へ降りる。宝物庫へ来た。錠の壊された鉄扉があって、それを開けると地下道に出る。西の四つ辻からつながる通路はこの宝物庫、そして東の四つ辻からは塔の下の牢につながっていたのだった。
四つ辻に出て2枚の鉄格子を通り抜け、長い長い階段を降りて、湖の下を歩き、島に戻ってきた。だが礼拝堂の方へは出ず、昼には入れなかったもう一方の扉の方へ行く。
その鉄扉は、内側から閂を下ろしている。もちろん、
「どちら様?」
「帝国騎士、アーティー・ナイト」
閂が外れる音がして、扉が開いた。ハーレイ氏が待っていた。閂を掛け直し、地下室を出て階段を上がる。本館の1階へ出る。王女はもっぱらこちらを使っていたらしい。
いったん外へ出て、夜景を眺めることにする。さっきまでいたウーファーブルクの方を見る。ぽつぽつと明かりが灯っているが、さほど明るくはない。そのどこかに、マリーの
「
「ありました。12時3分頃でしたか。ゲートは
「そうか、ほとんど時間差なしだったな」
要は、ターゲットの獲得が
夕方の“叙勲式”と王女同席の“夕食会”――どちらも王女の部屋でのささやかなものだったが――の後、今夜の寝室を急遽用意するというのでまた客間に戻されたときに、この世界の仕様についてハーレイ氏と話し合っていて思い付いた。以前、
獲得者を少しでも有利にするために、つまり獲得後にゲートへの移動時間を確保するために、もっと余裕が欲しいところだな。機会があれば、
「毎度、つまらない実験に付き合わせて申し訳ないな。感謝するよ」
「いえいえ、僕も以前から知りたいとは思っていたんです。こういうことはあなたじゃなければ頼めませんよ」
ハーレイ氏が叙勲式の前に、「僕はあなたからターゲットを奪うつもりはありません」と宣言してくれたからこんな実験もできた。奪おうと思えば叙勲式以降、いつでもその隙があったわけだが、勲章は名誉の証であり、名誉を与えられずして勲章だけ持っていても意味がない、というのが彼の持論だった。他人が盗んだ物を奪うのは彼も気が咎めないが、勲章を与えられるというのがこのステージのミッションだった以上、他のステージとは意味が違う、という妙な理屈まで付けていた。まあ、要はプライドの問題なのだろう。
エントランスの段に腰掛けながらしばらく話を続ける。
「ギーゼラ・マイヤーのことは気付いていたのか」
「ええ、一応ね。ただ、最初はフロイライン・ゾフィーから名前を聞いただけで、修道院に行っても会えなかったんですが、後でどうにか写真だけは見て、王女とそっくりなのは知っていました。だから僕は、シュヴェスター・ギーゼラを味方にして、結婚式で王女の身代わりをさせることにして、その隙にネックレスを奪うという筋書きくらいしか思い浮かびませんでしたね。まさか、王室の人たちが身代わりにしようとしてたなんて」
夕食会の後で王女の許可をもらって、少しギーゼラと話すことができた。マイヤー家は俺の予想どおり、ずっと昔に王室から分かれた家柄だった。何人もいた王女のうちの一人が臣下に降嫁したのだが、事情があって王室との関わりを公表しないという条件の下で許されたそうだ。当時は王室に何人の子女がいるかなど、市井の人はほとんど知らなかったからできたことだという。
しかし、全く絶縁したわけではなく、王室の一部の人や家臣の間で細々と連絡を取ったりしていたそうだ。あのお転婆王女もその一人で、特に婆さんと仲が良く、お忍びに出るためにたびたびあの地下道を使い、
もちろん、ギーゼラもそんなことは2年くらい前まで全く知らず、王女が修道院を最後に訪問したときに、実は、とおもむろに聞かされたのだという。それと、他に地下道がつながっている2軒の家も元臣下の家系らしいのだが、さすがのギーゼラもそちらについての詳しいことは聞かされなかったらしい。だが、そうするとルドルフも元臣下の家柄になるわけで、マリーとは似合いなんじゃないかと思う。
「ところで、ズュスってのは何だい?」
「ああ、シュヴェスター・ギーゼラのニックネームね。英語でスウィートの意味ですよ。人に使う時のニュアンスもほぼ同じです」
なるほど、“愛しい子”ってことか。誕生日も近いし、王女は双子の妹のように思ってたんだろうな。
「さて、続きは明日にして、そろそろ休みますか。我々は明日、“重要な任務”があるらしいですから」
ハーレイ氏が、わざと勿体を付けて言う。王女からそれを言われたとき、何をするのか訊いたが、王女は笑って答えなかった。どうせ、ろくなことじゃないだろうという気はするが。
「何だろうねえ、今度は
「あっはは、あり得ますね。もしあるとしたら、王宮とつながってるんじゃないですか」
「途中できっと駅にもつながってるぞ。ちょうど中間辺りだからな」
「地下にプラットフォームがあるかもしれませんよ。地上からの入り口はもちろん駅長室でね」
「それならきっと空港へも地下で線路がつながってるだろう。たかだか2マイル半だからな」
「王室専用ラウンジも地下に作ってるでしょうね。空港駅と直結で」
ジョークを言い合いながら屋敷に入り、それぞれの部屋に戻った。
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