ステージ#2:第6日

#2:第6日 ファイア!

  第6日-1955年5月5日(木)


 D93、通称ブラージュ街道は車や単車モトで何度も通ったが、こうして歩くのは久しぶりだ。もっとも、歩いたことがあるのは南のルメグーあたりだけで、北のサン・トロペに近いところは初めてになる。サン・タメという集落に入ったところで、サン・タンヌ通りシュマンへ折れる。名前のとおり、この先に聖アンナ教会シャペル・サン・タンヌがある。上り坂を半マイルほど行くと、右手の木立を透かして遠くに海が見えるようになる。この辺りは小高い丘になっているから、1マイルほども先の海が見通せる。

 左手の木立の切れ目のようなところを入る。門柱の残骸のようなものがあり、砂利の小道はまるで安っぽい駐車場への進入路のようだ。南側の一段高くなったところに、廃墟のような建物が見えてきた。これが聖アンナ教会シャペル・サン・タンヌだ。観光リーフレットに依れば、16世紀に建てられたとのこと。現在は使用されていないが、修復の計画があるらしい。本来ならひとのないはずのところだが、入口の前に男が一人立っている。まあ、予想どおりだったな。

 男は足音でこちらの気配に気付いたようだが、この段差は飛び上がることができないので、砂利道を通り抜けてバスティテッド通りへ至る。教会がいったん、木立で見えなくなる。それから南へ坂を50ヤードほど上がり、改めて教会の取り付け道から入っていった。長身で垂れ目でコールマン髭の男がこちらを睨んでいる。

止まれアレテ!」

 一喝されたので立ち止まる。もちろんメルシエ警視だが、物騒なことに拳銃を構えている。撃つつもりなのだろうか。ルール違反じゃないのか。

外国人エトランジェだな。何をしに来た」

 判っているくせに、訊かないで欲しい。しかも、いちいち外国人なんて指摘しないでくれるかな。いつの時代のフランス人なんだよ。あんたも未来人なんだろ。

「ここの教会を見に来た」

「こちらは警察だ。昨日、サン・トロペの聖堂で宝石の盗難があって、犯人がこちらの方へ逃げたというので捜している。外国人の男だということだ。今から身体検査をさせてもらう」

「協力したいところだが、まずは身分証を見せてくれ」

 それらしきものを出してきてちらりと見せたが、遠すぎて本物かどうかよく判らない。合衆国じゃあ、受け取って見てもいいという暗黙のルールがあるんだがな。まあ、たぶん本物だろう。そして本物の警察官が、競争者コンテスタントとしてこの世界にいるということは判った。何をして引っ張り込まれたんだか。

「名前と国籍を訊こう」

「アーティー・ナイト。合衆国から来た」

「職業は」

競争者コンテスタントだ」

「ふん」

 小馬鹿にするように、鼻を鳴らした。俺が彼の正体を知っていることに、気付いたのだろう。

「知っているのなら話が早い。こんな時間まで何をしていた」

「ご想像にお任せするよ」

 ターゲットを確認したのが昨日の3時頃なのに、それから23時間も経ってようやくゲートに向かうなんて、文字どおり間が抜けているハヴ・ア・ラックからな。その理由は、奴に言っても理解できないだろう。

王冠の宝石ジョワイオ・ド・ラ・クローネを渡してもらおうか」

 前のステージと全く同じ展開だな。しかし、あの時はステージ内の泥棒だったが、今回は競争者コンテスタントだ。本当に撃たれるはずはないから、多少は強気に出られる。

「渡せと言われて素直に渡す競争者コンテスタントがいるのかね」

「もちろん、いるとも」

 言い終わった途端に、パン!という乾いた音が静かな林の中に鳴り響いた。まさか脅しでも撃つとは思ってなかった。いくら周りに民家は少ないからって、昼間だぞ。そこの道を車が通ることだってあるだろうし、誰かに気付かれたらどうするつもりなんだ。

「他の競争者コンテスタントに必要以上の危害を加えることは禁止のはずだが」

「致命傷さえ与えなければいいのだよ。腕や脚にかすり傷を負わせるくらいでは失格にはならん。裁定者アービターに聞かなかったのかね」

「聞いてないな。後で訊くことにするよ」

「結構だ。さて、腕がいいかね、脚がいいかね」

「どっちもごめんだな」

 また音が鳴って、今度は俺の持っている鞄に当たったようだ。既に傷だらけの鞄だが、穴を開けるのは勘弁して欲しいところだ。

「銃の腕は信用してもらって構わんよ」

「そのようだな」

「では、改めて訊くが、腕か、それとも脚か」

「そういうことをせずに大人しく渡すという選択オプションは?」

「あるとも」

 左手で上着のポケットから何か取り出して、俺の目の前に放り投げてきた。指輪のケースかな。どこかで見たことがある色だ。

「その箱に宝石ジョワイオを入れて、鞄の上に置け」

「鞄も手放すのかよ」

「当然だ。何を持っているか判らんからな」

 鞄を地面に置き、指輪ケースを拾い上げ、蓋を開けて胸ポケットから紙包みを取り出し、中に押し込む。

宝石ジョワイオだけを入れろ」

 目ざとい奴。紙包みからルビーを取り出し、ケースの中に入れる。蓋を閉めて、鞄の上に置く。

「向こうを向け。両手を挙げて、歩くんだ」

 予想どおり、元来た道を逆戻りだ。20歩ほど行ったところで、後ろから足音が聞こえてきた。奴が宝石ケースのところへ向かっているのだろう。俺の方は、木立のところまで来た。後ろの足音が止まった。チャンス。振り向きざまに、ファイア!

「うわっ!」

 当たったヒット。もう一発!

「ぐわっ!」

 メルシエが拳銃を手放したことを確認し、鞄へ素早く駆け寄る。手放していなかったらあと2、3発はぶつけてやろうと思っていた。メルシエも駆け寄ろうとするが、タックルで吹っ飛ばしながら鞄と宝石ケースを奪回リカヴァーする。ゲーム並みのヒットを喰らわせたら大怪我をしてしまうだろうから、多少は手加減したつもりだ。メルシエは慌てて拳銃を拾おうとしたが、先に駆け寄って蹴っ飛ばしてやった。拳銃は段差の下へ落ちていった。しかし、よく考えたら暴発していたかもしれないから、危なかったな。

投球スローイングのコントロールと足の速さは信用してもらえたかな」

 ついでにタックルの強さとキックの飛距離もな。

「な、何だ、さっきのは……一体、どこから……」

「子供用のラグビー・ボールさ。スポーツ用品店にはアメリカンのものはなかったからな。だが、大きさはほとんど同じだったから投げやすかった」

 歩いている間に距離も歩測したし、振り向きざまでも方向は判ってるから当てるのは簡単だった。普段は動いてるレシーヴァーに向かって投げるのに、今回は動いてないんだぜ。ノー・ルックでも当たるって。

「ラグビー・ボールだと……そんなもの、どこから……」

「そこの生け垣に隠しておいた。他のところにもいくつか。ターゲットを獲得してから丸一日後に退出しようとしてるんだから、あんたの待ち伏せを予想して、それくらいの準備はするさ」

 実際は23時間後だがな。その間、メルシエは睡眠時間は取れたんだろうか。一晩中どころか今まで起きてたのならご苦労なことだ。俺はタイヤー岬の近くの別荘に勝手に潜り込んで、十分寝させてもらったが。

「さて、先にゲートを通らせてもらおうか。後ろから飛びかかってきても、さっきみたいにタックルで吹っ飛ばすことになるから、やめておいた方がいい」

 拳銃さえなければ、体力差で俺の勝ちだ。相手がもっとごついラガーマンなら、違う作戦を考えなきゃならなかっただろうな。メルシエは諦めたのか、地面に座り込んだままだった。服の砂を払って、教会の入口へ向かう。もちろん、後ろの足音は警戒する。遺跡のようにボロボロになった教会跡だが、ドアはまだ付いている。そのドアを開けて中に入る。宝石ケースからルビーを取り出す。

確保ポゼッションだ!」

 ルビーを腕時計にかざしながら、裁定者アービターに向かって呼びかけた。教会の中が暗くなっていく。周りに黒幕が降りてきたのだろう。そうだ、その光景を見ないようにしようと思っていたんだった。慌てて目を閉じる。

裁定者アービターはターゲットの確保を確認しました。確保者はアーティー・ナイト。カラーはレッド。ステージ内にいる他の競争者コンテスタントが全て退出するか、または規定の時刻に達した時点で、ステージをクローズします」

 昨日の夕方と、今朝と、岬で待っていたが、ジェシーは現れなかった。きっと、亭主メートルと話をしていたのだろう。そうしろと言ったのは俺だし、だからその時間を作ってやりたかった。二人が解り合えたと信じたい。

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