ステージ#1:世界の幕開け (Kickoff of the Gaming World.)

#1:世界の幕開け

 最初は撃たれて死んだのかと思った。だが、そうではない。どうやら生きているようだ。次に、運良く停電になったのかと思った。だが、それも違った。周りは真っ暗で、人の気配すら無くなっている。闇に目が慣れれば何か見えるかと思ったが、しばらく経っても何も見えない。真の闇だ。何が起こったのか全く解らないが、無闇に動くと危険だと思い、じっと座ったままでいた。

「ようこそ、ミスター・アーティー・ナイト」

 天の声が俺の名を呼んだ。まさしく天の声だ。いや、天井にあるスピーカーから呼びかけているとかいうんじゃなくて、俺の頭の中に呼びかけているというわけでもなくて、その中間というか、どうなっているのかよく解らない。だが、少なくとも警備員が俺に呼びかけているわけではない。妙に威圧感のある声だ。言うなれば、スパイ映画に出てくる悪の組織のボスとか、そういう感じの。

「2039年7月、合衆国ミシガン州レイクフォレスト生まれ。フロリダ州マイアミ大学出身。ハリケーンズ・フットボール所属。3年生ジュニアから控えセカンドQB。オレンジボウルで先発し、勝利経験あり。4年生時、ゲーム中に不祥事を起こす。大学側の措置により逮捕を免れたが、プレイヤー資格剥奪。現在はフォート・ローダーデイル在住。定職は持たず、パート・タイマー。趣味は解錠。2065年10月、金庫の錠を開けるために貸金業者へ侵入。発見され、警備員により射殺」

 天の声とはいえ、嫌な過去を引っ張り出してきやがる。不祥事というのは12月のUCLAでのゲーム中に、珍しく先発QBが絶好調だったせいで出番がなくて、第4Qの終わり頃に一人で勝手にロッカー・ルームに戻り、暇潰しにそこら中の部屋の錠を開けて回っていたら運悪く大学職員に見つかったってだけの話で、解錠以外に何も悪いことはやってない。逮捕を免れたというのは正確には間違いで、警察に通報されかけたものの、大学側がメンツを守りたかったので有耶無耶にしたんだ。それが犯罪歴のように言われるのは心外だが、リンクスの控えQBという今の立場が無視されたのも引っかかるところだ。

 それに、最後は警備員に射殺されたってのはどういうことだ? 少なくとも、俺はこうして意識がある。だいたい、何のために俺の経歴を確認してるんだ。

あんた、誰フー・イズ・イット?」

 ただそれだけ言った。警備員に射殺されるかもしれないという立場からは逃れたようだが、今度は何をされるのか判らないという、もっとひどい立場にいるようだ。いや、この男の言うことに従えば、俺はとっくに射殺されたはずなのだが、今は一体どんな立場にいるんだ?

「クリエイターと呼んでいただこう。もっとも、神というわけではなく、もっと小さな世界の創造主という意味でね。ミスター・アーティー・ナイト、君は、私が創造したゲーム空間へ招待されたのだ」

 誰でもいい、という言葉が返ってくると思っていたが、意外にも相手は名乗った。もちろん、仮の名前だが。だいたい、ゲームを造ったのなら創造者クリエイターじゃなく開発者ディヴェロッパーだろうよ。それはともかく、ゲーム空間だと? 何のことを言っているのかさっぱり解らない。招待されたって? いつそんな招待状が届いたんだか。ここ数年、俺の部屋に届くのは共同住宅テネメントの家賃の請求書くらいなんだがな。給料明細は電子メールだし。

何のゲームワット・イズ・ザ・ゲーム?」

 もし、ゲーム空間というものに俺が迷い込んだのだとすると、今、俺がいるこの場は現実の空間ではないとでもいうことになる。冗談じゃない、ここは商業ビルディングの4階の家具屋だったはずだ。俺は座っているソファーの感触を確かめようとした。だが……おかしい、感触がない。それどころか、自分の手を動かしているという感覚さえないのだ。立っているか座っているかの感覚すらなくなっている。全身の感覚がほとんどなくて、あるのは聴覚と口の周りの感覚、つまり天の声を聞いて、それに受け答えができるという機能だけだ。一体何が起こったんだ? 俺の身体はどうなってるんだ? まさか俺は本当に、俺はこのクリエイターと名乗る男――声ではたぶん男だが――の力で、現実とは違う世界へ引っ張り込まれたとでもいうのか? まるっきりSF小説じゃないか。

「これから君にはこのゲーム空間で“盗み”に挑戦してもらう」

 盗み、ねえ。どうやらこのゲームの世界ってやつには泥棒が招待されるらしい。だが、俺は盗みなんてほとんどやったことがないんだがな。難しい錠の金庫を開けた自分への報酬として、山のような札束の中から百ドル札を1枚失敬したことが、ほんの数回あるくらいだ。招待されるには及ばないほどの経歴だと思うがね。いささか気分が悪いので質問をする気にもならない。

「ある閉鎖された仮想空間の中で、特定の貴重品プレシャスを盗み出すのがこのゲームの趣旨だ。仮想空間はいくつもあり、それぞれをステージと呼んでいる。ステージ毎に盗み出すターゲットは異なっている。あるステージではルビーの指輪のこともあるし、また別のステージではダイアモンドのネックレスのこともあるだろう。一つのステージにはターゲットが一つ設定されている。これを見つけ出して入手し、その後、指定の地点へ到達することができれば、勝者ウィナーとなり、そのステージは終了だ。

 ただし、ステージ内には君の他にも競争者コンテスタンツがいて、彼らにターゲットを奪われた場合にも、そのステージは終了する。その場合、君はそのステージでは敗者ルーザーということになる。勝者ウィナーになろうが敗者ルーザーになろうが、一つのステージが終了すれば次のステージへ移動する。ターゲットには七つの種類があって、これを全て集めることが最終目標だ。達成することができれば、君は現実の世界へ戻れる。先程の状況よりも、もう少し危険の去った現実世界へね」

 もう少し危険の去った、という言葉の意味するところがあやふやで気に入らないが、即射殺は免れるってところだろうな。まあ、命が助かるのならそれに越したことはないし、贅沢を言うつもりはない。だが、どうやって現実の世界に戻すのか、それ以前にどうやってこの訳の解らない世界に引っ張り込んだのか、それを教えて欲しいぜ。

「一つのステージで敗者ルーザーになっても即失格ではない。しかし、七つのステージで連続して敗者ルーザーになると失格だ。このゲームの世界から排除され、君が先程までいた現実の世界へ戻される。この意味するところは解るだろう」

 つまり、敗者になったら現実の世界へ戻って警備員に射殺されろ、ということか。そうすると、俺はこの世界へ引きずり込まれたおかげで、多少は命が延びたということになる。ある意味、このクリエイターって奴は命の恩人だが、別の意味じゃあこっちの命を弄ばれているって気がしないでもない。

「気を抜いてもらいたくないために言っておくが、連続して敗者ルーザーになれば、だんだんと難しいステージに挑むことになる。今のところ、5ステージ連続で負けた者が、6ステージ目あるいは7ステージ目に勝って失格を免れたという事例はない。元の世界へ帰った者の勝率は、おおむね50%を上回っている、ということだけは心に留めておいてもいいだろう」

 はいはい、貴重な統計情報をもらってどうもありがとうよ。だが、そんなのは数学をちょっと解ってりゃあ、簡単に導き出せそうな結論だぜ。時間があれば計算してみたいところだが、頭の中だけでやるのはどうも苦手でね。紙とペンが欲しいな。

「一つのステージ内で過ごせるのは最大7日間だ。それ以前に競争者コンテスタンツの誰かがターゲットを獲得することもあるだろう。最終日までそのステージにいることはないかもしれない。誰かがターゲットを獲得すればステージから退出するためのゲートが開くので、可及的速やかにゲートに到達し、退出しなければならない。

 ゲートが開いている時間には制限がある。ゲートが閉じられると、そのステージは消滅する。7日間が経過しても同様にステージは消滅する。先に言ったとおり、ステージは仮想空間であるため、居残ることは不可能だ。ゲートが閉じられる前に退出できなかった場合、即失格となる」

 なるほど、つまりゲームを放棄しないまでも、ターゲットを探さずにだらだら過ごしていたら、最大49日後には現実世界に戻って死ぬことになるってわけだ。実際の日数はその半分程度だろうな。何もせずに遊んで暮らすにはそこそこ長い時間のようにも思うが、そこまで開き直る自信もない。さっきから考えているとおり、俺は泥棒でもなく、盗みもやったことがないが、やれというのなら仕方ない。フットボールだって、好き嫌いに関わらずあらゆるポジションにコンヴァートされた。泥棒ってのはルールすらも知らないポジションだが、やらなければ死ねと言うのならやるしかないだろう。

競争者コンテスタントについて補足しておこう。各ステージには君以外にも競争者コンテスタンツがいることは既に言ったとおりだ。だが、メンバーは一定ではないし、人数も決まっていない。基本は2人から4人、多ければ5人になることもあるだろう。選出の基準はほぼ無作為だ。競争者競争者コンテスタンツには君とは時代の異なる者も数多くいる。おおむね20世紀後半以降の、盗みの技量テクニックに長けた者を招待している。それ以前の時代の者は、科学技術の知識レヴェルがこのゲームに見合わないため、招待していない。ただし、古い時代の者には多少の科学知識を追加で与えている場合がある。

 また、気付いていると思うが、君よりもずっと以前からこのゲームに参加している者もたくさんいるので、進行状況は一定ではない。中には私が創造した、ダミーの競争者コンテスタンツもいるので気を付けてくれたまえ。ステージ内の登場人物の中で、競争者コンテスタントを明示するような印はない。だが、その行動に気を付けていれば競争者コンテスタントかそうでないかを見分けることは十分可能だろう」

 ダミーの競争者コンテスタントねえ。アルセーヌ・リュパンかファントマでもエントリーさせてるってのか。変装が得意な奴が出てきたら、俺の目じゃとうてい見破る自信はないな。

「各ステージに必要となる装備は、開始時点でこちらから充分なものを与える。一例として、現金を財布の中に追加するし、一部のステージで利用可能な特殊なクレジット・カードも支給する。また、通信が可能な腕時計も支給する。ただし、これは今まで君が使っていた腕時計に……ふむ、君は最近腕時計をしていないのかね。では、以前君が愛用していた腕時計に偽装する形としよう。嫌がらずに身につけていてくれたまえ。それと、君が持っている携帯機器ガジェットは没収する」

「なぜ携帯機器ガジェットが使えないんだ?」

 ここでようやく口を挟んだ。クリエイターの説明はフットボールのコーチの作戦説明のように簡潔かつ明快で、特に解りにくいこともなかったが、相手が説明をしている間は黙って聞く癖がついているのと、訊いても答えてくれなさそうな質問ばかり思い付いていたからだ。

「一つは、君が得る情報を制限するためだ。携帯機器ガジェットだけでそのステージ内の情報が全て得られるわけではないが、不必要な情報にアクセスさせないためでもある。もう一つは、携帯機器ガジェットが存在しない時代がステージになることもあるからだ。その代わりとしての腕時計だ。一つ注意しておくが、ステージが携帯機器ガジェットの存在する時代であって、君がそれを入手したとしても、何らかの理由で使用が不可能になるか、限られた範囲でしか使えなくなるはずだ。それがこの世界の仕様だと理解してもらいたい。他に不明点があるかもしれないが、ステージ開始時点には君の頭の中に適度な情報を追加することになっている。それでも今、質問があるなら訊くことにするが、何かあるかね?」

「何のためにこんなことをさせる?」

 ありがたくも質問の時間を作ってもらったので、遠慮せず質問することにした。ゲームの世界で盗みに挑戦するなんてことをクリエイターが言い始めてからずっと疑問だったのがこれだ。

「至当な質問だ。が、今、ここでそれに答えることはできない。君がこの世界から無事、元の世界に帰れることになったら、説明してもいいだろう。説明が聞けないのならゲームに挑戦しないというのであれば、すぐにでも現実の世界に戻ることになる」

 答えなしか。まあ、そうだろうと思ってたよ。向こうの強みは、嫌なら現実の世界に戻れ、そしてそのまま死ね、と言えることだよな。交渉の余地もないんじゃあ、フットボール・チームのオーナーよりも強い立場だな。

「俺は錠を開けるのが趣味というだけだ。泥棒じゃない。それは知ってるな?」

もちろんオフ・コース

「他にも競争者コンテスタンツがいると言ったが、俺みたいな素人もいるのか?」

「人選の基準については説明できない。だが、盗みの技量テクニックに長けた者を招待したと言ったはずだ。君の解錠ピッキングの資質はそれに当たるということだ。それで十分説明になっているだろう」

 要するに俺みたいな素人もいるってことだな。だが、俺の解錠ピッキング技量テクニックは全競争者コンテスタンツのどれくらいに当たるのかは気になるところだ。もちろん、訊いても教えてくれないのは判っているから訊かないが。

「さて、そろそろ質問の時間を終えて、最初のステージに挑戦してもらおう。チュートリアルを兼ねて、君が得意とする状況を用意してある。このステージだけは競争者コンテスタントは君一人だ。ターゲットは宝石付きの指輪ジュエル・リングだ。探し出すことも盗み出すことも充分簡単にしてあるつもりなので、いきなり失敗して私を失望させるようなことにはならないで欲しい。では、心の準備ができたら立ってくれたまえ」

 立つ? いやいやいや、さっきまで俺は立っているか座っているかの感覚すらなくなっていたはずだが。試しに足を動かしてみようか。ほら……待てよ、足はちゃんと動くじゃないか! しかも、いつものスニーカーを履いていて、木製の床を踏んでいる感覚さえある。そして俺が座ってるのは……そうだ、俺はいつの間にかまた座っていた。その座っているのは、木製の枠にキャンバス生地を張った、いわゆるディレクターズ・チェアとかいうもので、肘掛けに手を置いていた。このクリエーターとかいう奴は、一体俺に何をしているんだ?

 手の感覚も戻っている。暗闇の中で、右手を左の手首に滑らせた。腕時計をしている。確かに俺が数年前まで使っていた、タイメックスのウィークエンダーだ。共同住宅テネメントのベッドサイドに掛けてあったはずで、どうやって持ち出してきたんだか判らないが、本物ではないのかもしれない。ここまでで判ったのは、俺の身体の感覚が、このクリエイターとかいう奴に完全にコントロールされているのだろう、ということだけだ。それがどんな方法かも全く不明だが、今から俺はクリエーターが造った仮想的ヴァーチャルな世界に放り込まれる。だが、拒否するよりも、受け容れる方が少しばかり寿命が延びるのだけは確実だ。考える時間はもう残されていない。

 だが、考えるまでもないことだ。頭がパニックを起こしてさえいなければ、受け容れるしかない状況じゃないか。フットボールをやっていてよかったよ。常に頭を冷静に保とうとする癖が付いているからな。そもそも、自分が理解できない状況においては、他人の意見を嫌でも受け入れなければならないときがあるものだ。他に何も策がないのなら。フットボールにおける俺の役割は、コーチが考えたプレイを、その意図どおりに遂行することであって、状況に対して見解を述べることじゃない。解錠なんていうあまり褒められない趣味を持ったがために、殺されかけたところを生き長らえさせてくれた奴の言うことを聞かないんじゃあ、この先の望みもないだろうさ。息を一つついてから、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「君が私の造った世界に挑戦してくれることを感謝する。それでは、幸運を祈るグッド・ラック

 そして、俺がいる空間の周囲を覆っていた幕が上がった。

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