四年に一度といえば

渋川宙

肉の日だろ(笑)

「今年はオリンピックイヤーだね」

「いやいや。うるう年でしょ」

「そう、四年に一度なっ」

 そんな緩い会話を誰もが展開するのが、そううるう年だ。四年に一度。あっちこっちで聞く。では、四年に一度のそんなうるう年の二月二十九日。この日はどれほど特別なのであろうか。俺はふと思う。二月が一日長い。このことの価値とは?

「ううん。二十九日が誕生日の人は心置きなく祝えるんじゃないの?」

 緩い会話の相手、ただいま俺の部屋で勝手に寛いで漫画本を読み漁る友人、中井博の意見はこれだった。

「ううん。そうすると、その他大勢は楽しめないじゃん」

「楽しむ必要があるのか」

「せっかくのうるう年だし」

「だから、あのスポーツの祭典はあるんじゃないのか?」

「ううん」

 確かにスポーツの祭典であるオリンピックはみんなが楽しめるだろう。会場に行けなくても、連日のように中継されるだろうし、連日のように報道されて、金メダルの数に一喜一憂できるだろう。でも、それだけって悲しくないか。というか、オリンピックだと二十九日関係ないし。

「ああ、そうな。言われてみればうるう年には絡んでいるが、二十九日には絡んでいない」

「だろ?」

 俺はこの問題の本質が解ったかと得意げになる。が、友人の視線は冷ややかだ。

「だから?」

「だからって」

「二十九日を絡めてどうしたいんだよ?」

「ええっと、レアだから楽しみたいです」

「正直か」

 俺の答えに、ようやく博は漫画を読むのを止めた。しかし、ゴロゴロモードを解除する気はないご様子。

「レアだろようよ。人生百年時代と言われているがさ、百年あってもうるう年に出会うのはマックス二十五回だよ。少ないよ」

 俺は必死になって訴えてみる。すると、それもそうだなと頷いてはくれた。くそ、どこまでも省エネ男子め。それで大学生か。暇を存分に持て余しているはずの大学生がこれでいいのか。馬鹿みたいに大騒ぎしている世の中の一般男子大学生を見習えよ。

「二十九日」

「二十九日ねえ」

「ううん」

「――あれじゃねえか?肉の日」

「あっ」

「そう。今日は四年に一度のレアな肉の日だ」

「それだ」

 俺はぽんっと手を叩いた。これは楽しめるじゃないか。となると、やることはただ一つ。

「焼き肉を食いに行こう」

「そうだな」

 こうしてようやく省エネ男子たる友人を動かすことに成功したのだが――





「誰もが考えることは一緒か」

「というより、焼き肉屋が乗っかってたね」

「そこは当然だろう」

 いつもよりも混雑する店内。じゅうじゅう焼かれて充満する肉の香りと煙。そして、メニュー表に挟まれた肉の日フェアというチラシ。みんな、四年に一度の二十九日で思い浮かべるものは一緒だった人の集まりだ。

「というか、この焼き肉屋は毎月二十九日にフェアをしているぞ」

「くそぅ。レア感が奪われる」

 俺はその肉の日フェアのチラシを苦々しく見つめ、しかし、ちゃっかり肉の日フェアの巨大フィレ焼き肉に食らいつく。

「まあ、肉は美味いな」

 同じく巨大フィレに齧りつきつつ、博はここでも省エネな感情で言ってくれた。ああもう、やっぱり四年に一度のと言ってみても、この日が誕生日でもない人間には普通の日なのか。そして、うるう年だろうとスポーツマンではない俺たちには普通の年か。

「それが一番」

 省エネ男子の博は、達観した台詞を宣ってくれるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四年に一度といえば 渋川宙 @sora-sibukawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ