第2話 きっかけ
話は2ヶ月前に遡る――。
「頼むよ公野! お前、VRギア持ってるんだろ?」
俺は、小学校からの腐れ縁である吉田に懇願されていた。
「女性プレイヤー比率ダントツ一位! 俺はもう、このAROにかけるしかないんだ!」
と言って吉田は俺に、スマホに表示されているARO――オールランク・オンラインの公式ホームページを見せてきた。
普通に面白そうな、ファンタジー風MMORPGだな。
「恋人の居ない灰色の青春なんて、絶対にいやなんだよー!」
「んで今度はゲームかよ……」
気持ちはわからんでもないが、ここまでくると病気だ……。
そう思いつつ俺は、「落ち着け」と言って吉田の肩を叩いた。
高校に進学して以来、深刻なまでに色ボケてしまった吉田は、ここ1年の間、彼女を作ることに躍起になっている。
女子率高めの部活をいくつも掛け持ちし、少しでも良いなと思う相手がいれば手当たり次第にラブレターを送ったり、告ったりしているのだ。
そしてついにチャラ男認定され、女子達から総スカンを食らうこととなった。
それで多少は懲りるかと思ったのだが、今度はARO――つまりは、オンラインゲームの世界に、性懲りもなく出会いの活路を見出そうとしているわけだな。
「んで、どうしろってんだ?」
「俺がVRギアを買うまで、先にログインしてゲームを進めてて欲しいんだよ!」
「ええー? なんか面倒くさそうだ……」
MMORPGって、レベル上げに手間がかかったりして大変なんだろう?
「いやいやこのゲーム、その辺は大丈夫なんだ。なんたってオールランクだからな! それに完全無料だし、攻略方法とかも調べてある! もしかしたら公野にだって、いい出会いがあるかもしれないぞっ?」
「う、うむ……」
まあゲームはゲームなんだし、まったく興味がないってわけでもないが……。
「だから頼むよー!」
ひとまずその攻略方法とやらを聞いておく。
色ボケしているとはいえ、昔からの付き合いだしな。
あれこれを話しを聞いてみると、どうやら吉田の立てた恋人ゲット作戦とは以下のようなものらしい。
AROの世界には、女性プレイヤー比率を劇的に高めたことで知られる『婚約破棄クエスト』なるものがある。
これをまず俺が『女性型アバター』を使ってクリアしておく。
このクエストは、初期設定が『公爵令嬢』か『侯爵令嬢』の時のみ受けられる初期クエストで、適切なルートをたどると、優れたクリアボーナスを貰えるらしい。
王国による統治、聖女の加護、そして婚約破棄後のお助けNPCである竜人の庇護を獲得し、そのプレイヤーの領地は無敵状態となる。
つまりプレイヤーの腕に関わらず、すぐにご令嬢ライフを満喫できるようになるわけだな。
また、この婚約破棄クエストをクリアした後のプレイヤーは、その多くが『竜人同盟』なるものに加わるのが常で、その同盟内では頻繁にプレイヤー間の交流行事が開催される。
吉田はこの行事を利用して、数多いる女性プレイヤーを片っ端から口説いてかかろういうわけだ。
うーん、バカだな。
そこまでして彼女が欲しいか!
それに……。
「俺はその間、ずっとネカマプレイをするわけだよな?」
「うっ……!」
吉田をジットリと睨みながら言う。
男子高校生が公爵令嬢の格好をして、一体何と出会おうって言うんだ!?
「ふ、普段は男っぽい装備でいれば良いじゃんか!」
「そんな簡単なもんか……?」
ガワだけ男にしても、男っぽくなるとは限らんぞ?
「大丈夫! キャラメイキングであんまり女っぽくしなけりゃいいんだって!」
「そうかなー?」
「とにかく、俺が彼女をゲットするまでの間、なんとか女で居てくれたら良いんだよ! 頼むー! 他に頼める奴なんて居ないんだ!」
「う、うーん……」
なんか良いように使われている気もするが、そこまで言われてしまうと、無下には断れない俺であった。
話を聞いているうちに、AROというゲームに興味が湧いてきてしまったし。
俺のVRギアは学習用に買ったもので、今までゲームに使ったことは無かった。
没入型VRゲームというのがどんなものなのか、この機会に体験してみるのも悪くないかもしれない……。
「わかった、AROで婚約破棄クエストだな」
「おおー! 心の友よー!」
「うわっ! 抱きつくんじゃねー!」
そんなこんなで俺はその日、家に帰るとすぐにAROのセッティングをした。
吉田がVRギアを買うのに2ヶ月ほどかかる。
その間に俺は、ゲーム世界を満喫しつつ、のんびりと婚約破棄クエストをクリアすれば良い――。
まあ、こんな軽い気持ちで始めたわけだが。
その1週間後、吉田から思わぬ報せが舞い込んで来た。
『すまん公野! フツーに彼女できちまった!』
「は?」
夜の10時を過ぎた頃だった。
俺はAROにダイブしていて、自らキャラメイクした公爵令嬢の姿で、その電話連絡を受け取っていた。
『別の学校の女子でさー、ダメもとで告ってみたんだよ、そしたら……』
どうやら吉田、バイト先で普通に彼女が出来ちまったらしい。
バカヤロー!
「どーすんだよ!」
もうかなり、ゲームを進めてしまったぞ!?
『いやー、あんなに可愛い子に一発OKもらえるなんて本当に思って無くてさー、えへへー!』
「しかも可愛いのかよ!? 爆発しろ!」
それだけ言って、俺は通話を切った。
しばらくあいつとは口を聞かん!
そう胸に決めて。
「はあー、まったく……」
何とも言えないモヤモヤ感をいだきつつ、公爵令嬢な格好でフィールド上をウロウロする俺。
友人が宿願を果たした事自体は祝うべきことなのかもしれんが、どうしてこうもイライラするもんかね……。
こうして俺は、ゲームを始めた目的を失ってしまった。
「中途半端にするのもな……」
せめて、婚約破棄クエストくらいはクリアしておこう……。
そんな思いで、俺はゲームを再開した。
きっかけは、こんなものだった。
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