最終話

「また随分世間を、賑わせてしまいましたね?」


 綾瀬は会社の堂条の部屋で、大きなテレビを消して言う。

 惟雅の婚約パーティーで披露した、新たな堂条の愛人は、かの鏑木青月が溺れに溺れた愛人の子として、それは有り難いくらい盛大に揶揄や悪意をも込めて、インターネットでもテレビでも取り上げられている。

 その目を見張る程のあの美貌の愛人と、鏑木が溺れ抜いた愛人との共通点やら関係やらを、ある事ない事いろいろ面白く、ドラマチックに仕立てあげられている。

 堂条はそれを見ていて、思わず苦笑する程だ。


「綾瀬……お前の狙い通りか?それとも仕立てが不味いか?」


 堂条が綾瀬を見て、わずかに薄ら笑いを浮かべて言った。

 その言葉に、綾瀬の顔容が固まった。


「杏華の時も、お前と惟雅だろう?」


「……ご存知だったんですか?」


 綾瀬も堂条に負けずに、薄ら笑いを浮かべる。


「……俺の醜聞の出所の殆どが、お前だって事は知ってる……」


 堂条が直視して言うから、綾瀬はフィと視線を逸らして笑った。


「……何だ、ご存知だったんですか?いつから?……なんて聞くのは野暮か……」


「……お前が親父の隠し子だと、惟雅から聞かされた時からさ……素子さんは現実としてそんな関係じゃないから、はっきりきっぱり否定した……だろ?だけど利口なお前には、どうしても納得できない事だった……」


 堂条が言うと、綾瀬は堂条を睨め付けた。


「あれ程あなたと変わりなく教育を受ければ、誰だって疑問を持ちますよ。兄弟の様に育てられたんですから……同じ部屋に同じ物……家庭教師に学校……車での送り迎え……ただ違うのは、私には最初父がおり両親が揃っていた、父が死んでも母がいた。それだけです……」


「……俺には祖母がおり、祖母に痛めつけられる様に育った……それを忘れるな……」


 堂条がそう言うと、綾瀬は少し顔を歪めて笑った。


「俺が欲していた物を、俺以上に知っているのはお前だけだ……雪月を見た時にお前が、こうする事は知れていた」


「雪月君を見た時?あの明月さんのマンションで?」


 綾瀬は堂条を呆れた様に見つめて、側にあったソファに腰を落とした。


「俺は一眼でに惹かれた……そんな相手を、見繕えるのはお前だけだ。馬鹿な惟雅にできるはずがない……つまりお前ら二人は、お前が親父の落とし胤だと疑った時からの、腐れ縁という事になる……違うか?」


「……惟雅さんがもう少し、お利口だったらねぇ……」


「そんな相手を、堂条の後釜に据え様とするお前が悪い……」


「はっ……」


 綾瀬は宙に視線を、泳がせて笑った。


「第一堂条の腐りきったしきたりは、知っているだろう?堂条は嫡子しか跡を継ぐ事ができない」


「ええ知ってますよ……しかしあなたはしきたりを忌んでいる……だから、そのしきたりを変える事ができるのは、あなたしか存在しない……」


「つまり俺に、そのしきたりを破って惟雅に譲れと?」


 堂条が綾瀬を注視するから、綾瀬は堂条を見つめて笑んだ。


「……ええ。あなたは何よりも、雪月君を傷つけたくはない……」


「つまり俺が惟雅に譲れば、これ以上の雪月に対する攻撃をやめる……そう言うつもりか?」


「ええ。これ以上世論を煽るも、沈静させるもこちらの出方次第でしょう?雪月君をこれ以上傷つけたくないなら……」


「それなら、気にしてもらう事じゃない。雪月は俺の愛人だと、面白おかしく叩かれようが、もはや動ずる事は無い」


「……堂条さん……あなたが求めた物を彼は、寸分違わずに与えた……そういう事ですか?」


 綾瀬の表情が強張って、堂条を見つめる。

 あり得ない、と目が語る。拘りが強すぎる堂条の意に合った物を、綾瀬意外の人間が与えられるはずはない。否、綾瀬すら大概間違うのだ……。


「雪月自身が俺の欲するものだ」


「だから……そんな事は知ってますよ。あなたの欲する相手だから、私は惟雅さんに教えたんです……あなたの掌に抱かせたんだ……そしていずれその掌から、全てを溢し落とす様に……えっ?君の意味が違うのか?」


 綾瀬は強張った顔容を、一層と固める。

 全てを知っているつもりの、堂条が解らないから、ずっとずっと、知り尽くしていると信じていた堂条の言っている事………。


「……お前は最初から読み間違ったのさ……俺がどうして、堂条の根岸を出たか?どうしてあんなに愛人に拘ったか?どうして雪月で満足するのか」


「は……鏑木さんを憧憬していたあなたは、鏑木さんの様になりたかった……だから、雪月君のお母さんに拘りを持った……」


 堂条はクスリと笑むと、面白そうに綾瀬を見つめた。


「お前はさぁ……切れすぎる程だが、どうしてだか俺の事となると詰めが甘いよな?……俺が欲したのは鏑木の愛人じゃない……鏑木の全てだ」


「……だから……」


「鏑木の会社、鏑木の財産、鏑木の家、鏑木の地位と名声……鏑木の醜聞……そして鏑木の全てというべき雪月……俺は、生前の鏑木青月を見た時に確信したんだ。我が堂条家に向こうを張るならば、鏑木しかいないと……古においても、我が一族に負けぬ血筋は鏑木だった。天子に差し出す皇后の座を競いあった相手……ただ我が一族は八百万の神の家系だ。だが考えてみろ、それだけの神がいた時代だ、神の落とし胤はこの国には数えきれぬ程存在する。つまりあの高貴過ぎる鏑木青月だ、神の子孫でもおかしくはない……だから俺は雪月を手に入れた。の全てを手に入れ、来るべきに備え、雪月をかえして鏑木を掌中に納めた」


「ちょ……ちょっと待ってください堂条さん……あなたはいずれ惟雅さんに、堂条を譲るつもりだった?そう言いたいんですか?」


 堂条の話しを、ジッと聞いていた綾瀬が聞いた。

 すると堂条は、呆れる様に大袈裟に目を見開いた。


「まさか……お前俺の話しを聞いていたのか?馬鹿な惟雅に、堂条が継げるはずがないだろう?」


「……では来るべき時とは一体?」


「惟雅よりはるかに利口なお前が、惟雅をどうして主人に据える?」


 堂条は嘲笑う。


「お前は俺の傍らであの祖母さんに、堂条の何たるかを共に叩き込まれたのさ。お前は俺より堂条の、というものに拘りを持っている。だから馬鹿な惟雅を据えて、傀儡とするつもりだろうが、決して堂条を自らの物と、しようとは思わない。否、思えないのさ……マジで憎たらしい祖母さんの遣り口だ」


 堂条はそう言うと、綾瀬を見つめる。


「なぜお前は、堂条の主人となろうと思わない?」


「はぁ?何を?私は堂条の血など引いていない。母がそう断言したんですから……堂条の血が流れていない私が、堂条の主人になれるわけがない」


「……何も素子さんが、親父と関係を持たなくても、堂条の血は他所に流せるだろう?持っていない者は、古よりの貴い堂条の血に拘る……祖母さんもお前もそうだ……」


 綾瀬は強張った表情のまま、思案を巡らせる。


「俺の祖父は俺同様に、堂条の糞の様なしきたり、掟に反発していた。だから最も愛した女に子供産ませ、使用人として側に置いた。それは祖父じいさんの愛の形であり、堂条に対する反発であり、そしてあの祖母ばあさんに対する、残忍な嫌がらせだ。屋敷に私生児を抱えた女を置き、祖母さんへの当て付けに彼女を愛した。そして非常にも祖父さんは祖母さんに嫡子を産ませ、いずれその嫡子と庶子とを、公然と入れ替える算段だった。同じ様に教育を与えできの良い、嫡子でもないお前の父を跡取りとする……そうすれば、この糞の様な掟はただのくだらない、意味の無い掟と立証できる。事実、祖母さんの産んだ親父より、お前の父親の方ができが良かった。だがそれを果たせずに、当主の祖父じいさんは早世した。堂条の掟が真の物で、祖父さんの反抗に罰を与えたのか、祖母さんの仕業かは、天が知るだけだ……だが、それが天を怒らせたのか、堂条の掟ゆえか親父もまた早く死んだ。真実を知るのは祖母とお前の祖母……だがお前の祖母は、俺達の祖父さんが死んだ時に、後を追う様に死んでいる。それ程愛していたのか、それも祖母さんの仕業なのかは、もはや解り様もない事だ。……だがさすがの祖母さんも、息子を亡くした時に頼れるのは、堂条の血を引くお前の父親だった。真実を知らないで育ったお前の父親は、忠誠を尽くして祖母さんに尽くした。……そうなればなる程に祖母さんは、出来の良いお前の血に焦りを持った。だから祖母さんは俺を、お前とは違ってそれは辛く厳しく育てたのさ。決してお前に負けさせたくなかった……だがあの気性が災いして、お前から教育の場を取り上げられなかった……尊び愛した祖父さんの、その貴き血を引くお前から、祖父さんが望んだ教育を、取り上げる事ができなかった。嫡子と庶子との優劣を、環境の違いで知らしめたくはなかった。どうしても自分の血が、祖父さんが愛したに負けたと認めたくなかったのさ。だからお前にも平等に全てを与えて育て、俺には堂条の当主としての、厳し過ぎる躾を徹底した……それでもを祖母さんは、お前の前で見せる事によって、お前も躾けていたのさ」


 滔々と語る堂条に、綾瀬は思考が追いつかない素振りを見せる。


「ちょ……ちょっと待ってください堂条さん……何を言っているのか?」


「お前が望み抜いた事だろう?お前が一番望む、堂条の血を継ぐ存在で、そういう関係を持ったのは父親じゃなく、祖父だという事だ。私生児のお前の父親の父親が、俺の祖父じいさんという事で、を上手く隠したのは、祖母ばあさんだから、決して漏れる事が無かったってわけだ……祖父さんは、隠し抜くつもりはなかっただろうからな。持っていないお前等が拘る物を、持っている俺等は拘りなど持たないのさ……俺は全てを持っているから、堂条の血などには拘りなど持たない……だがそんな俺が、お前らと同じ感情を持ったのが鏑木青月だ。見るからに堂条と変わらぬ、高貴な鏑木青月だ。俺はお前達同様に鏑木に憧憬した、そして何より俺を虜にしたのが、その高貴な血に関わらず、名家ではないの女に溺れ抜いた事だ。伝統と格式を重んじる名家の当主でありながら、青月はそれら全てを汚し、自らを醜聞に塗れさせて溺れた事だ……そんな事、お前等人間には、できやしないだろ?」


 堂条は、呆然とするしか術のない綾瀬を、したり顔で見つめている。


「祖父さんが生きていれば、お前の父親が堂条の当主となっていた……お前が今言った堂条の掟としきたりを、覆したかったのは俺じゃない……の祖父さんだ……そして俺もそう思っているが、俺は祖母さんに痛め付けられる程、堂条の当主としてのを叩き込まれた……」


 堂条は初めて見せる、綾瀬の困惑の表情に、満足の笑みを浮かべている。


「お前だって忘れるはずはない……それは高圧的で容赦のない物だった……それがお前を意識しての事だと思うと、そう容易く全てをお前にやるのは口惜しいだろ?」


「……お祖母様が隠していた事を、どうしてあなたが知り得たんです?」


 綾瀬はやっと、その疑問を堂条に投げかけた。

 すると堂条は嘲笑を浮かべる。


「そんなの……祖母ばあさんが、死に際に言ったに決まってるだろう?……あれは遺言じゃない。祖父さんか何かに、言わされたんだろうなぁ……死に際のあの厳つくて、人間とは思えない形相は……だから俺は家を出て、先々お前に対抗できるを探した……俺の中には鏑木が存在していたが、まだはっきりと気づいていなかった。それを気づかせてくれたのはお前と惟雅だ……俺は雪月を見た瞬間に悟ったんだ。雪月が俺の望む全てだとな……だから俺は雪月を望んだ、が俺に全てを委ねる時をだ……」


「……そして雪月君は、あなたに全てを委ねた……フッ……言い方はいろいろですねぇ……」


 綾瀬は、可笑しそうに笑って言った。


「堂条を相手にするなら、雪月の全てを掌中としないとな……俺と共にするならば、どんな中傷にも堪えてもらわねば、お前に勝てないだろ?」


 堂条が直視するから、綾瀬も直視する。

 暫く二人は黙したまま、ただ見つめ合った。

 そして、先に視線を逸らしたのは堂条だった。


「……暫く雪月と、海外を転々として来る」


「はぃ?」


 綾瀬が、未だ直視したまま大仰に言ったので、堂条は再びほくそ笑んだ。


「……だからそう簡単には、堂条を譲るわけがないだろう?……俺が帰って来る迄に、俺が納得する結果を出しておけ……そうしたら、俺は祖父じいさんの望み通り、お前を当主にしてやる……」


「いや、だから……どうして?」


「さっきお前が言ったんだろう?堂条の掟としきたりを、破れるのは俺しかいない。庶子のお前の父親の代わりに、お前を当主にする……祖父さんの望みを叶えてやる……その為には、堂条の血を継ぐ子供を作っておけ。そして俺が心血を注いだ事業を、展開して成功させろ……その間に俺は鏑木を、明月から雪月に奪いとる……鏑木が望んだ形に整え、その上に俺が立つ。そうしたら、祖母さんが拘り続けた、お前と決着をつけよう……」


「私の結果次第では、全てを反故にすると?」


「今言った事を、どれだけ俺が期待する形にできるか……楽しみだな」


「……その為に知っていながらあなたは、雪月君を惟雅さんのパーティに連れて行くと言ったんですか?」


「ああ……お前達が決して雪月が、俺から離れられない様に、してくれると信じてたよ」


「えっ?」


「俺は公然とを、全ての者達に披露したかったからな……雪月は俺の伴侶だ……これだけ面白おかしく騒がれたんだ。雪月は俺のだと、今じゃ世界中の者が知っている。もはや余計な事を考える輩は現れない」


「雪月君はを受け入れた?」


「……でなければ、二人で世界一周なんてできないだろう?まさか惟雅が役立つ日が来るとは、思ってもいなかったがな……」


「あなたはどこまで知ってて、私を利用したんですか?」


「……どこまで知ってて……は違うだろう?俺はお前の知らない事まで知っている」


 堂条は嘲笑う様に言うと


「暫く堂条の真似事も面白いだろう?俺のいない間、お前が代理だと言ってある……先々全てを公としお前に譲る……それと同じ事を、鏑木でもさせるがな……」


 と言って、ソファに座る綾瀬を一瞥すると、部屋を出て行った。

 残された綾瀬は、ソファに腰掛けたまま、まだ堂条の話し全てを理解しようと努めていた。

 さすがに綾瀬は、自分に堂条の血が流れているとは思っていなかった。あの母素子が、父を裏切る行為をしたとは、考えられなかったからだ。それが結婚前の事であろうと、他の男の子供を父に押し付ける様な、そんな母ではない事を知っているからだ。

 だから少しでも血が流れる惟雅を使って、堂条の全てを意のままにしようと思った。……それはたぶん堂条に言われた通り、堂条のお祖母様の躾の所為だろう。

 綾瀬は堂条の血の流れぬ自分が、当主となる事など微塵も考えられなかったのだ。


 その日雪月は、たった一本の堂条の電話で、大学を辞めた。

 そして根岸の屋敷を出て、あの高層マンションに帰って来た。

 暫く堂条は、雪月と一緒に居てくれる事になり、それから直きに雪月は、堂条に伴わられて飛行機に乗った。





「堂条さん……綾瀬さんが結婚したらしいですね?」


 欧州を周っている時に、雪月が堂条に言った。

 堂条とは不思議な男で、何だかんだといっても、海外での知り合いが多い。当然の様にセレブだが、たぶん日本の彼の評価よりも、海外の方が高いし好意的だ。

 そんな知り合いが多いから、行く所の宿の心配はないし、それどころか現地に通じたガイドがあてがわれ世話をやいてくれる。


「何とも便利な世の中だな……日本に居なくても日本の事がよく解る」


「……とか言って、本田さんを懐柔して、綾瀬さんの事を報告させている癖に……」


 郊外の長閑な田園風景の中に佇む、古城とか言われてテレビとかで紹介された事もある、それは荘厳なる古城の一室から、青々と輝く田園を見つめて雪月が言った。


「……は綾瀬に傾倒してるからな、かなり仕事ができるし実直な人間だ。綾瀬に不利になる事など、俺に言う訳がないが、レストランの招待券は有り難がる……」


 此処の何十代目かの貴族の、城の主人とは懇意の堂条が言った。


「……とか言って、本田さんを綾瀬さんに良いポストで当てがった癖に」


「当てがったんじゃない、レストランの招待券をやっているんだ、役立ってもらわないとな……」


 堂条が言うから、雪月は可笑しそうに笑って、再び窓の外に目を向けた。


「綾瀬には前から気に入った女がいたが、水商売の女だから結婚は二の足を踏んだ……」


 呟く様に言う堂条へ、雪月が視線を移す。


はそんな事を考えずとも、今ならまだ好きな女と一緒になれる。素子さんがそんな事で、反対をするはずはないからな……彼女の性格次第だと俺は言ったが、綾瀬はどうしても拘った……拘ったのは、ほんの少しの堂条への未練からだ……」


「……でもそれじゃ、これから困るでしょ?」


「堂条の主人が、水商売の女を妻にする事か?」


 堂条は面白そうに笑った。


「……綾瀬が主人になる事自体が、堂条で一番有り得ない事だ。それをするなら、妻の家柄を気にしてどうする?家柄云々じゃない、世を動かせる当主となるか否かだろ?そしてそんな当主を、繋いで行く子をなせる女か否かだ……俺の祖父じいさんは、愛した女に子を産ませ、その子供に堂条を継がせるつもりだった……それは現代において堂条の掟やしきたりなど、ただのくだらない言い伝えだと立証した……家やしきたりで決めた祖母さんより、愛した女の子供の方が、優れている事を知らしめるつもりだった……だがそれは叶わぬまま死んだ……死ぬ間際に祖父さんは、祖母ばあさん程に信頼できる人間が、存在しない事に気がついた。祖母さんは最も祖父さんを尊び、最も堂条の家を誇りとしていた。つまり後を託せる人間は、祖母さんしかいなかった。だから祖父さんは、祖母さんに全てを話して託したんだ」


 堂条は、真剣に聞き入る雪月を見つめる。


「祖母さんは我が子に後を継がせ、俺を堂条の当主として教育した。堂条のしきたりでは、嫡子の俺が名実共に当主だからだ……」


「そしてお祖母ばあさんは、自分の分身の様に育てた堂条さんに、お祖父さんの思いを託したんでしょ?……堂条さんなら決して間違わないから……」


「はっ?何をだ?」


「お祖父さんがしたかった事……」


「……なぜ俺が間違わない?」


 すると雪月は、真剣な表情の堂条とは、まるで正反対の表情を浮かべて笑う。


「……だって堂条さんって、きっとお祖父さん似だと思うから……だから同じ事を考えてするのかなぁ……って思って……だからお祖母さんは最後の最後に、堂条さんに言ったんでしょ?自分では、決められなかった事だから。お祖父さんにそっくりな、の堂条さんに決めさせたんだ」


「はっ……最後まで、厭な祖母ばあさんだ……」


 堂条が辟易とした言い方をした。


「そうかなぁ?堂条さん満更じゃない癖に……」


「雪月お前な……」


「僕ちょっとお祖母さんに、似てるって思わない?」


「はあ?何処が?」


「堂条さんに従順な処……」


 雪月は、それは優しい笑顔を浮かべて言った。


「……堂条さん、そういう処気に入ってるでしょ?だからお祖父さんもきっと、気に入ってたと思うよ?」


「……………」


「お祖父さんはお祖母さんを妻として、とても愛してたと思うよ。だから愛人には、自分のしようとしている事は言わなかった。言った処で、本当の処は理解できないしね。堂条の何たるかを知る人間にしか、その重みと馬鹿さ加減は解らない……だからお祖父さんは、綾瀬さんのお祖母さんを愛したけど、だから本当の処は分かち合えなくて、同じ重みを知る妻のお祖母さんだけが理解者だった……そして一途にお祖父さんを愛してて、堂条の主人として尊敬していて従順だったから、愛さないわけがないじゃない?」


「雪月、お前は祖母さんを知らないから、だからそう思えるんだ」


 堂条が呆れる様に言うと、雪月は可笑しそうに笑った。


「知らないから、解るんじゃないかなぁ?お祖母さんの本当の姿。だって綾瀬さんのお父さんですら、実の父親を知らなかった……って事は、お祖父さんは全て自分が事を終える迄、綾瀬さんのお祖母さんに口止めしてたんでしょ?自分の父親が目の前に居るのに、それすら伝えさせなかった……つまり彼女とは、共有していなかった……そして死期が近づいて共有したのは、愛してると信じてた彼女じゃなくて、自分が一番反抗した家が決めた相手……その妻程に信頼できる人間が存在しない事を、きっと始めて知ったんだ」


「雪月何が言いたいんだ?」


 堂条が眉間に皺を寄せる。


「俺に、家柄に合う相手と結婚しろと?」


「……それでもいいけど……」


 雪月が笑って言うと、堂条は眉間に皺を作ったまま、雪月の佇む窓の側迄寄って、雪月の細い躰を抱きしめた。


「お前がそんな考えを起こすなら……さっさと堂条を綾瀬にくれてやる」


「……フフ……それでもいいけど……僕はお祖母さんみたいに、従順に堂条さんの望みを叶えるよ?……ただ堂条さんの跡継ぎを、与えてあげれないけど?」


 すると堂条が、雪月の瞳を見入って笑った。


「綾瀬の処の子供を、鏑木の跡目に据える……お前の兄には申し訳ないがな……いずれ堂条は鏑木と一体となって、より一層大きくなれる」


「えっ?その為に綾瀬さんに?」


「お前を見初めた時にそう決めた……お前は跡取りを産んでくれないが、俺には運良く綾瀬がいるからな。綾瀬に譲って跡取りを、作らせばいいだけの事だ。どの道、祖父さんの血を持つ者同士だ、どっちが当主であろうと同じだ……お前を手に入れれば、俺には鏑木が付いて来る……一挙両得。綾瀬も胸のつかえが無くなる」


「それって……」


「全て丸く収まる大岡裁きだろ?」


 堂条はほくそ笑んで、雪月に口づける。


 ……大岡裁き処ろか、ただの身勝手だと思う……


 そう雪月は、口づけを返しながら思った。

 堂条が一生雪月を傍らに置く為だけに、綾瀬の存在を利用しただけなんじゃないだろうか?

 そう思ったけど、それを口にしていい立場の人間ではない事を、雪月は知っている。

 だから雪月もいろんな事を利用して、堂条の傍に一生居られる様にするだけだ。




 愛人……終……





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BL 愛人 婭麟 @a-rin

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