第8話
綾瀬は予定の日にちより、少し遅れて帰国した。
その間に堂条は本田に運転させて、同じ大学に通う分家の者、またはあの時に怪我をした学生の所に、雪月を伴って礼の挨拶に行った。
まさか本当に行くと思っていなかった雪月は、分家ではない学生の家に手土産を持って、頭を下げて学生の親に礼をしてくれる姿に困惑を覚えた。
堂条がこんな事ができるとは、その目で見ない限り信じられなかったからだ。
だがそれに一番驚いたのは、帰国した綾瀬であった。
唖然、呆然、驚愕、呆れ……それら全てが入り混じった表情は、少し苦しそうで少し辛そうで、決して喜びの表情ではなかった。
だから雪月は、少しの不安を抱いた。
堂条にとっての懐刀、右腕の様な綾瀬が不在の時に、それは大きな失敗りをおかしてしまった感が、酷く雪月を不安にさせたのだ。
「そう言えば……」
堂条は食事の時に綾瀬に言ったので、久しぶりの和食に箸を付けたばかりの綾瀬が、その手を止めて堂条へ視線を送る。
「惟雅が招待状をよこした」
「……招待状?ですか?」
綾瀬が、眉間に皺を作って言った。
「婚約者のお披露目だそうだ」
「婚約?惟雅さんがですか?」
「……何て顔を作る?惟雅も結婚してもいい年だ……と言っても、会社同士の結婚と言っていいのが、分家の結婚だがな……」
「家柄同士の結婚は、古から我が国では当然の事ですよ」
「……家柄同士云々よりも、天下を執れる子供を作れる、相手の方が重要だろう?」
真顔で言う堂条に、箸を持ったままの綾瀬が直視する。
「堂条さん……貴方はそれすら危ういんですが?」
綾瀬の真顔に、雪月が不安を募らせる。
雪月はなぜだろう?堂条が綾瀬を置いて帰国したときから、ほんの少しの不安を抱き始めた。それが何なのかは解らない。解らないけど不安は、帰国した綾瀬と堂条を見ていると、どんどん大きくなっていく。
「綾瀬」
堂条も綾瀬に、負けぬ真顔を作った。
「危ういかどうかは、俺が決める事だ……」
ニコリとも笑わぬ二人が見つめ合う。とても穏やかな雰囲気とは、程遠過ぎる……始めて見る二人の姿だ……。
「あら?また二人で睨み合って、瞳眞さん何をなさったんです?」
すると、食事の追加を持って入って来た素子が、そんな二人を見て言った。
「……これから、なさるおつもりなんですよ」
綾瀬は母素子にではなく、雪月に視線を移して言ったから、雪月の不安は増していく。
「まぁ?何をなさりたいと?」
追加の料理を並べながら、堂条へ視線を向ける。
「惟雅さんが、婚約発表のパーティをなさるそうで……」
「惟雅さんが?それはおめでたいですわね?こちらは喬眞がしないから、瞳眞さんもする気は無いし……でも惟雅さんも、決してお早い方ではありませんわよね……」
「私は堂条さんがこんななのに、身を固められるわけが無い」
綾瀬は堂条から視線を逸らして、揚げたての天ぷらに箸を付けて言った。
「あら?喬眞、お相手がいるの?だったら連れていらっしゃい」
「いえ……私にはまだ……」
「だったら、瞳眞さんが原因の様な言い方は、おやめなさいな」
素子が痛い所を突いたので、綾瀬はムッとした表情を堂条に向ける、と同時に堂条はしたり顔を作ったので、綾瀬の不機嫌が増した。
きっとこの二人の間では、こう言った関係が続いていたのだろう。綾瀬は聡過ぎる程に先を読み、堂条は解っていてもそれをする様になった。
それを堂条の唯一の弱みとなり得る、母に訴え様とも素子は堂条の肩を持つのだ。事の良し悪しなど構いなしに……。
「しかし、どうせそのパーティに、雪月君を伴いたいと言われるんでしょう?」
パリっと音を立てて天ぷらを、頬張りながら綾瀬は言った。
「まぁ?」
するとさすがに素子が、困惑の表情を浮かべた。
「当然だろう?雪月を……」
「はぁ……確か惟雅さんのお宅のパーティでは、以前も伴った相手が話題となりましたよね?」
「確か……今は海外に行かれた、女優さんでしたっけ?……かなり有名な方」
素子が二人とは、全く違う反応をして言った。
「香月杏華さんという方です」
綾瀬が再び天ぷらに、手を伸ばして言った。
「確か……瞳眞さんのお子さんを、産んだとか何とか……」
「素子さん。あれとは、何もありません」
堂条も、天ぷらに箸を付ける。
「……でも確か、五つだか七つのお嬢さんが?」
「お母さん。珍しく堂条さんが、手を出していない相手ですよ……と言うより、出したくても出せなかったんですがね……」
綾瀬は堂条と視線を合わせて、クスリと笑んだ。するとそれとは反して、堂条が苦々しく綾瀬を見つめる。
「彼女には長年、思っていた相手がいましてね。その人の子を産む為に海外に……。ただ余り公にできるお相手ではなかったので、素行が悪かった堂条さんが、かなり上手い事やられましてね、事もあろうか惟雅さんのパーティに同伴しまして、スッパ抜かれて大騒ぎとなりました……」
綾瀬はさも、面白いという様子を見せて言う。
「彼女もかなりの有名人ですからねー、上手い事堂条さんの隠し子的扱いを……お陰で本当のお相手の存在は、明らかになりませんでした……その縁で堂条さんの株が上がりましたがね……」
綾瀬はニヤリと笑うと、堂条が苦い顔を崩さないのを認めている。
「彼女はあちらに、永住する事としましたからね。仕事の時だけ帰国するんですが、あれから一度たりとも堂条さんと、会う事はありませんでしたね?」
「はん。それで分家達の、利益になった事は大きいだろう?どうせ浮名は流しているんだ、一つ二つ増えた所で……それで利益が得られる方がいいだろう?」
「こういう風に、意外と賢い人だから困りものですよね?決して公にできないお相手が、堂条さんに肩入れしていますから……」
綾瀬が雪月を見つめて、意味ありに笑う。
「あら?それじゃそのお嬢さんは、瞳眞さんの子供じゃないんです?それは残念だわ……私はてっきりそうだと思っていたから、堂条の跡継ぎは決まったものとばかり……」
「お母さん。堂条の跡取りは、嫡子でなくてはならない決まりですよ。男女どちらでも構いませんが、嫡子でなきゃ認められない。堂条さんは未婚なので、外でいくら作っても認められません」
「はん。くだらない事を言い出すな綾瀬。そんなのはつまらぬ時代錯誤だ」
「……それでも、決まりですよ堂条さん」
綾瀬が言うと堂条は、ウッと言葉を詰まらせた。
「そんな堂条さんが、雪月君を伴ってのパーティ出席は、いろいろと好奇の目を注がれる事となります」
「雪月は絶対連れて行く」
「なぜ?確か彼女の時も私と言い合いましたが、結局ワイドショーで名を売られましたよね?今回は相手が雪月君ですからね?彼女以上のネタですよ?」
いつも穏やかで優しい綾瀬が、トゲトゲと雪月に意地悪を突き付ける。
雪月が堂条の相手である事は、決して公にしたくない事柄である事を、あの綾瀬が雪月の前で言って傷つける。
「貴方は雪月君を同伴して、鏑木氏の再来となりたいのでは、ありませんよね?」
「何を言ってる?」
堂条の顔容が大きく歪んだ。
「貴方の特別意識の中の鏑木氏、その忘れ形見で明月氏によって、面白おかしく語られている雪月君です。その雪月君を貴方が引き取って、愛人にしているのは有名ですよ?そんな彼を公の場で、全てを認める様に同伴するなんて……」
すると堂条は、椅子を倒す様に立ち上がって、綾瀬を睨め付けた。
「綾瀬……それ以上言えば、その口を削ぎ落としてやる」
始めて見る堂条の形相に、言われた当人の綾瀬より雪月が固まった。
そして堂条は、固まる雪月の腕を掴むと、グッと引いて共に部屋を出て行ったので、後に残されたのは綾瀬と、その母の素子だった。
「……なぜ?あんな事を?」
「同じ轍を踏まぬ為ですよ」
「……喬眞。あなたあの子を、利用したりしないわよね?」
「はぁ?どうしてです?私はあそこまで言って、止めたんですよ?」
「……嘘よ。お祖母様が亡くなられてからの瞳眞さんは、お前があんな風に言えば、必ず我を通すわ……この間の海外の仕事だってそうだった……ずっとあなたが止めていた事だったじゃない?瞳眞さんは、だから何年も固執していた。そして、あなたはそれを知っているはず……これで雪月君は、絶対に連れて行く事になる。あなた、雪月君を晒し者にするつもりなの?」
「……いいえ。どうしても堂条さんが連れて行くなら、雪月君は雪月君と解らない様にして頂きますよ」
「……そんな事……?」
「今の技術は進んでますからね?金をかければ別人になれる」
「整形させるの?瞳眞さんが許すはずがないでしょう?」
「あの人は、あのままの雪月君に溺れてますからね……それでも変身して頂きますよ、私の総力を挙げても……」
綾瀬が素子を直視する。
その視線を食い入る様に見つめて、素子は我が子の本心を図りかねた。
喬眞が未だに堂条の先代の息子ではないかと、疑っている事は知っている。
だがそれはあり得ない。何故なら素子は、先代とはそういう関係ではないからだ。確かに堂条という血筋の当主は、不思議な魅力が漂う男性だったが、だからといって使用人の素子が、そういう関係になれる相手ではなかったし、早死にするタイプだったからか、手当り次第使用人に手を出す様な処も無い人だった。
先代の側近として兄弟の様に育った、使用人の子で私生児の綾瀬とは、同じ使用人だった事もあり、直ぐに惹かれ合って恋人となった。尼御前と異名を取った瞳眞のお祖母様に気に入られ、結婚は直ぐに許され、使用人の子とは思えない立派な結婚式を挙げさせてもらった。その華々しい結婚式が口さがない人々からは、素子が家柄の良い令嬢と結婚をしていたが、子供がまだできない堂条の当主とのっぴきならない関係となり、子供までできたので、側近の綾瀬に下げ渡したのだろう……という噂を立てられた。もしも先代夫妻に子ができなかった時の為に、綾瀬にあてがって側に置いてキープしておく、という言い分だが運が悪い事に、式を挙げて直ぐに妊娠が解り、悪意を持つ者の色を変えさせた。
喬眞が誕生して直ぐに先代夫人が妊娠して、当主の瞳眞が誕生したが、それからそんなに経たない内に、先代が亡くなってしまった。するとお祖母様は、瞳眞がまだ幼かったにも関わらず、直ぐに実家に母親を帰してしまった。
気位の高いお祖母様には、同様に気位の高い瞳眞の母親は、性が合わなかったのかもしれない。そしてそんな気難しいお祖母様に素子は可愛がられ、堂条の奥向きの事を全て任される事になったから、噂は噂の域では無くなった。先代とは兄弟の様に教育を受けた夫は、そんな噂を気にする事はなく、お祖母様と瞳眞に忠誠を誓う様に尽くして、先代程ではないにしろ惜しまれる年で亡くなった。
とは言っても、瞳眞の様に父の思い出がない程の年齢ではなかったから、喬眞には父の思い出が残っている。残っているのに、惟雅がその噂を喬眞の耳に入れると、喬眞はそれを信じてしまった。
幼かった瞳眞には、綾瀬の父を父の様に慕う処もあり、年を取ったお祖母様も頼る処があったから、喬眞は瞳眞と兄弟の様に育っていた為、何処かで線引きができなくなっていたのだろう。
喬眞が本気で、父の葬儀の後に素子に詰め寄った。だから素子は事実を語った。
だが、今でもほんの少しの疑問が、喬眞の何処かに根強く残っているのは、喬眞が真実瞳眞を弟の様に思っているからだと素子は思っている、だからあの時以外素子は喬眞に、きつくその思いを断つ様には言わずに来た。
果たしてそれが、良かったのか否か……。
素子には今になって解らずに、不安を与えるものとなっている。
分家の惟雅。
彼は堂条本家の何十年か前の、娘が分家の長男に嫁に行った家系だ。
そして厄介な事に、惟雅は堂条をそれは憧憬して育ち、そしてライバル心を持つ野心家だ。だから、分家のどこよりも大きな利益を上げているし、今回の結婚も本家堂条を凌ぐ家柄と資産を求めてする事だ。
堂条より年の離れた惟雅は、とにかく堂条が好きだ。堂条が愛人を求めて迷走していた時期、惟雅はまだ学生であったが、堂条に憧れて多数の女性と関係を持ち、父親からしこたま叱られたというのに、それでも堂条の本当の処を解ろうともせずに、ただ上辺だけを真似るちょっとイタイタイプで、そして堂条から疎まれる存在でもある。
惟雅の婚約披露パーティーは、惟雅の所のかなり名をあげた、ホテルでおこなわれた。今これ程までに若者達に人気を得られるホテル、となったのはひとえに惟雅の力と言っても過言ではなくて、惟雅はイタイタイプだが、若者受けする物を見通す才を持っている。だから、そっちの方に力を入れればいいものを、と思うのは親戚一同が思う事だが、それがどうしても堂条の何かを追い求めてしまって、惟雅の家族には困惑されている。つまり堂条は、惟雅の家族からはかなりよく思われていないという事だ。
惟雅の父が一通りの挨拶をし、惟雅と相手の婚約者が披露され、一同が大きく拍手し終えて歓談となった頃に、堂条は多少遅れてホテルの会場に入った。
当然綾瀬が堂条の後に従う。
だがその前に、堂条がきつく手を握って離さない、それは美しい振袖姿の美女に、会場に居た全ての者達の視線が釘付けとなった。
黒地の着物に、金糸と銀糸をふんだんに使った、御所車の総刺繍の振袖に、目を射る程の朱色の友禅の帯を締め、帯の下部に
そして束髪くずしに、足袋と揃いの正絹の薄紫色の丸蝶の刺繍を施したリボンを、大きめに付けているものの、その美女の奥ゆかしくもはにかむ様に、堂条に握られた手を恥ずかしげに見つめ、その俯いた様子が最近の若い女性にはない、淑やかさを醸し出して、会場の男性の視線を釘付けにした。
「堂条さん」
すると惟雅は、嬉しそうに側に寄って来た。
「厭だなぁ……いくら堂条さんと言っても、僕の
「ふん。お前はまだまだ若いから、こうやって結婚が決まったとしても、公に披露して祝ってもらえるだろうが、俺みたいになったらそうもいかないだろう?」
堂条が意味ありげに言うものだから、後ろに控えていた綾瀬が慌てて、惟雅と堂条の間に入った。
「まさか堂条さん?結婚のお相手ですか?」
惟雅が大仰に驚いて言ったから、その場に居た者達の視線が堂条と、同伴の美女に向けられる。
「そうしたい所だが、綾瀬が許してくれない……」
堂条はそう言うと、ニヤリと綾瀬を見て笑った。
「……とにかく、俺からの祝いに上手い話を持って来たから、綾瀬から後で聞いてくれ」
美女と握った手を惟雅に見せると
「祝いを言った事だし、これからお楽しみがあるからな、俺達は失礼するよ」
堂条は言うなり、踵を返そうとして、惟雅の父の顔を見て会釈した。
「綾瀬は置いて行くから、詳しく聞いてくれ」
堂条はそのまま入って来たドアに向かって歩き出し、当然手を引かれた美女は、再び帯と対の様な朱色の草履を、交互に動かしてやっとのことで堂条について行く。
パシャパシャと、カメラの音が響いた。
美女はその顔を誰一人として向ける事なく、ずっと俯いたままでその場を後にした。
だがその後の人々の関心は、惟雅の婚約よりあの美女へと変わった。
再びの堂条の愛人……人々の興味は其処にあるからだ。
数えきれぬ程に愛人を変えて来た堂条の、新たな愛人に……。
「……マンションに……」
堂条は車に乗ると直ぐに運転手に、あの高層マンションに行く様に指示をした。
車が走り出しすと、堂条は何時もの様に視線を窓外に向ける。
だがきつく握られた手を、離す事はしない。
今日は朝早くから雪月は素子の指示の元、数人係りで化粧は時間をかけてされるは、カツラを付けられるは、振袖を着付けされるは。
それも着物には全く無縁の雪月ですら、代々堂条家で受け継がれている、それは高価な代物と解る物を、着付けられたのだが、これが半端なく苦し過ぎる。
さすがの雪月も渋面を作ったが、仕上がりを見た素子は、それは嬉しそうな顔を作った。
「これなら誰も、雪月君だなんて解らないわね?たぶん今の若い
と、言ってくれたが、決して雪月は嬉しくはない。嬉しくはないが、堂条が物凄く見惚れてくれたから、だから雪月は恥ずかしくもあったが、それよりもその視線に喜びを覚えた。
そして車に乗ると直ぐに手を繋いでくれたから、だからとても苦しい格好だけど、そんなの全然気にならなくなってしまった。
窓外に視線を送る堂条だが、その熱い視線に雪月は、ずっとこうしていたいと願ってしまった。
堂条に兄の明月の元から、拐われる様に連れて来られた高層マンションは、暫く其処から出る事を許されない場所だったが、堂条が居ない時は、必ず綾瀬がリビングで仕事をしている様な、そんな生活を強いられたが、それでも兄の元に居るよりも、安心して居られる場所だった。
父を奪った、雪月母子を憎む兄が与える苦痛と、雪月を甚振る辱めが無いだけでも、当時の雪月には安心を得られる場所となったのだ。
堂条はマンションに着くと運転手を帰らせて、雪月の手を握ったままマンションに入りエレベーターに乗った。
最上階迄止まらずに行くにしても、少しの時間がかかる。
堂条はエレベーターが止まらぬ様にすると、直ぐに雪月を奥に押し付けて唇を合わせて来た。こんな堂条を見た事が無い雪月は困惑したが、直ぐに堂条の背中に腕を回して応えた。
すると堂条は抱き抱えながら、身八つ口から手慣れた様子で手を入れて来て、雪月の肌を弄った。吐息の様な声を吐く雪月が、徐々に高揚を隠せなくなって行き、合わせあった唇を強く吸い上げて行く。我を忘れて夢中になる雪月の耳に、甲高い音が入って来て、エレベーターが最上階に着いた事を悟った。
もはや潤みきった雪月を引っ張る様に堂条が、足速にエレベーターを降りてドアを開けた。と同時に雪月は、堂条を押しやる様に部屋に入った。
貪る様に口づける雪月を受け止めながら、堂条は手慣れた様に帯留めに手をかけ、それは器用に解いて行く……。
あんなに朝方大変な思いをして、着崩れない様にきつく縛られた帯が、寝所に行くまでの廊下に、それは意図もなく簡単に解かれ脱ぎ捨てられて行く……その間も雪月は、もはや意識が何処かに飛んで夢中に堂条を求めた。
こんな事は初めてだ。こんなに求めた事などない……のに、もはや雪月の理性は帯達と共に解かれて、捨てて来ているのかもしれない。
黒の振袖が堂条の手で脱ぎ払われた瞬間、黒い着物が雪月の目の前で舞った様に見えた。だがそれはその一瞬だけだった、ベッドに押し倒され襦袢の紐に手をかけられた瞬間、雪月は激しく堂条にしがみついた。
その後組み敷かれ幾度の嬌声をあげたのか、堂条が真顔を作って服を脱ぎ捨てて行く姿を、雪月の有りっ丈の艶を放ち、煽る様に見つめていたのか解らない。
ただ雪月が望むものを、全て与えてくれる堂条にしがみつき、思いの丈を受け止め妖艶な姿を晒して、躰を揺らして恍惚なる悦楽に溺れて行った。
そうだこれが自分の本性だ……。
雪月は激しく堂条に揺さぶられながら、快感を追い求めながら思った。
……堂条にしか、こんな自分の本性を曝け出せない……
……どんなに数多の大人達が、雪月を攻めようとも……
雪月は幾度めかの快感の波に呑まれて、涙を流して意識を失した。
「……雪月……」
雪月が目を開けると、堂条が笑顔を作って覗き込んでいた。
「今日は何回気持ち良かった?」
堂条は雪月の唇に再び触れると、直ぐに離れて隣に横になった。
「……世界一周でもしに行くか?」
「……世界一周?僕と?」
「他に行く相手などいないだろ?」
「……大学は?」
雪月は堂条がまた、不思議な言い回しをしているものと解釈して言った。
「海外で気に入った国の、気に入った大学を出ればいい……」
「それでいいの?……だったら行く……堂条さんが帰れって言っても帰れないよ?」
堂条は雪月を、抱き抱えるようにして笑った。
「ずっと一緒に居よう……雪月が厭になっても、俺が飽きても、それでもずっと一緒に居よう……」
「マジで?言ってる?」
「ガチで言ってる」
堂条は微かに鼻声になった雪月を、抱きしめたまま笑った。
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