♪第9幕♪
たのー、たのーと鳴く小さな 存在を、ゆらのたちはひとまず持って帰ることにした。
とはゑの手のひらの中でおとなしく収まるそれは、
ゆらのはその小人のことを知っている。けれど、未言少女としてどうすればいいか分からなかった。
「未言は未言に聞くのが一番だわ。もちはもち屋。家でならじっくり作戦もねれるだろうし」
「もちはもち屋」ということわざを最近覚えたせいでもある。
見慣れた陸橋と駅を越えると、人通りはほとんどなくなってしまう。他のクラスメイトたちより少し遅れて教室を出たから、他のランドセルも見えない。
二人は踏切が見えたところで左に曲がる。しばらく歩くと、ぎりぎり子ども二人が通れるくらいの細く薄暗い道が現れる。手前には車止めが設置されていて、自転車は通れないようになっていた。
朝通ってきた道だ。日のあまり射さない世界の端切れみたいな場所だけれど、それでも昼間ある程度暖められたらしい。側溝を流れる水の量は朝より増しているように見えた。
とはいえまだ雪は残っていて、足を取られると側溝に落ちてしまいそうだ。
今日側溝戦争に勝ったのは、とはゑの方だった。いつも通りすました顔をして歩くとはゑの横を、ゆらのは言葉を増やしながら歩いていく。
「ということで、
ゆらのがそう言うと、とはゑのランドセルから一枚の栞がしゅるりと抜け出した。それはすぐにねじれ、ほぐれ、麒麟の姿をとる 。
芽言はとはゑの肩に乗った。器用に前足を浮かしながら 、「しかたないですの」と言う。
とはゑの横には側溝があり、水が音を立てながら流れているが、落ちる心配はなさそうだった。
それを確認してから、ゆらのは「では」と小さなひとがたをつっつく。
「まず確認なんだけれど、あなたは
「たの!」
小さな生き物は元気よく両手を挙げてうなずく。
二人でよくよく 観察してみると、肌の白さと着ている服が巫女服であることに気づく。
おそらく少女だろう、前髪を目の上でそろえている。後ろ髪は肩を少し越えた程度の長さだ。芽言が、尼削ぎという昔の子どもの髪型なのだと二人に補足した。
巫女服自体は簡素なもので、余計な飾りなどはない。
ただ、存在が安定していないのか、全体がやや透けていて細かいところはよくわからない。
「どの未言か絞るには、情報が足りないわね」
ゆらのはそうつぶやいて、片手に収まってしまう大きさの少女のほほをさらにつついた。
(……もちもちだわ)
爪が刺さらないように気をつけながら、ゆらのはとはゑに説明する。
「ええと、未言巫女っていうのはもうわかるよね? 未言が人の形をとった姿。お父さんが言っていたやつ、コトダマ……グゲンカ……? したもの?」
「言霊、ですの」
麒麟を模した芽言が、そう付け加える。
「そう、言霊よ。言葉には魂が宿っていて、力があるの。だから芽言たちは、こうやってあたしたちの前に現れてくれるわ。でも、この未言巫女には、いくつかパターンがあるの」
ゆらのは小さな存在をつついていた人差し指を、そのままぴんと上にのばした 。
未言巫女。最も安定した状態の言霊。
未言未子。未言になる前のかけらのような状態。
「未子は、ヒトでいうと赤ちゃんみたいなものかしら。言霊の力は弱くて、この子たちはまだ鳴くことしかできないの。上光たちみたいに、何か現象を起こすこともないわ」
その言葉に抗議するかのように、まだ何かもわからない未子が鳴く。
すると、ちょうどよいタイミングで近くの雪が側溝に落ちた。
未子は一瞬その砂糖粒のような肩を震わせてから、辺りを見回した。それから、どうやら自分の声に雪が反応したと勘違いしたらしく、じまんげに「たの!」と胸を張る 。
とはゑは変わらず無表情、ゆらのも思わずジト目になる。
(雪に関係する未言はたくさんいるけれど、なんか、これは違う気がするわね……)
ずれ落ちてきていたランドセルの位置を調整しながら、ゆらのは説明を続ける。
「あと、未言
「説明がふわふわしてるの…… 」
芽言につっこまれるが、ゆらのはうまく説明ができない。
おそらく出会ったのは一度だけだし、その時だって結局どうなったのかわからないのだ。ゆらのが覚えていないということは、
――と、その時、後ろから足音が聞こえた。
「!」
二人の肩が大きく跳ねる。
どうやら相手もこちらに気づいたようで、駆け足がどんどん近づいてくる。不器用なのか、雪を避ける足音はやや遅い。
ゆらのはあわててポケットに未言未子を逃がす。つぶさないように気をつけながら後ろを振り向いた。
芽言はすでに栞に戻ってランドセルの中に隠れたらしい。ゆらのがとはゑの方を見たときには、姿は見えなかった。
おおい、と呼びかけてきた声の主は、クラスメイトの達也だった。
切れ長の目が二人をとらえる。
ゆらのは思わずまゆを寄せた。ゆらのにとっていつも面倒なタイミングで話しかけてくるものだから、達也を見ると自然とそうなってしまう。
(そういえば、宿題を終わらせてから帰るだのなんだの言ってたわね)
とはゑの顔から感情は読み取れない。どうでも良さそうにすら見えた。
それを知ってか知らずか、達也はにやりといじわるそうに笑う。
「ああ、やっぱり三栗たちじゃん。帰るの遅くない? どんだけちんたら歩いてんだよ」
「それを言うならそっちもじゃない。宿題は終わったの?」
ゆらのの返しに、達也が「終わったよ!」とくちびる をとがらせる。
何も考えずに足を踏み出したせいか、彼の足元の雪が地面をすべって 側溝に落ちた。
「おっと、と」
足を取られそうになったものの、がんばって耐えたらしい 。達也はすぐに二人に向きなおった。
去年と違って転ばずに済んだことがうれしかったのか、若干じまんげな顔をしてゆらのたちを見る。
ジト目のゆらのと、表情の変わらないとはゑ。
(未子と同じレベルのクラスメイト……)
ポケットの中で、「たの……」とあきれたような声がもれた 。
達也に未子の声は聞こえないようで、 「あの、さ」と口を開く。
普段立て板に水をかけるように話す彼だが、なぜか若干今日は口の周りが遅い。
「ええと、転校生。俺も去年引っ越してきたばっかだからさ、わかんないこととかあると、思う、から、さ? うん。あー、えー、そういうときは、聞いてくれても、いいから、な!」
ふん! と強気そうに達也が腕を組む。
数秒、二人と一人の間を風が通り過ぎてった。
「……いや、あたしが教えるから大丈夫」
ゆらのは正直に答える。早くこの場を去り、未子の話の続きをしたくてたまらなかった。
(やっぱり、帰り道に未言少女の話は難しいか。どちらかの家に集まってから作戦会議したいわね)
そんなことを考える。
「というか、達也くん道こっちじゃないよね? なんでいるの? あたしたちはこのまままっすぐだから。いこ、とはゑ」
とはゑの手を引いて、ゆらのがやや足早に歩き出す。「なんだよ感じ悪いなー!」だのなんだの聞こえてきたが、構わなかった。
「まあ、じゃあ、またな! 三栗! ……と小川!」
思わず二人で振り返る。そこに達也の姿はもうなかった。
叫んでからすぐに逃げたらしい。
「な、なにがしたかったのアイツ……」
あきれたように言うゆらのの声は、くずれた錆雪といっしょに側溝に落っこちた。
そのとなりでとはゑは誰もいない道に向かって、小さく手を振った。
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