第3話 ゆらのととはゑとあたらしいまいにち
∞第1幕∞
黒板に白いチョークの文字で一人の少女の名前が大きく書かれている。その自分の名前の前に、とはゑは立っていた。
今日から学校が始まった。始業式が終わって、ふたたび教室に戻ってきたところで、転校生のとはゑは自己紹介を求められている。
「では、改めて。今日から皆さんと一緒に学ぶ転校生の小川
泣きぼくろが目を引く担任の國分先生がとはゑにほほ笑みかけた。
けれど、とはゑはクラスメイトの友達よりも、窓の外の桜の枝が気になって、明後日の方を向いたまま身じろぎする気配もない。
どうして、四月なのに桜のつぼみが固く閉じたままなのか、とはゑはそれがふしぎでふしぎでしかたなくて、けんめいに見つめ、思考をめぐらせて、答えを探っている。
「永久会さん? ねぇ、永久会さん? あの、ね、先生の声聞こえてる? おーい?」
両手をメガホンの代わりにして國分先生が呼びかけるけれど、耳から入る
とはゑは、学校が始まったら桜はもう散り始めているはずなのに、一輪も咲いていない理由を求めるのに夢中だ。
もしかしたら、桜の種類がちがうのかも、とか。
もしかしたら、
もしかしたら、栄養が足りなくて花を咲かせることができないのかも、とか。
そんないくつもの仮説を並べて、けれどそれらを確かめることが今はできなくて、想像だけで真実を追い求めている。
そんなとはゑの様子に、一人の少女が席に座って頭を抱えていた。それは誰であろう、いつかの魔女の予言の通りに、とはゑを迎えるクラスの一員である、ゆらのだった。
未言少女のもう一人も、悩む。
声を上げて、とはゑの意識を向けさせたほうがいいのかな、とか。
でもとはゑのことを知っているのをみんなに知られてもへいきなのかな、とか。
そもそもとはゑはなんでなんにもない窓の外をじっと見ているのかな、とか。
教室に行儀よく納まったみんなが、だんだんと首をかしげて、目と目と合わせて、こそこそと話し始める。
三年生から四年生は持ち上がりのクラスだから、みんなお互いに話し相手に困らなくて、ざわめきはあっという間に教室を満たす。
どんなにひそひそ話が大きくなっても、とはゑがまったくそれに意識をひかれないのが、なによりも問題なのだけれど。
「んっ、にゅっ」
突然、とはゑが身をよじって、愛らしい鳴き声を上げた。
その声に、しんと教室の中が静まり返る。
けれど、服の下ではだをくすぐられるのを止めてもらえないとはゑは、ぐにぐにと体をもだえさせている。
「どうしたの、永久会さん? 具合が悪いの?」
先生がついにひざを床につき、とはゑに目線を合わせた。
ぴたり、ととはゑは先生の顔をひとみにおさめて、その時に服の中でとはゑのはだをさすっていた
とはゑは、じっと國分先生の泣きぼくろを見つめて、それから、かくりと首をめぐらせて、黒板に書かれた自分の名前を見る。
「永久会、自己紹介をするの」
服の中でささやく芽言の声は、とはゑの耳にだけ、しっかりと届いた。
ぱちぱちと、立ち上げたばかりのパソコンのモニタみたいにまばたきをしてから、とはゑはするりと先生の横を通り抜けて、きっちり並んだつくえの間をすり抜けて。
クラスのみんなの視線を集めながら、ゆらのの前に、とはゑは立った。
「と、とはゑ? なに、どうし――」
ゆらのの問いかけが終わるよりも早く、がばりと、とはゑが首に抱き着いてきた。
「ぴぃやっ!?」
ねこに捕まった小鳥のようなゆらのの悲鳴が、窓を突き抜けて桜の枝にまでつき刺さる。
そんなゆらのおどろきも無関係に、とはゑはぐりぐりと自分の頭を親友の後頭部に押し付けた。
それから、顔を上げて、たどたどしく告白する。
「わ、たしうぁ、ゆらのちゃんの、ともだぃ……です」
とはゑの言葉を聞き取れたのは、いったい何人いただろう。
でも、聞き取ってもらえたかどうかは、とはゑにはなにも問題ではなくて、ゆらののとなりに姿勢正しく気をつけをして、すまし顔で先生を見る。
数秒の沈黙の中に、芽言のため息がこぼされてたような気もする。
「そう、なのね? じゃ、永久会さんの席は、
とはゑは、こっくんと大きくうなずいて、喜びを伝える。
その間に、ちがう列の一番後ろに用意されていた新しいつくえとイスを、一人の男子がゆらのの席の後ろに運んでくれた。
「はい、Twihe。これから、よろしくね。Nice to meet you」
とはゑのために席を運んできたエディは、にこりと人当たりの良いほほ笑みを見せて、とはゑを迎え入れた。
こくん、と糸の切れたお人形みたいにとはゑはうなずいて、それからそのしぐさにお礼のおじぎもかける。
ちょこちょこと歩幅小さく動いて、とはゑはちょこんとエディが持ってきてくれた席にこしかけた。
「ありがとう、エディ。さすがエーコクシンシ、ね」
ゆらのがとはゑの代わりに、言葉のお礼の方をエディに届けた。
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