∞第12幕∞

「鍵は開けておいたからな」

 悠は、にこゑに向けてそれだけ言って、さっさといなくなってしまった。

 カギってなんのことだろう、ととはゑは首をかたむけて、にこゑを見る。

「もうすぐ月が出るから、急ぎましょうね」

 にこゑは、くすりと笑って、ぼんやりしてたゆらののうでをつかんだ。

「ふ、あ、な、なに? もしかして怒られる? 勝手に一人で全部しようとしたから怒られるんですか?」

「そんな面倒なことするつもりはないわ。ほら、早く着替えるわよ。もうすぐ、本当に未言巫女が現れるのだから」

「え、ほんとうって、今だって冬尽ふゆつくすが出てきたじゃないですか! 一晩に二つも出て来るんですか?」

「あれは、ゆらの、貴女が無理に呼び出したものでしょうに。いいから来なさい」

 とはゑが、お姉ちゃんに引っ張られていくゆらのを追いかけたら、二人は学校に入っていった。

「え、ここ中学校、ちょ、なに、これってフホウシンニュウじゃないですか」

 ここは中学校らしい。家から近いから、にこゑも、それから将来のとはゑやゆらのも、ここに通うのかもしれない。

 にこゑは、ゆらのの疑問には取り合わず、外廊下に続く扉を一つ、からりと開けてしまった。

「え、あれ、カギは?」

「開けておいたわよ」

 カギってこのことか、と、とはゑは納得した。

 とはゑは、木靴を脱いで手に持って、二人についていく。

 ゆらのは、にこゑに引きずられているせいで、靴を脱げないままだけれど。

上光かみみつの時といい、さっきと言い、非常識な人ですの」

 未言と言う神秘の存在である芽言めことにすら、にこゑはそんなことを言われる。

 それにとはゑは、どこか誇らしげに、こくんとうなずいて見せた。

「あの! 説明を! お願いですから、どういうことなのか説明をください!」

「未言が来る前に着替えるって言っているじゃない。なに、ゆらの、貴女は外で服を脱ぎたかったの?」

「そんなシュミはありません!」

「そうでしょ。だから屋内で着替えられるように準備したのよ」

「え、あの、ありがとうございます……?」

「どういたしまして」

 空気に押されて、ゆらのは疑問符を頭に浮かべながらも感謝を口にした。

 にこゑは、それを平然と受け止めて、目の前の教室の扉を開けた。

 やっと手を離されたゆらのは、いそいそと靴を脱いだ。

「とはゑ、外から見えるから電気は点けちゃ駄目よ」

 バッグから服を出しているにこゑから、視線も向けられずに指摘されて、とはゑは、びくりと電気のスイッチに伸ばしていた指を引っ込めた。

「え、今の見えてたんですか?」

「見なくてもわかるわ。それより、早く脱ぎなさい」

「なんなの、このシチュエーション……」

 夜の学校に忍び込んで、暗い教室で服を脱げと言われている状況に、ゆらのはたそがれる。

 それでも素直に服を脱ぎ始めているあたり、だいぶ染まってしまっているかもしれない。

 ゆらのが自分から着替えにしたがうようになって、とはゑはやることがなくなってしまった。

 にこゑがゆらのを着付けしていくのを、とはゑは手持ちぶさたにながめて待っている。

 でも待っている時間はほんの少しですまされた。

「ど、どう?」

 ためらいがちに、着替えた姿の評価を求めてくるゆらのに、とはゑは目を輝かせた。

 その服はゆらのの上半身からくるぶしまですらりと伸びて。

 とはゑが来ている上衣や裳と同じく氷銀ひぎんの地で、あちこちに鋭く六花の刺繍が咲いている。

 胸元から右肩に向かって合わせ目が切られて、その縁と結い紐は瑠璃にきらめき。

 右足の太ももから切れたスリットからは、ゆらの生足ではなくて、紺色のタイツが見える。その生地は全身をおおっていて、上は首まで至り、素材はヒートテックで防寒を担っている。

 両手は絹のしっとりと透けてレースが編まれた手袋でひじまで飾られていた。

 つまり、今回、にこゑがゆらのに用意したのはチャイナドレスだった。

 とはゑは、千切れんばかりに首を縦に往復させて、感動をほとばしらせた。

「ちょ、とはゑ! 首が飛んでいっちゃうよ!」

 ゆらのが声をあわてさせるから、とはゑは自分の両手で頭を押さえて止めた。

 そんな動く人形みたいな仕草に、ゆらのは思わず笑いをこぼす。

「じゃ、そこ、並んでくれる?」

「え、あ、はい」

 いつの間にか、窓のそばに立っていたにこゑに支持されて、ゆらのはとはゑのとなりに立った。

「今回は、色はそろってますけど、デザインは別々なんですね」

 あらためてとはゑの服装を見て、にこゑに疑問を投げかけた。

 もちろん、仙女みたいに愛らしく美しさも合わさったとはゑの今の格好もすてきだと思っているけど、チャイナドレス姿も見たいとも思ってしまうゆらのだった。

 にこゑは、カーテンを開き、月明かりを教室に招き入れてから、二人に振り返った。

「今日は、ゆらの、貴女は動きやすい服装でないといけないのよ。とはゑのは、また今度、別の機会に着せるとしましょう」

 にこゑはそんな説明をしながら、手にしたデジタルカメラのシャッターを切る。

 その一葉に映る未言少女たちは、服に散る雪を月光に輝かせて、とても神秘的な姿でこの現実に存在していた。

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