∞第5幕∞
とはゑは、まんまるな瞳に映る光景に心がほんわかとあたたまっていた。
「じゃ、ゆらの、貴女脱ぎなさい」
「なんの説明もなくいきなりどういうことなんですか!? イヤですよ!」
だいすきなお姉ちゃんといっしょに、たいせつな友だちの家に遊びに来て、その二人が仲良く話しているのを見ていたら、とはゑはそれはもう幸せな気持ちになるのだ。
「全く、前にちゃんと伝えたでしょうに。仕方ないわね。とはゑ、この忘れんぼを脱がしてくれる」
「ちょっと、待って、とはゑに頼むとかヒキョウですよ!」
にこゑに呼ばれて、とはゑはいそいそと、ゆらのに近寄った。
ひっ、と息を飲んで身を引き、自分の体を抱いて守るゆらのに、とはゑは目を揺らして首をかたむける。
「うっ……そんな悲しそうな目にならないでよ……」
ゆらのもすっかり、とはゑに甘い。だからこそ、にこゑは妹をけしかけたのだけれども。
しかし、ゆらのもわけもわからずに服を脱ぐつもりはない様子だ。
ぱち、ぱち、ととはゑがまたたきをして、ゆっくりと口を開いた。
「さぃ、すん」
「え、しすん? しすんってなに?」
ゆったりと舌足らずなとはゑの言葉が聞き取れなくて、ゆらのはとまどいながら問い返す。
こくん、ととはゑはつばを飲みこんで、もう一度か弱く声を繰り返した。
「さ、い……す――」
「さいすん? 採寸? それってものを計るあの採寸のこと?」
こくん、ととはゑは、目いっぱいうなずいた。
「ゆらの、貴女の体にちゃんと合わせた服を作るために、今度採寸させなさいって、ちゃんと言ったでしょう?」
にこゑが、とはゑのうったえを後ろから補足した。
そこまで言われて、ゆらのの脳裏に
「あ、そう言えば、そんなことも言われたよう、な……? って、そんな当然のように言われても!」
ゆらのは、にこゑに向けて抗議をするが、にこゑはさらりと黒髪を鳴らして言葉も使わずに受け流してしまう。
「さ、脱ぎなさい。それとも、とはゑに脱がしてほしいのかしら」
そしてすれ違いがなくなったからもう問題はないとばかりに、にこゑは、ゆらのにせまる。
とはゑもまた、必要があればそうすると言わんばかりに、ゆらのの服のえりに手をかける 。
「待って! お願い、とはゑ、自分で脱ぐ! 脱げるから!」
けんめいに声をあげるゆらのに、とはゑは、そうなの、と言いたげにきょとんと目をまるくして首をかしげる。
そしてするり、と手を離した。
ゆらのは、あきらめを胸にあふれ返して、服のすそを持ち上げて、はたと止まる。
「あの、下着は……?」
おそるおそる、ゆらのは、にこゑにうかがいを立てる。
聞かれた彼女はなんの感情も表情にこめずに答える。
「脱ぎたいなら好きにすればいいけれど、普通の採寸で、ゆらの、貴女はいつも丸裸になるの?」
「いえ、ありがたく下着はそのままにさせてもらいます。ええ、もう、お願いだからもっとイシソツウに温情をください」
ゆらのは、ただ服を脱ぐだけでもうぐったりとしてしまった。
とはゑは、ゆらのの落とした服を一つずつひろって、ていねいにたたんで、カーペットの上に重ねる。
「あ、ありがとう、とはゑ」
ゆらのにお礼を言ってもらえたとはゑは、ほんのりと口元を喜びでゆるめる。
その顔に見とれてすきを作ったゆらのの肩をにこゑがつかみ、さらにゆらのの背骨に対してぐっと手のひらをたたきこんだ。
「ぴぇっ!」
「ほら、背筋を伸ばしなさい。いつものように姿勢を正して」
にこゑはようしゃなく、ゆらのの体をたたき、振り、引っぱり、押さえて、体を矯正していった。
それが終われば、ゆらのは教科書に書かれた人体図の書き写しとなる。
そのゆらのの体に、にこゑはメジャーを当てた。
「身長、百四十四・二」
にこゑが計測した数値を読み上げれば、とはゑがぐりぐりとペンをメモに押し付ける。
それを目の当たりにして、ゆらのの思考が一瞬停止した。
「――あの、とはゑが、メモを取ってますが」
「ええ。わたくしは採寸をしているのだから、とはゑにお願いしているの」
なにか問題でもある、とでも言いたげなにこゑの返事に、ゆらのは一拍、絶句した。
それでも、ゆらののかわいた唇と張り付いたのどは、こみ上げる疑問を吐露する。
「あの、それ、後で読める、んですか……?」
「勿論」
にこゑの返事はとても端的だった。
そして返事の後に、熱情が追加される。
「それが愛というものよ。その人の全てを理解する自分になるのよ」
「……あい」
愛でどうにかなるのか、という想いと、そうか、それが愛なのか、という驚きが、ゆらのの頭の中をぐるぐるとかき回している。
そんな二人の問答を、とはゑがぱちぱちとふしぎそうにながめている。
それに気づいて、ゆらのはかわいた愛想笑いを浮かべ、にこゑはやわらかくにこりとほほ笑んで、何事もなかったかのように採寸を再開させた。
ゆらのが今まで体験したことのない、全身のすみずみまでそれはもう事細かに行われた採寸は、にこゑの手際のよさもあって、それほど時間もかからずに終わった。
それでも、少し体をゆるめただけで正しい姿勢にもどされつづけたせいで、ゆらのはすっかり疲れてしまった。
「やっと……おわった……」
くたりとしたゆらのは、とはゑになされるがままに、元の服を着させてもらっていた。
にこゑは、ゆらののことなんて少しも気にせずに、採寸に使った道具を片付けている。
とはゑが、ゆらののえりを正して身だしなみを整え終わったちょうどその時、ゆらのの部屋が無言で開かれた。
とはゑとゆらのが、そろってドアの方を向く。
ひょこん、と顔を覗かせたのは、ゆらののお母さんだった。
「あ、お昼……えと、にこゑさんととはゑは……うん? お母さん、二人の分も用意してくれているの?」
こくり、こくん、とうなずくお母さんを見て、ゆらのはあやまたずにその意思をくみとった。
それから、ゆらのは目の前の小さな瞳に視線を合わせる。
「とはゑ、食べていく?」
とはゑは、大きくうなずいた。
ゆらのには、心なしかその
「ええ、気づかっていただいて、ありがたく思います」
二人の少女がおたがいだけで話を完結させようとしている横で、にこゑはきちんと妙乃に向き合って、きれいなおじぎをしている。
にこにこと笑う妙乃は、そんなこと気にしないで、と言っているようだった。
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