♪第3幕♪

 エドワードは、一口ココアを飲んでから、「それについては」と、ソーサーにカップを置いた。

「ボクは、カミミツにも会ったことがないし、ユラノがそのTwiheの詩を書いた文字も見ていないし、なんとも言えないなぁ。I have nothing to say」

 その冷静な返しに、ゆらのは顔を上げた。

 なんだか、情けなくて仕方がなかった。

(こんなことを、言いに来たわけじゃあ、無いのにね)

 ゆらのの表情が引き締まる。

「……そうよね……ごめんね、エディ。グチっぽくなっちやった。ええい、ゆらの、あんたらしくないわ。あたしは、あたしのやるべきことをやるだけよ」

 ぱちん、と、両頬を軽く叩く。それでいくら か気を晴らしたゆらのは、いつもの笑みを浮かべた。

 口直しに、と飲んだココアは、既に冷めている。

「じゃあ、いつもどおり、お願いできるかしら」

 ゆらのがまず取り出したのは、いつも使っている万年筆たち、桜華おうか宵菫しょうきんだ。散る桜色と、宵闇のような菫色が、仲良く並んでテーブルの上に座る。

 色こそ対照的だが、使っている主が同じであるからだろうか、似通った雰囲気を持っている。自分の力を、遺憾なく発揮したい、他人を助けたいという、祈りのこもったものだ。

 相も変わらず強い存在感を放つ万年筆たちに、エドワードは、「All right. 任せてよ」とほほえみかけた。

 それから、思い出したように、ぴんと人差し指を立てる。

「……あ、いつもの二本の他に、新しい未言書みことがきも手に入れたんだよね?」

「そうなのよ。……これも、お願いできる?」

 問われたゆらのが、おずおずともう一本の万年筆をポケットから取り出す。小さな音を立てて隣に置かれたそれは、螺鈿らでんと会津漆で飾られた豪奢なものだ。

 エドワードが、軽く息を飲んだ。

 命宝みょうほうに伸ばされた中指が、静かにそのキャップ部分をなぞった。それから、乙女の手を握るように、優しく取る。命宝は、なされるがまま、少年の細く長い手の中に収まった。

 しばらくためつすがめつ眺めた後、エドワードは、うっとり、といった様子で溜め息をついた。

「Beatiful.なんて……なんて美しい万年筆なんだ。それに、まるで新品同様だよ、ユラノ。調律する必要なんてなにもない。いつも通り、ペンが慣れるように字を書くべきだけど……Twiheの詩が長編だったからかな。それもだいぶ進んでるね」

 幼馴染の恍惚とした表情に、ゆらのは苦笑して答える。

「そうね。とても書きやすくて、まるで、本当に光を描いているみたいだった」

 何度も頷くエドワードは、しかし心ここにあらずと言った様子で命宝の螺鈿を見つめている。

 ゆらのは、この表情を浮かべる彼を、何度か見たことがある 。

(こりゃ、数分は帰ってこないわね)

 冷めてしまったココアを飲み、クッキーをつまむ。程よく口の中で崩れていくそれを楽しみながら、ゆらのは、しばらくの間、命宝を堪能する幼馴染を眺めた。大切な友人をほめられている ようで、悪い気はしなかった。

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