♪第2幕♪
クッキーを一口かじって、ゆらのは話し始める。
「今回出会ったのは、
身振り手振りで伝えようとするゆらのを見て、エドワードは静かに椅子に座った。ココアを飲みながら、その語りに耳を傾ける。
ゆらの一人では到底かなわない相手だったこと。
戦いの最中にあらわれた少女、とはゑのこと。
その姉の話。
とはゑが、ゆらのと同じく未言をしずめる力を持つ子ども――未言少女であったこと。
新しい万年筆、
そして、二人で力を合わせて、上光を見事収めたこと。
ゆらのは、その時のことを思い出すかのように、まぶたを下ろして語る。
「とはゑがその時詠んだ詩はこうよ。
〈黎明に未だ世は暗く〉――」
すらすらと唱えながら、ゆらのは、既にかの詩が自分に染みついていることに気がつく。
一時的に
脳裏に浮かぶのは、とはゑの澄んだ声と、
(……あの、字)
ふと出てきた思考を、ゆらのは一旦朗誦と共に押し流した。
「〈それは母の腕のように慈悲深く
ありとあらゆる生と死と
ありとあらゆる物と事と
ありとあらゆる君と私と、そして誰かも余さず
いつもいつも抱擁している〉」
エドワードも目を閉じて、ゆらのの声に聞き入る。もはや、そこにあるのは一連の言葉だけだった。時折、蛍のような光だけが、時間が静止していないことを示すように現れ、消えた。
やがて、最後の一音が発され、部屋に反響する。
それが部屋の空気に溶け切ったとき、エドワードが椅子から立ち上がった。
「Wonderful !」
惜しみない拍手が、その手のひらから生み出される。エドワードの金色の瞳は、きらきらと輝いていた。
「すばらしい詩だね、ユラノ! そのTwiheは素敵なfriendになってくれたんだね」
「ええ、とっても良い友達だわ」
Twiheは、おそらく、とはゑのことだろう。興奮した様子で英語混じりに笑いかけるエドワードに、ゆらのは頷く。
(そう、とはゑの詩は素敵だわ。威厳があって、うつくしくて、上光にぴったりで……)
「でも、ユラノ、なんでそんな悲しい顔をするんだい? Why do you look like that sad?」
ゆらのは目を丸くして、エドワードの方を見る。
自分が、そんなに分かりやすい顔をしているとは思っていなかったのだ。
エドワードが「何か、うまくいかないことでもあったのかい?」と軽く首をかしげる。
ゆらのは、ひとつ、やれやれ、と首を振った。
「……エディに、やっぱりごまかしは効かないわね」
苦笑する彼女を、エドワードは黙って見つめる。かすかな笑みの中には、心配と優しさが見て取れた。ゆらのが語り始めるのを、待ってくれているらしかった。
ゆらのは、いくらか
「……完全にあたしの問題なんだけれどさ。せっかく未言草紙に、とはゑの詩を書くなら、こう、もっと、よい字で? 書ければいいな、とか、思っちゃって」
エドワードは、驚いたように問う。
「ユラノの字は、キレイだったと記憶しているけど? 教科書に載っている字みたいだったじゃないか」
ゆらのは、「よい字……うーんと、違うな、確かに、うまく書けたし、これが今のあたしの最上級っていうことは分かるんだけど、うー」と、言葉を探す。
確かに、ゆらのの字は上手い。学校の先生には毎回褒められているし、夏にあるコンクール では、毎回賞を取っている。ゆらのが自慢できることの一つ、のはずだった。
(……だけれど)
「なんだか、これで満足しちゃいけない、とは、思うのよ」
探した上で出てきた言葉は、ひどく 平凡なものだった。自分でもそれが分かったのだろう、む、と顔をしかめた。
(いや、いや、満足しちゃいけないっていうのは、分かっているのよ。カンジンなところは、どこがおかしいのか、ってことで、いやでも、字はきれいに書けている、はず、なのよね……)
ゆらのは、その頬に手を当てたまま、黙り込んでしまう。
「I see。なるほど、ユラノは相変わらず、妥協がないんだね」
エドワードの言葉は優しい。だが、その英国紳士的な発言は、ゆらのに頭を抱えさせるだけだった。
「ダキョウ……そうね、そうかもしれない。でも、『今のままじゃ不満です』なんて思ったら、上光に失礼じゃないかしら? 上光は、とはゑの言葉とあたしの文字を信じて、未言草紙に収まってくれた。それを、『いやでもあなたを収めた字はまだまだなんです』だなんて……うぅ、上光、あんな字で怒らないかしら……」
ぐるぐる目を回すゆらの。その指先によって黒髪が、雑にかき回されていく。
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