♪第35幕♪

 ゆらのは、本気で上光かみみつを捕らえるつもりだったのだ。それが、いともたやすく見破られていたことを知り、その顔は真っ赤になった。

「う、うう、いえ、いえ、いいの、単なるホケンってやつだったんだから……!」

 ぶんぶんと首を振り、ゆらのが一気に立ち上がる。多少ふらついたが、もう大丈夫そうだ。

 ゆらのが意識をそらしたことで、地中奥深く、上光の光すら届かない場所に張られた〈かげく〉の効果も消える。

 万年筆を袖へ丁寧にしまうと、今にも穴を掘ってその中に埋まりそうな勢いで、「とはゑ!」と叫んだ。

 ちょっと声が裏返った。

 とはゑの肩が跳ねる。

「ひゃ、ぃ」

 それを見たゆらのが、「あ、ごめん」とわたわた腕を振る。一緒になって、とはゑも焦る。

 无言むことは、依然我関せずといった様子だ。あまりの締まらなさに、芽言めことが頭を抱えた。

 ゆらのが、「じゃあ、とはゑ」と、改めて言う。

「とにかく、はじめましょうか。また夜が来なくなったら困るし」

 とはゑが、こてん、と首をかしげた。

「……?」

「…………ん?」

 しばしの無言。冷たい風が、空き地の中を通り抜けていく。

 数十秒ほど過ぎてから、ようやく、とはゑが、「……なに、を?」と尋ねる。

「何って、ほら、芽言が言ってたじゃない。契約したとはゑにしか、できないことあるんで……あれ?」

 ゆらのもまた、首をかしげげた。

(契約?)

 疑問符を浮かべ、嫌な予感がするままに、ぽつりとつぶやいた。

「……契約、してなくない?」

 応えたのは、新緑の芽で全身を覆った麒麟、芽言。むしろ、他に応えるものがいない。

「してませんの。貴女達そのまま飛び出してきてしまいましたの。何か策でもあるのかと思っていましたの」

 少女二人、そして上光の巫女服が、ただ鮮やかにはためく。空き地では、どこかむなしささえ感じられる。

 とはゑは、ぼんやり突っ立ったままで、当然だが何も起きない。「これから何があるんだろう?」とでも言いたげだ。

 ゆらのもどうしたらいいのか分からず、ただ、まばたきを繰り返すだけ。

「なら、今からやればいいじゃないの。録画準備もできているから」 

 だから、突然現れた声に、ゆらのは自然と、いつものように反応していた。

「なるほど、相変わらずですね、にこゑさん……って、なんでいるんですか?!」

 思わずノリつっこみ。

 助けを求めるかのように振り返った先、空き地の入口で立っていたのは、とはゑの姉、にこゑだった。

 魔女のごとき彼女は、悠然と微笑んでいた。

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