∞第29幕∞

 シャッ、と小気味いい音を立ててカーテンが開かれる。

 差し込んだ旭女あさひめをまぶたに受けて、とはゑがもだもだと目を覚ました。ぼんやりした寝ぼけまなこに入ってくるのは、見慣れない部屋の家具たちで、とはゑはぼんやりと昨日はゆらのの家にお泊まりしたのを思い出した。

 もぞりと布団をはいで上半身を起こせば、窓の前にカーテンに手をかけたまま立つにこゑが見えた。

「おはよう、とはゑ。ほら、朝から上光かみみつが美しいわよ」

 とはゑは、姉に向かって、ふみゅ? と首をかしげてみせる。

 それから、自分にかけていた布団が引っ張られるのを感じて、そちらに視線を向けた。

 同じ布団でまるまったゆらのが、寒そうにかけ布団を引き寄せようとしているのを見て、とはゑは口角を少し持ち上げて、丁寧に布団をかけ直してあげた。

 布団から出たとはゑは、にこゑのとなりに立って窓の外を見る。

 まだ太陽が山の向こうに隠れている東の空から、黄金の光が雲を通って山に囲まれた街をゆっくりと満たしていく。

 世界に被さっていた夜の遺した影が、次第に上光のもれ日で祓われて、世界が朝を受け入れていく景色に、とはゑは息を飲んだ。

「とはゑ、それを起こして、一緒に身支度をしていらっしゃい」

 にこゑにそれと指差された布団の中のゆらのを見て、とはゑは大きくうなずく。

 そしてまだ夢海ゆめみに浸るゆらのの上にダイブして全体重を乗せた。

「ぐはっ!? なに!? 未言の襲撃!?」

「そんな物理的な襲撃してくる未言巫女は……少ししかいないわよ」

 無理やり起こされたゆらのの叫びに、にこゑは少し思考する間を置いて穏やかに答えた。いないと言いかけてから、いくつかの未言が頭をよぎったらしい。

「……なんでいるんですか?」

 自分に乗っかったとはゑを抱きあげて降ろしつつ、ゆらのはなぜか部屋にいるにこゑにふしぎそうな顔を向けた。

「いいから、早く顔を洗って来なさい。上光が待っているわよ」

 質問に答えてもらえなくて、ゆらのはむっと口をとがらせるが、にこゑが手で上げたままのカーテンをどけている窓の景色を見て、眉を寄せた。

「行かなきゃ」

 ゆらのは、決意をこめてつぶやき、その横でとはゑがこくんとうなずいた。

 そしてとはゑはゆらのの腕を引っ張って、昨日いっしょに入ったお風呂場の手前にある洗面所へ、ゆらのを連れていく。

「え、ちょ、とはゑ? 歩ける! 自分で歩けるからー!」

 ゆらのの悲鳴を一切無視して、とはゑは彼女の腕を離さなかった。

 妹と親友が部屋を出たのを見送って、にこゑは自分で持ってきた荷物を開ける。

 型崩れしないように、桐の箱に入れていた二着の和装を、ほどいていく。

 にこゑが丁寧に広げる生地で目立つ色は、紅と白のいかにもめでたい組み合わせだ。

 にこゑが全ての布を広げて準備が整ったちょうどその時に、とはゑが、ゆらのをつかんで戻ってきた。

 声もなく、ぴんと右腕を耳の横で伸ばして、言われた通り顔を洗ってきたのを、とはゑは大好きなお姉ちゃんにアピールする。

「えらいわよ、とはゑ。それじゃ、それから始めるから、とりあえず脱がしてくれる?」

 それ、とは、ゆらののことである。

 とはゑは、にこゑの示した言葉をあやまりなく受け取って、即座にゆらののパジャマに手をかけた。

「ちょ、ま、なに!? どういうこと!? ついていけてないんですけど!?」

 ゆらのが必死に上げる抗議など、二人の姉妹は聞く耳を持たず、とはゑの手でゆらののパジャマが脱がされていく。

 とまどうゆらのは、身をよじって、とはゑに手を出さないように注意しつつ抵抗するのだけども、とはゑは至って慣れた手つきで、ゆらのの動きにそってするすると寝間着を取り払った。

「とはゑ、下着も剥いでね。とりあえず、肌襦袢から先に着せるわ」

 とはゑは、白い産着の形をそのまま小児用に大きくしたようなものを持つにこゑに、こくりとうなずき、ゆらのが来ていた肌着のシャツを奪い去った。

「寒い! なんで裸にさせられてるの、あたし!?」

 雪のうずくまるような冬の明け方に、上半身の衣服を全て奪い取られたゆらのは、二の腕を抱くようにさすって自分の体を温めようとする。

暖房が入っていても、服がなければ肌を冷気がなでるのはよくわかっているので、にこゑは、ぐいとゆらのの腕をつかんで、肌襦袢に袖を通させる。

「和装は専用の下着を着けるのよ。覚えてなさい」

「まず、着替えさせられてる理由を教えてください! ほんとに!」

 襟を首の後ろにぴったり合わせるために、ゆらのの前から肌襦袢の袷を張っていたにこゑは、目の前で叫ばれて少し視線を宙にやった。

「綺麗な格好をしたとはゑの隣には、綺麗なものだけいて欲しいから」

 そしてにこゑは、自分のためだけにゆらのを着せ替え人形にしていると宣言して、肌襦袢の紐を占めた。

 ゆらののパジャマをシャツを折り目正しく畳み終えたとはゑは、白い布で上半身を覆うゆらのを、目を輝かせて見つめている。

「まって、とはゑ、そんなじっと見られるとはずかしいんだけど」

 とはゑは、こて、と首を倒して、おうかがいを立てるように姉に視線をやった。

「見てていいわ」

 姉の許しを得て、とはゑは両手を天井に上げて、喜びを表現する。

「あたしの意見は!?」

「わたくしが、ゆらの、貴女の意見をとはゑよりも尊重すると思うの?」

「いいえ、全然思いませんね」

「よく理解してくれて、嬉しいわ」

 ゆらのは、はぁ、と白い溜め息をついて、もう抵抗はあきらめた。いくら言っても、目の前の人が行動を止めないのは、この二日間でなんとなくわかってしまった。

 にこゑは、ゆらのが納得したのを見て、満足そうにうなずき。

「じゃ、とはゑ。パンツ脱がせて」

「ちょっと待てぇぇぇぇえええええ!」

 ゆらのがとても看過できないような台詞をさらっと言ってのけた。

「ほら、暴れないの」

 さすがにはずかしさの極致から腕を振り乱すゆらのを、にこゑが腕を回してきゅっと関節をかためた。にこゑはそのまま、自分の背中をそらして、ゆらのを持ち上げて足を浮かせる。

 ゆらのは、背中に柔らかいものがクッションになっているのを感じて、どぎまぎとほほを赤らめる。

 思考が沸騰しかけて体の動きが止まったゆらのの足元に、とはゑがうやうやしくひざまずいて、肌襦袢の下から手を差し入れようとした。

「待ってー! そこは脱ぐなら自分で脱ぐから止めてー!」

 ゆらのが恐ろしいものを前にしたかのように喉から声を振り絞る。

 おびえを浮かべるゆらのの顔を、とはゑが上目づかいで見上げた。

「……いたく、しない、よ?」

 そしてそんな的外れな気づかいで、ゆらのをなだめようとする。

「パンツ脱がされるだけで痛くされるなんて思ってないから! はずかしい! はずかしいの!」

 ゆらののなりふりかまわない訴えの中、とはゑは彼女のパンツに腰骨に乗った布地に、人差し指を差し込んで横に伸ばした。

「きの、う、おふろで、見た」

 だからだいじょうぶ、気にしなくていいと、姉に負けずおとらず自分勝手な理論を振りかざして、とはゑは、しゅっとゆらののパンツを下ろした。

「ひぃぃぃいいい!」

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