∞第24幕∞

 とはゑは、それを見て一瞬手を伸ばしかけるが、それよりもゆらのへの心配が勝り、振り返った。

 そちらではもう、にこゑがゆらのを背負っていた。

「とはゑ、ゆらのを家まで送り届けるわよ」

 とはゑは、後ろ髪を引かれたように、ちらっと悠がいた方を見るけれども、もうそこには月明かりに照らされて薄くなっている夜の闇しかいなくて。

 少しむっとして、それからそんな気持ちはすぐになくして、大好きな姉の方へと近寄った。

 にこゑは、とはゑが付いてくるのを確認してから、ゆらのをおんぶしながらも、しっかりとした足取りで歩き始める。

 そして、にこゑは、まるで元から知っていたかのように迷いなく、ゆらのの家までたどり着いた。

「とはゑ、チャイムを鳴らしてくださる?」

 姉にお願いをされて、とはゑはすぐに小走りになって、ドアの横にあるチャイムのボタンを人差し指でぎゅっと押し込んだ。

 指を離すのが遅くて、ピン、ポーン、と二音目を不自然に遅らせながら、チャイムは家の人に来訪者がいることを知らせた。

 そしてドアは、チャイムの余韻がまだ残っているのに、内側から開けられた。

 そこには、昨日も見たゆらののお母さんが立っていた。

 ゆらののお母さんは、にこゑをじっと見つめて、一つうなずくと、両腕を広げて見せた。

 それで家のドアがゆっくりと動き出すから、とはゑはあわてて全身でドアの取っ手をつかんで、閉まらないようにする。

「説明はいるかしら?」

 背負ったゆらのを、お母さんに手渡しながら、にこゑはたずねた。

 でもゆらののお母さんは、必要ないと小さく首を横に振った。

妙乃たえのさん、誰か来たんですか? ……ゆらの?」

 奥から、ゆらのの父親らしい男性も出てきた。彼はゆらのが意識を失っているのを見て、彼女の顔に手を置いたり、首に指を当てたりする。

「よかった。寝ているだけですね」

 お父さんは少しゆらのにさわっただけで、彼女の診断を済ませた。

 ゆらののお母さんは、それで合っていると言うようにお父さんに向けて一つうなずき、そのままゆらのを抱えて家の奥へと入っていってしまった。

 だから、取り残された姉妹の相手をするのは、後からやって来たお父さんの役目になる。

「君たちはもしかして、昨日ゆらのが話してくれたお友達かな? にこゑさんに、とはゑさん?」

 ゆらののお父さんに名前を呼ばれて、ゆらのが昨日家族に自分のことを話してくれていたんだと知って嬉しくなって、とはゑはいきおいよく何度もうなずいて喜びを主張した。

「ええ、そうよ」

 対して、にこゑは淡泊に言葉を放って、それが事実だとだけ相手に伝える。

「そうか。ゆらのを運んでくれてありがとう。遅いけど、少し上がっていって」

 ゆらののお父さんにさそわれて、とはゑは姉にうかがいを立てる。

 そんなに夜遅くて怒られるほどの時間でもないけれど、とはゑは出かける前に、お母さんから早く帰ってくるのよと言われていたから、困ってしまったのだ。

「少しなら問題ないわ」

 とはゑは、にこゑに許してもらえて、喜びで心臓を跳ねさせた。

 こんな時だけど、ゆらのの家に上がれるのが、とっても楽しみに思えた。

 ゆらののお父さんの後を着いていって、リビングに通される。

 そこのソファに、上着を脱がしてもらったゆらのは横たえられていて、ゆらののお母さんが毛布をかけていた。

 ゆらののお母さんは、とはゑ達を見つけると、一枚のメモを持って、とはゑに目線を合わせる。

 そのメモには、柔らかな深海の筆跡で、「良かったら、泊まっていって」と書かれていた。

 その文字を、とはゑはまじまじと読んで。

 そしてメモを受け取り、またじっくりと見つめて。何度も読み間違えてないと確かめるために瞳を動かして。

 そしてにこゑに向かって、期待でふくらんだまなざしを向けた。

「わたくしは、今日の内にやらないといけないことがあるのだけれど、とはゑが一人でお泊まりでもいいのなら、そうしなさい」

 姉からお許しを得て、とはゑはほとんど顔のパーツが動いていない感激の笑顔を見せて、両腕を大きく上げた。

「えっと、妙乃さん?」

 ゆらののお父さんから、困ったような声がもれたけれども、ゆらののお母さんはにっこりと笑って見せるばかりでした。

「あー、えー、もう。仕方ありませんね。ああと、にこゑさん? であっているかな?」

「ええ」

「家まで車で送るよ。君たちのご両親にも説明をしないといけないから」

 にこゑは、ゆらののお父さんの方を向いて、おとがいに人差し指を当てながら、自分の両親を思い浮かべた。

うちの親なら、わたくしが言うだけで納得するでしょうけど、まぁ、それが大人の責任っていうものよね。有難くお願いするわ」

 にこゑの堂の入った大人らしい態度に、隆文たかふみはやっぱり困ったように愛想笑いをするしかなかった。

 そんなやり取りの横で、とはゑは安らかな寝息を立てるゆらのの顔をのぞき、どうかなにごともなく目を覚ますようにと手を組んで、祈りを捧げていた。

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