♪第16幕♪
テーブルの上に放置された、お弁当の包みに気がついたのは、ゆらのの方が先だった。
「お母さん、お父さんったら、またお弁当忘れてる!」
リビングから、廊下に向かって叫ぶ。すると同時に、脱衣所にある洗濯機が、がたがたと音を立て始めた。
窓から外を見れば、確かに青空が広がっていた。夕方にはまた曇ってしまうと天気予報では言っていたが、今の天気は絶好の洗濯日和だ。
既に、見馴れた服やタオルたちは干され、風になびいている。が、妙乃はどうやらそれでは満足しなかったらしい。ゆらのは、母が次々にシーツや枕カバーを脱衣所へ運んでいたことを思い出した。
仕方なく、自分から母の元に向かう。ゆらのの両手には、お弁当がおとなしく収まっている。
妙乃は、実に満足げな表情で洗濯ネットを片付けていた。
洗濯の音に負けないよう、ゆらのは再び「お母さん!」と声を上げた。
「お父さんがね、また弁当を忘れていったの。届けに行く?」
娘の言葉に、妙乃が眉をひそめる。夫の職場の方角をキッとにらんでから、「やれやれ」と言わんばかりに首を横に振った。ゆらのの頭を撫で、肯定の意を示す。
その目つきの鋭さに一瞬ひるんだものの、ゆらのは「分かった!」と明るい声を出した。
母の表情は豊かで、時折獲物をにらむ獣のようにもなる。父が弁当を忘れていったのは、今年に入って二回目。妙乃が
しかし、その根底にはきちんと父への愛情があることを、ゆらのはよく知っている。
「お母さんのお弁当、おいしいのにねー、お父さん、忘れんぼさんなんだから。でも、あたし、お父さんのお仕事見るのも好きよ!」
一応、父親をかばうような台詞を発しておく。
自分の部屋に寄って、コートを着る。お弁当は、お気に入りのナップサックの中へ。
玄関前までダッシュし、「お母さん、早く!」と急かせば、準備は万端だ。
同じくコート姿で妙乃が出てきたのを見て、ゆらのは玄関の扉を押し開けた。
(……今のは、ちゃんとお父さんの
なんて、どうでもいいことを考えながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます