∞第13幕∞
食事が終わって、とはゑは呆けているゆらのの目の前で、ぱたぱたと台所と居間を往復して食器を片付けていく。
なぜ、ゆらのが放心しているのかと言えば、軽く三十はあったパンが、気が付いたら全てなくなっていたからだ。
その大半がどこに消えたのかというと、実はとはゑの口の中へ消えていったのである。
ゆらのは、やけに何度もパンに伸びてくる、にこゑの指の長い手が気になって、その動きを追っていたら、信じられない速度でパンを頬張らせてもらって、もぐもぐ、ごくんと飲み込んではまた口を開けてパンをねだるとはゑの姿を見てしまったのだ。
なにをどうしたら、ゆらのよりもさらに小さな口と体にあれだけの食糧が納まったのか、全く理解できなかった。
とはゑは、どうしてか固まってしまっているゆらのに首を傾げながらも、せっせと食器をシンクに運び終えたら、そのまま洗い物を始める。
「ねぇ、
「来たら呼ぶから、母さん、父さん、貴方達はあの山積みになった本の片付けを続けてきたらどう? わたくしたちは、子供同士のないしょのはなしがあるのよ」
洗剤の
ないしょのはなしの約束をした覚えはなかったけれど、ゆらのとお話ができるんだと思うと、洗い物を早く終わらせようともっと一生懸命になる。
琴音と千秋は、にこゑに押し切られて、三分の一も終わってない自分たちそれぞれの資料の整理のために、二階へと上がっていくのが、階段を上る足音でわかった。
そうして二人を見送ってのだろう、にこゑが台所に入ってきて、コンロの火にやかんをかけた。そして、とはゑの手で柔泡に包まれた食器たちを、なめらかな手でなでながら水ですすいで、水切りカゴに並べていく。
姉に手伝ってもらって、全ての食器をピカピカに洗い終えたとはゑは、またぱたぱたと足音を鳴らして居間に戻ってきた。
こたつに足を入れたまま、ぼんやりとしていたゆらのの顔を、とはゑは真正面に顔を差し込んで覗いた。
「はっ」
ゆらのが、突然目の前に現れたとはゑの顔に驚いて声を上げるから、とはゑはどうしたんだろうと首を傾げた。
「あ、ははっ」
首を傾けて顔がななめになったとはゑがおかしくて、ゆらのは思わず笑ってしまった。
それに対して、とはゑはなんで笑われたのかやっぱりわからなくて、目をまるくしてきょときょとと瞬きをする。
「ほら、お膳立てしてあげたのだから、ゆらののお迎えが来る前に話をしたらどうなの?」
そんな二人の間に、湯気の立ち上るマグカップを二つ置いて、にこゑが話をうながした。
カカオの甘い香りが鼻をくすぐる。
とはゑは大好きなミルクココアに目を輝かせ、一も二もなく、両手でマグカップを抱えて一口、二口とちびちびと飲み始める。
そして、淹れたてのココアの熱さを、ぷは、と息をはいて逃がした。
その様子がかわいらしくて、ゆらのは目を奪われそうになるけれど、でも、にこゑの言葉の真意の方が気になって、ちらちらとにこゑの顔をうかがっていた。
そんなゆらのに対して、にこゑは鼻で笑って、一度台所に戻っていった。
「な、笑ったわね!?」
ゆらのが声をあらげるけれど、自分のマグカップを持って戻ってきたにこゑは、意に介していなかった。
「ほら、
にこゑに呼ばれ、とはゑのポケットから一枚の栞がふありと浮かんだ。そして結ばれたリボンがしゅるりとほどけ、体をねじるようにして姿を変える。
「はぁ……全く、人目を気にしているわたくしがあほらしくなってきましたの」
全身を新芽で包んだ麒麟――芽言は溜め息と一緒に内心を吐露した。
芽言はそのまま長い体ごと首を伸ばして、とはゑに向き合う。
「
「上光」
とはゑは確かめるように未言を自分の声で繰り返し、こくりとうなずいた。
「芽言……
とはゑと反対側に座るゆらのが、目の前に現れた未言の化身をまじまじと見つめる。
芽言は、ぐるりと首をひねってゆらのに視線を合わせた。
「ええ、まぁ、似たようなものですの。貴女は无言の契約者、未言の諫め、災厄を防ぐ監理者ですのね」
芽言の威厳のこもる言葉に、ゆらのは真っ直ぐに視線を返して。
「……なにそれ?」
なにも知らないと言ってのけた。
ぴしり、と一瞬、芽言の全身が凍り付いた。
「无言ー! 貴女なんなんですのー! 契約者にはちゃんと全て説明しなさいのよー! 百年経っても、わたくしが代弁しないといけないままなんですのー!? 」
芽言の全身から絞り出すような絶叫が居間に木霊して、とはゑは目をまるくして、ゆらのは苦笑いを浮かべているしかできなかった。
にこゑだけが超然として、ゆったりとココアを飲んでいる。
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