第3話 白い真実
「私には、お兄ちゃんが、いたの……?」
「あぁ、そうだ」
言われるとかすかに脳裏に浮かんでくる。毎日お見舞いに来てくれて、花を取り替えてくれて、他愛のない話をしてくれて。両親は多忙なので、そんなことしてくれてはいないと言ったような話は聞いた気がする。ならこのわずかな記憶はなんなんだろう。
「覚えて、ないか……?」
「……」
覚えてる、といえば嘘になるのだろう。そんな小さな頃のことなんて本当にお母さんの泣いた姿しか頭に無かった。でも、視界には入っていたかもしれない。無意識の中で認識したものがふと蘇ったのかもしれない。それくらいはっきりと“兄”を認識できた。
「なんで、兄がドナーを……?」
出てきたのは、そんな質問だけだった。
「お前の兄ちゃんが自分で医者に頼んだそうだ。お前の家族は母親以外の3人の血液型が同じで、父親はお前も知っての通り国で結構重役を担ってるだろ。父親がドナーを提供するわけがない。それに気づいた兄が申し出たそうだよ」
「……そっか」
何か少しだけ引っかかることがあるが、それが何かはわからない。突然目の前に現れた真実に困惑しているんだろう。
「私は、兄に、生かされていたんだね」
「あぁ、そうだよ……」
一度はおさまった涙がまた溢れてきた。私は兄を覚えていなかった。覚えていないところで助けられていた。それがとても悔しく、悲しかった。それと同時に、兄がいて、私のことを大切に思ってくれていたということが嬉しくもあった。
「兄さん、兄さんっ……」
多分今の私はあの頃の母のように泣いていると思う。こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。母がひどく泣いているのを見てから、泣かなくなった気がする。母を心配させないために。
「お前の兄から、18歳になったら真実を教えて欲しいと頼まれたんだ。正確には俺の兄が、だけれど」
「うん、うんっ……」
日が沈むまで、私はお墓の前で泣き崩れていた。
******************
「今日はありがと」
「いいんだよ。頼まれごとだったし」
満天の星空の中、乗客の少ない電車で帰る。幼馴染の俺に真実を打ち明けさせるのは少々酷なことだと思うが、俺しか適任がいないんだから仕方ない。
「それでも、ありがと」
多分、俺の口から真実を告げるのが辛いことだと察したのだろうか。ただ。
「真実を知れて嬉しかった。これでちゃんと——今までがちゃんとしていなかったっていう意味じゃないけれど——生きられる。兄に、感謝できる」
ただ、一つだけ伝えていないことがある。
「それじゃ、また明日ね」
「……あぁ、また明日」
それは少しだけ、俺が嘘をついているということだ。
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