08 乙女の柔肌、見られてたまるか
「ばばーん」
六月五日、土曜日。
曇天の下、練習場の片隅、みなが囲む中でボスは積まれている真っ白な服を一枚両手に取ると、どうだといわんばかりの表情で広げてみせた。
「うわあ」
と、小さな花がささやかに可愛らしく開いたかのを見ているかのような、そんな声がわたしたちの口から自然と漏れていた。
ついに、わたしたちのユニフォームが仕上がったのだ。
胸には、前々から覚悟をしていた「デスデビルズ」の文字。これはチーム名なので、仕方がない。
だけどそれは、紺とピンクを使ったぷっくら太った感じの可愛らしい刺繍文字で、よく見てみないとデスだのデビルだの物騒な言葉が使われていることなど分からないくらいだ。
ユニフォームカラーは純白で、紺の縦縞が入っている。
左肩には、ちょこりんとおままごと座りしている悪魔っぽい衣装の女の子のワッペン。きっとこれが、デスデビルなのだろう。
ノッポが、生来無愛想な表情のくせ両の頬っぺたに手を当てて「かあわあいい~」と、身をよじらせた。
他のみんなも、頬っぺたに手を当て身をよじらせるほどではないにせよ、いつそうしてもおかしくないような表情、息遣いだった。
わたしも、いま自分がどんな顔になっているのか皆目見当がつかない。
だって、本当に可愛らしいんだもの。このユニフォーム。
デザインは任せろとボスが自らの胸を叩いた時から、どんな凄まじいものが出来上がるのか想像し、すっかり覚悟を決めていたというのに、まさかこのようなものが仕上がって来るとは。
わたしてっきり、全身真っ黒で、胸にはドクロ、ところどころ血がたらーりとしたたっているようなものになるんじゃないかと想像していたよ。
「チーム名を決める時に、あたしの我を通しちゃったからな。せめてデザインくらいはお前らの喜びそうな、女っぽいのにしてやろうかなと思ってね。あたしの好みだけなら、全身真っ黒で胸にドクロ、血がたらーりしたたっているのがいいんだけど」
やっぱり……
え、ということは、もしもチーム名決定会議でわたしたちが折れず文句をいっていたら、そんなユニフォームになっていたということ?
なっていたということだろう。
それどころか否定された腹立たしさに、もっととんでもないデザインになっていた可能性もあるよな。
危ないところだった。まだ名前がああでも、ユニフォームがこうの方がいいや。
「いいねいいね、このデザイン。ボスが考えたのお?」
普段通りのむすーっとした表情のまま、うきうき楽しそうな口調でノッポが褒める。彼女、口調だけは人一倍に喜怒哀楽を出すから、慣れない人には違和感が半端ではないだろう。
「そ」
ボスはふんぞり返るようにして、どんなもんだといわんばかりのにんまり笑顔を作った。
「へえ。うわ、ほんと可愛いなあ」
ノッポはボスから受け取ると、まじまじと眺めた。
それをガソリンがひったくる。
「確かに悪くはないんだけど、でも……わ、やっぱり、なんか変だなと思っていたら、なんだ幼児用じゃん。小さくて着られないよ」
腕をぐいと突き出しユニフォームを広げたガソリンは、びっくりしてみせた。
「黙れ! あたし用のだからだよ! でもお前のだって、それほど変わんねえぞ!」
身体の小ささをバカにされ、ボスが怒鳴り睨みつけながらユニフォームを奪い返した。
「変わんないわけないでしょ!」
「変わんねえよ。じゃあ、比べてみようか?」
ボスは積まれた中からがさごそ背番号三のユニフォームを取り出すと、自分のものと並べて置いた。
確かに、こうして見ると大きさの差は微妙だ。
実際の身長は十センチ弱の違いがあるはずなのだけど。
まあ、どっちもどっち、どんぐりの背くらべということか。四年生であるアキレスやフミを差し置いて小柄な二人だからな。
と、わたしの中ではユニフォームの大きさ論争というか身体の大きさ論争は決着がついたのだけど、
「ボスのユニフォームだけとんでもなくダボダボに作らせて、あたしのはピチピチにしたんでしょ!」
「そんなセコいことしねえよ!」
「どうだか」
「じゃあ電話番号教えっから、お店に聞いてみろよ!」
「かけてみるから、教えてよ」
どうでもいいこと、まだやり合っているよ。
でも、背の低い子にとっては切実な問題なのかな。
せっかくわたしたちのユニフォームが出来上がったのだから、ただそれだけを素直に喜べばいいのに。
なお、ついでというわけではないがキャッチャー用の防具も揃えた。新品ならユニフォームの隣で燦然と輝いたかも知れないが、残念ながら中古。
わたしが、以前所属していたチームの男の子に連絡して、無料で譲ってもらったのだ。男子用サイズだけど、それならばドンにもぴったりかなと思って。
これで、フロッグのピッチングを怖がることなく受けられるようになるだろう。
「早速着てみたいけどさあ、……誰かの家、借りらんねえかな」
ボスの、ちょっぴり恥ずかしそうな表情。へえ、そんな表情するんだ。意外だな。
「そんなん、ここで着替えちゃえばいいじゃん」
ガソリンが、いきなりジャージのズボンを脱ぎ始めた。
「ここ外! 外!」
わたしは慌てて近寄り、人目から隠すようにしながら膝まで下がったズボンをぐいと持ち上げた。
「いたた! 食い込んでる食い込んでる! いいじゃんか、外だって」
「下品な女だな、てめえは! 中とか外とか、そういう問題じゃねえんだ! この乙女の柔肌、お前らにだって見られてたまるかあ!」
大声でわめきたてるボス。
なんだかボスとガソリンって毒舌家であったり前向きであったり性格上の共通点は多いけど、こういう価値観なんかは結構違うんだよな。
しかし乙女の柔肌って。
わたしは心の中で笑ってしまった。
でも……
この時……わたしは、
わたしたちは、なんにも知らなかったのだ。
ボスの隠している秘密を。
なんにも……
でもそれが分かるのはまだ先のこと。とりあえずは、話を進めよう。
「そこまで恥ずかしいならさあ、一人だけ家で着てくりゃあよかったじゃん。ユニフォームここへ持って来たのボスなんだし」
「ああくそおお、その手があったかあ! 畜生!」
だしだしとボスは悔しそうに地面を踏み付けた。
「あたしん家なら歩いてすぐだから、よければ部屋貸すよお」
ノッポがいつも通りのむすーっとした顔ながら朗らかな口調で、会話に割り込んだ。
「本当? よおし、ノッポん家に攻め込むぞお! 出陣だあああ!」
ボスの叫び声。
というわけで、わたしたち全員はノッポの部屋を少しお借りして、ユニフォームへと着替えることになったのである。
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