05 コーチも決まった

「おい、先生が引き受けてもいいってさあ!」


 昼休み。チームのみんなで校庭に集まってキャッチボールをしていたところへ、ボスが大声で叫びながら走って来た。

 はやしこうろう先生と、先生の担任しているアキレスも一緒だ。


 一緒といっても、先生は後からひいこら息を切らせてなんとか追って来た感じだけど。

 相変わらず体力がないなあ。


「本当に、やっていただけるんですか?」


 わたしは遠慮がちに尋ねた。


「やるっていってんのに、疑うようなこというんじゃねえよ!」


 ボスがだんと足を踏み鳴らし怒鳴った。


「別にそんなつもりじゃ……」


 誰だって確認でそういうだろう。

 なにか特別な条件を出されるかも知れないのだし。


「まあ、名指しで頼られちゃあ仕方ないよな。でも、本当におれでいいのかあ? 確かに自慢じゃないが指導者の資格は持っているけどさ」


 自慢心に満ち満ちて隠そうにも隠せないといった先生の表情。

 そのような態度をとればとるほど悲しいだけだというのに、気付かぬは本人ばかりか。


「うん、先生がいいんだよ。情熱たっぷりなところが最高なんだよ!」


 なるほど。ボスはこのように直球で先生をおだて上げたのか。直球といっても、嘘のたっぷり塗り込められた泥のボールだけど。


「おおお、そうかそうかあ。よおし、こうなったらおれもしっかり野球を覚えて、お前らを鍛え上げて最強の戦闘集団に育ててやるよ」

「いいよ別に、判子だけ押してくれれば」


 ボスの呟きに、わたしの肩がびくり震えた。


「ボスっ!」


 こそっと囁き声で怒鳴ると、ボスはしまったという顔をして、自分の口を押さえた。


 よかった。先生は気付いていないみたいだ。

 先生が適任だとも思わないけど、他に誰もいないからな。機嫌を損ねたら、元も子もない。


「浜野、いまなんていった?」


 うわ、やっぱり聞かれてた!


「太鼓判を押したっていったんです。ボスは先生のこと、ほとんど面識がないというのにもの凄く買ってましたからっ。わたしもですっ、先生に引き受けていただいて安心しました! どうか、よろしくお願いします。ほらっ、みんなもみんなもっ!」


 一人あくせくしているわたし。

 失言の多いボスだから、フォローが大変だよ。


「よろしくお願いします」


 みんなも頭を下げた。


「おう、よろしくなっ」


 違和感が浮かびつつあった先生の顔に、また明るい笑顔が戻った。

 とりあえず、大丈夫か。

 よかった鈍くて。


「ああ、そうそう、ボスに相談なんですけど。ボスと、みんなに……」


 わたしはチームの申請について、悩んでいるところをすべて話した。

 といっても、突き詰めれば単純な二択だ。


 杉戸町内で男子チームと試合をするか、関東連盟などにも申請して、遠征中心になっても女子チームを探すか。


「お金なんかないし、町内だけでいいんじゃねえの。男子が相手だろうと、負けやしねえよ。みんなどう思う?」


 ボスはぐるりとみなの顔を見回した。


「あたしも、それでいいと思う。男子相手じゃ勝つのは厳しいけど電車代出す方がもっと厳しい。うち貧乏だし」


 ガソリンが、かったるそうな表情で右手を上げた。

 現実的な選択ではあるけど、でも、勝つの厳しいとか気軽にいわないで欲しいなあ。ここで一番の実力者なんだから。


「うちも、いつもお兄ちゃんとか男子とばかりだから別にそれで構わないっス」


 アキレスが手を上げた。

 他にすぐ意見が出ないのを見て、


「だってよ」


 と、ボスが二人の発言を全体の総意とした。


「でも、ただ男子であるというだけで相当に強いですよ。そもそも、試合を組んでくれるかどうか分からないですし」


 わたしは、男子と試合をするにあたって不安に思うところを正直に述べた。

 結局、ガソリンと同じように雰囲気盛り下げるようなことをいってしまった。

 まあ、現実だからな。

 男子チームという相手が他にいるのに、わざわざ女子なんかと戦ってくれるかどうか。


 以前にいたチームで、わたしの姿を見た相手監督が、女がいるような二軍なんかと試合をしに来たんじゃないと怒ってしまったこともあるし。あれ、現在でもトラウマだ。


 敗戦続きの弱小チームが鬱憤をはらすために相手をしてくれるということはあるかも知れないけど、もしそのようなチームに負けでもしたら、「わたしたち女子なんだから仕方ない」と開き直ることが出来るかどうか。

 おそらくは、出来ない。きっと落ち込む。


「組んでくれるかじゃねえ。組むんだよ。男子が強いってんなら、あたしらも練習してそれ以上に強くなりゃあいいんだよ! 練習ってのは上手になるためにやるものだろ? なら、他の奴らよりたくさん練習すればいつか抜けるじゃねえか。簡単な理屈だ」

「よくいった、はま! その心構えだ! 安心しろ、おれが監督をやる以上は絶対に強くなる!」


 先生はふふんと笑みを浮かべ、どんと自分の胸を叩いた。

 運動音痴が学校中に知られているくせに、一体どこから来るんだその自信は。

 鈍さは強さ。

 ふと、そんな言葉が頭に浮かんだわたしでした。


「先生、監督はあたしだよ!」


 ボスは自分の顔を指差した。


「え、おれは?」

「コーチだよコーチ! ……名目上は」


 また、ぼそりと余計なことをいう!


「ん、最後なんかいったか?」


 ほら、反応された。

 なんでそういわなくていいことをいうかなあ。

 いくら先生が鈍くても、限界があるよ。


「名誉ある役割、ってボスはいったんです! ほら、あの、実技指導はとっても難しいからっ。わたしたち、まだ未熟な小学生ですし。本当は監督もやっていただけるのが理想かも知れませんが、ここは生徒主導で誕生したチームということで、ちょっと頼りないかも知れませんが子供に任せて、先生は代表、そして指導者として我々を支えて下さると有り難いです」


 ぺらぺらぺらぺら。わたしがここまで早口でまくし立てたこと、これまでの十一年の人生であっただろうか? 断言する。ない。

 気を損ねて判子を押してくれなかったら、そもそもチームが発足出来ないからな。それだけ必死だった、ということだろう。


 ほんといちいちいち余計なことをいうんだからな、ボスは。

 そもそも、よくおだててその気にさせることが出来たもんだよ。


「おいおいたかみちい、おだてたってなんにも出ないぞお」


 出なくていい。

 指導者資格を持つ者として、書類に判子さえ押してくれれば。

 ボスと違って、間違ったって口には出さないけど。


 おかげて、というべきかなんというべきか、先生の顔に浮かんでいた「ん?」が、段々と引っ込んで来た。


 ほっと一息。

 もうボスには、余計なことはいわないでもらおう。

 判子を押してもらう時までは。いやいや可能ならば金輪際。


 とにかく、こうして林先生がチームの(名目上の)指導者として、加わって下さることが決まった。

 チームが長く存続出来れば色々と変化もあるのだろうけど、とりあえずのところは、林先生が最後の加入者になるということかな。

 これで後は申請書を提出して、登録を済ませるだけだな。


 ここまで長いような短いようなだったけど、でも、ここからが始まりなんだなあ。

 そんな陳腐な表現にはなるけど、でも本当に、わくわくに胸が膨らむ思いだ。


 最初は諦めて嫌々引き受けたのだけど、ボスに申請の件を一任されて良かったな。

 おかげで他では経験の出来ない、なんともいえない充実感というものを味わうことが出来たのだから。

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