04 桃色ピンク

 埼玉県きたかつしかぐんすぎまちせい

 田畑ばかりの杉戸町において、それらのあまり存在しない住宅密集エリアだ。


 その中にある一軒、なんの変哲もない二階建ての木造建築がわたしの暮らしている家だ。

 家族構成は父、母、わたし、妹、弟。


 お母さんは仕事で家を空けることが多く、だからご飯を作るのはお父さんとわたし。週替わりの当番制だ。

 お父さんの作るご飯の方が遥かに美味しく、だからわたしが担当の時は正直な妹たちに不評なのだが、いつか絶対に追い抜いてやるぞ。


 まあそれはおいおいとして、いまは野球のことで手一杯。

 それよりなにより、まずは一休みしたい。

 わたしは丁度いま、外出先から帰ってきたところ。自転車であちこち走り回って、もうへとへとなのだ。


「ただいま~」


 木製ドアのレバーハンドルを捻り引くと、ぎいいと軋みながら開いた。

 昨日、お父さんが蝶番に油をさしていたけど、あまり効果なかったのかな。


 おじいちゃんの代、清地地区一帯がまだほとんど田んぼだった頃に建てた家だから、建物の全体的にガタが来ているのだろう。清地がすっかり広大な住宅地帯になった後に生まれたわたしとしては、そんな時代があっただなんてちょっと信じられないのだけど。


 今日はどこへ行っていたのかというと、チームのみんなで集まって、東武動物公園駅の反対側であるみやしろまちのスポーツ用品店に、ユニフォームを仕立てるための採寸をしてきたのだ。

 動物公園駅西口集合で、妹のフミと一緒に自転車を漕いで。


 採寸終了し、解散した後は、フミをドンに送ってもらい先に帰らせて、わたしは一人で国道四号沿いにある大型書店に寄った。

 野球チームの作り方について情報を得るためだ。


 申請についてボスに一任されてしまったけど、わたしも正式な少年団に所属していたことがあるというだけで、どう作ればいいのかなんてなにも知らなかったから。


 専門書のコーナーで背表紙と睨めっこして、二冊ほど、それらしい本を見つけた。

 購入するお金はないので、お店には申し訳ないけど立ち読みだ。

 どちらも大人を読者対象にしたちょっと小難しそうな本なので、具体的詳細は分からなかったけど、要は市町村に対して登録する必要があるとのこと。


 併せて関東リーグ連盟というのに登録しておけばもっと広範囲で試合相手を探すことも可能らしい。

 なにをどうすればいいかさっぱり分からないから、とりあえず明日の放課後に役場へ足を運んでみようと思っている。


 まずは居間でくつろいで一休みをして、それから登録をどうするか、今日分かった範囲で少し考えてみよう。


 玄関で靴を脱ぎ、家に上がろうとしていると、

 どどどど、と突然爆音のような足音に床が振動、ばあんと居間のドアが開いて妹のふみ、続いて弟のしゆんが廊下へと飛び出して来た。


「サウルスブルークラッシャー!」


 俊太が、振り上げた拳をフミへと突き出した。


「こっちも必殺、桃色ピンクブロッサムトルネード!」


 フミが、手をちらちらさせながら俊太へ近付け、くすぐり攻撃を始めた。


 ほんとにそんな名前の技があるの?

 おかしくないか?

 だって桃色ピンクって、かぶってるじゃないか。


 などと、そういうところに真面目に反応してしまうから、クラスで暗いなどといわれてしまうのかも知れないな、わたし。


 しかし、小さな弟がいるからというのもあるけど、やっぱりフミは幼いなあ。こんな、ヒーローごっこばっかりしていて。

 学年同じでも、お兄さんたちとよく野球をやっていたというアキレスの方がどう見ても大人だよな。

 まあアキレスも、もし幼い兄弟がいれば、家ではこんなものかも知れないけど。


「ジュラキックキャノン発射あ!」


 いつの間に連合軍を結成したのか、二人がわたしへとビーム兵器による砲撃を浴びせて来た。

 ビームの流れを手で表現しているのか、二人ぼぼぼぼぼなどといいながらどかどかわたしの身体を叩き始めた。


「うわあ、やられたあ!」


 少しくらいは、お遊びに付き合ってあげますか。と、わたしは胸を押さえ、がくりよろめいた。


「ばばばーーんっ」


 俊太が、突然わたしのスカートを両手で思い切りめくり上げた。

 わたしは、ひゃああと悲鳴を上げていた。


「めくるなああ!」


 まったくもう。

 どこで覚えたんだ、そんなこと。

 本人は無邪気に、ただ爆発を表現しただけなのかも知れないけど。


「どばーっ!」


 今度はフミが、いつの間に回り込んだのか後ろからまくり上げてきた。

 ……こいつは、絶対にわざとだ。間違いない。


「フミい……お姉ちゃんさあ、そういうこと、やめろっていつもいってるよねえ」


 冷たい表情を作って、フミを見下ろした。

 フミはごまかし笑いを浮かべながら後ずさると急遽踵を返し、走って逃げ出した。


「こらあ! 待てえ!」


 この前はズボン下ろされたし、もう絶対に許さないぞ。

 と、わたしは後を追う。


 フミは甲高い笑い声を出しながら廊下を途中で曲がって、階段をどたどた駆け上る。

 逃がすもんか、と、わたしは階段を全力で追い掛け、そんなわたしを楽しそうなはしゃぎ声を上げながら俊太が追ってくる。


 犯人の逮捕の瞬間は、実にあっけないものだった。

 二階にある両親の寝室のドアを、フミは開いて逃げ込んだのだが、その途端に踏み付けた雑誌によってバナナの皮よろしくずるるんびたんと転んでしまったのだ。


 すぐさま起き上がり、なおも逃走しようと手を伸ばしてベッドによじ登ろうとしたところに、追い付いたわたしが捕まえて、そのまま両手で全身をくすぐってやった。


 うひゃひゃあ、と身もだえしながらもフミは、生意気にくすぐり返してきた。

 負けるか。

 笑いながらお互いにくすぐり合っていると、俊太が参戦。フミの側について、二人でわたしのことをくすぐってきた。


「発端のくせに! これで反省しろ悪戯小僧!」


 最大級のくすぐりで、俊太の脇腹を攻撃だ。


 いつしか敵も味方もない、というよりみな敵ばかりの三つ巴のくすぐり合いになっていた。


 どれくらいの間、続けていただろうか。

 飽きてきたのか気力が尽きたか体力が果てたか自分たちでも分からないけど、ようやく戦いが終わった。


 なんかテレビゲームでもやろうよと、とフミがいい出したのだけど、


「ああ、ごめん、ちょっとお姉ちゃん考え事するから、二人で遊んでてくれる?」


 と、わたしは隣の自室へ移動した。

 はしゃぎ疲れたのか、二人は大人しく一階へ降りていった。



 自室学習机の椅子に座ったわたしは、机の上に置いてある本や鉛筆立てなどせっせとどかした。

 こうして机上をまっさらにするのは、思考モードに入る際の儀式のようなものだ。


 なにを考えたいのかというと、もちろん野球のことだ。

 明日役場に、チームの登録をするための用紙を貰いに行き、もしも詳しい人がいるなら説明も聞きたいと考えている。

 だから手続きそのものに関しては、現在考えることはないのだけど、悩むところが一つ。悩みというか不安というか。


 聞くまでもなく分かっていることがあり、対戦相手は男子ばかりになるはずなのである。基本的には町内の野球チームとの対戦にわけだけど、でも杉戸には男子チームしかないからだ。


 女子チームといわないまでも「女子もいる」というチームでもあればまだ良いのだけど、現在杉戸町内にはないはず。

 だからこそわたしも以前にいたチームが解散した後、どこにも所属することなく今日まで一人で練習して過ごしてきたのだから。


 否応なく男子と戦うしかないわけだけど……というか、戦えればまだ良いけど、そもそもそんな状況下でリーグの登録なんて出来るのだろうか。「少年」に属するはずだから、女子のみのチームであっても、対戦はルール上問題ないはずだけど。

 でも、練習試合を組むにしても、女子相手に試合をしてくれるのかどうか。客観的に考えて、男子チームとしてはわざわざ女子チームなんかと対戦する必要はないからな。


 もっと大きな地域を管轄している連盟にも登録すれば広い範囲で相手を探せるだろうから、女子との対戦も可能かも知れない。

 でも毎回こちらから移動して出向き、対戦をお願いすることになるだろうし、移動費用がかかるのがネックだ。

 広い範囲で探して女子チームと試合を組めたとしても、リーグはあるのか、参戦可能なのか、とかそういうこともよく分からない。


 どうするべきかは、ボスに相談してみないとわたしの一存では決められないか。

 登録費だって無料ではないのだし。

 傷害保険とか、たぶんそういうのも考えないといけないのだろうし。


 ああ、相談もなにも、そういやボスの家の電話番号を聞いていなかった。

 ボスだけじゃないな。組織を作るというのならば、連絡網もしっかり作っておかないといけないよな。


 とりあえず、明日だ。

 学校でボスやみんなに意見を聞いて、どうすべきかを考えよう。


 なので、今日の考え事はおしまい。

 机を片付ける方がよっぽど時間掛かってしまったけど、いいや。

 よし、一階でフミたちとテレビゲームで遊ぼう。

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