03 時速五百キロで抜け!
その後も十五分ほどキャッチボールは続き、サテツとフミは少しずつ慣れてコツを覚えて来たようで、最終的には六メートルほどの距離を投げることが出来るようになった。高くを望めばきりがないけど、初心者にしては上出来だと思っておこう。
続いて、今度はゴロを補る練習だ。
ノッポ、バース、フミ、の三人を、ボスは自分から二十メートルほど離れた同心円上に等間隔で並べ、バットを取った。
「まずは、ノッポ!」
叫ぶと、ボールを小さく放り上げ、バットを打ち下ろすように振った。
ボールは地面に叩きつけられ、ごろごろもの凄い速度で転がった。ノッポはすっと屈み、開いたグローブで受けた。
「次い、バース! 行くぞ!」
ボスはまたバットを振った。
バース、しっかりキャッチ。
「へーえ」
ガソリンが腕組みをして、ノックの様子を見ながら楽しそうな表情。ボスがしっかりと打ち分けていることに対し、感心しているのだろう。
確かに上手だ。
方向だけでなく速度の打ち分けも出来るようで、
「フミ!」
初心者であるフミに対しては、かなり緩めのゴロだ。
それでもフミ、思い切り捕球失敗しているけど。
だって、グローブを逆向きに立てずに、水平にしたまま寝かせて取ろうとしているんだもの。しかもしっかり開かないものだから、中におさまらず、ばしりと跳ね上がって自分の顔にぶつけているし。
自信をなくさなきゃいいけど。
「フミ、お前はこれからチーム練習のない日も、姉ちゃんと練習すること!」
「はい!」
「筋は悪くないみたいだから伸びるはずだ。よし、メンツこのままで今度はフライ行くぞおお!」
と、かっこつけたボスであったが、しかし、
「ノッポ!」
ボールを打ち上げるのに失敗して、ぼてぼてのゴロがノッポへと転がった。
「おかしいな、くそ。……今度は、バース!」
またゴロだ。しかも、フミへと転がる。
でも今度はフミ、しっかりキャッチ出来た。良かった。
「畜生、もう一回バース!」
だが、今度は思い切りバットが空振りしてしまう。
四度目の正直を狙うが、またしてもゴロ。
ボスは、うがあああと叫びながら、バットを地面に叩きつけた。
「このバットはフライを打てねえバットだ! でもバットなんざ使わなくても、こうして放り上げりゃあ同じことだあ!」
なんだか分からないことを叫びながら、がっしと掴んだボールを上へと放り投げた。
打ったわけではないのでさして高度が出ず、バースが腕を天へと伸ばして楽々キャッチ。
「同じじゃないでしょ同じじゃあ。みんなに示しだってつかないしさあ。おお結構上手いもんだ、なんて感心して損しちゃったよ」
ガソリンはボスの元へと寄ると、ボスが放り投げたバットを拾った。
ボスほどではないけどやはり小柄なので、ちょっとバットの大きさが不釣り合いに見えるけど、なんだか手慣れた様子に見える。
「名前なんだっけ、左から順番にノッポ、バース、フミだっけ? それじゃあ、ノッポ!」
ガソリンは腰を乗せてバットを振った。
ばん、と軟球の潰れる音とともに、見事にフライが上がっていた。
ノッポはとと、と前進し、キャッチ。
「フライを上げるのはね、コツがいるんだよ」
ガソリンは、にかっと歯を見せて笑った。
確かに、フライを狙って上げるのは難しい。試合なんかでは、嫌でもフライばかりになることが多いけど。
しかし凄いな、ガソリンって。
ハンドボールだけじゃなくて、野球の技術だってこんなに上手なんだもんな。スポーツ万能って言葉はよく聞くけど、本当にいるんだな。
「えっらそうに! ムカつくからお前絶対に二軍にしてやる! フミ、今日から猛練習だ。こいつにレギュラーを渡すなよ! 蹴落とせ!」
なんだか極悪なことをいうボス。
そういえば、そうなんだよな。ガソリンの加入で選手が十人になったということは、誰か一人はレギュラーポジションから外れるということなんだよな。
二軍に落とすなど、かなり横暴極悪に聞こえるボスの台詞だけど、でもこれ要するにレギュラーは実力で決める、そういっているってことだよな。私情なんか全然挟んでいないということだよな。
あ、いや、バカだアホだと、そういう私情による悪口はもうやめてというくらいドカドカ入れてくるけど。
「えーー、無理無理い! ガソリンさん凄いもん、抜けるわけない!」
無茶振りされて、フミは抗議の声をあげた。
「うるせえ! 抜けえ! 時速五百キロでヘアピンカーブをブレーキかけずに抜けえ!」
実力主義だというのなら、フミ一人ではなく全員が猛練習してガソリンを最下位にしない限りレギュラーを追い落とすことは出来ないわけで。そんな自分の理屈の矛盾に、何故ボスは気付かないかなあ。
でも冷静に考えるまでもなく、レギュラー落ちはやはりフミだろうな。昨日に突然やるといい出した運動初心者なのだから。
せっかくスポーツを始めてくれたのだから、なんとかやり続けて、頑張り抜く気力や自信などを身につけて欲しいところだけど、やる気を持続させるのが大変そうだなあ。かといって温情采配で甘やかしても、なにも良いことないし。
わたしがあれこれ考えていても仕方ないけどね。すべてボスが決めることなのだから。
さて、順繰りに全員がキャッチの練習を終えて、続いてバッティング練習を行なって、記念すべきチームの初練習は終了した。
連係の練習はまったくやらなかった。
まだポジションが決まっていないからだ。
今日の練習で適性を確認したボスが、次回に集まった時にポジションを発表する予定だ。
ボスを中心に、全員が集まって輪を作った。
「えーっと、明日はユニフォームの採寸をするからチーム練習はないけど、でも各自、来週までに与えられたメニューをこなしておくように。それじゃあ今日はここまで! 解散!」
「ありがとうございました!」
ボスの号令に、チーム所属経験のあるフロッグとわたしは、反射的に大きな声で頭を下げていた。他のみなも、たどたどしい様子で頭を下げた。
今日は、予想していたより遥かに締まった感じの練習になったな。
ボス、初めて会った時は間違いなく野球のルールまったく知らなかったと思うけど、今日までの間にルールも練習方法もしっかり勉強してきていた。
かかりっきりになっていたためか、おかげでチームの登録という大事なことに、まったく気が回らなかったようだけど。
でも、見直した。
やる気が空回りすることなく、しっかりやることやっているからな。
って、ちょっと上から目線かな。
所属経験ありという意味では、もうわたしもボスも対等なわけだから、わたしももっと本腰を入れてしっかり練習しないとな。ボスに抜かされてしまうどころか、大きく差をつけられてしまう。
空き地を出たわたしは、同じ方向に家のあるドンとフミ、ノッポ、バースと一緒に帰路についた。
今日はとっても疲れた。
だけど、楽しかったな。
くたくただけど、きっとお風呂が気持ちいいだろうな。
明日は採寸。果たしてどんなユニフォームが出来るのだろう。
楽しみだな。
ユニフォームもそうだけど、どんなチームになっていくのか。
本当に楽しみだけど、気掛かりなのがチーム名。
だって、ブラックデスデビルズだものなあ……
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