10 命名、杉戸ブラックデスデビルズ
でもまあ、確かに口は悪いけど性格は思っていたより悪い子じゃあなさそうだから問題ないのかな。
野球も上手そうだし。
どれほどの経験があるのか知らないけれど、もしかしたらわたしなんかよりバッティング上手かも知れないしな。
弾道を見切る動体視力も凄かったし、サードなんかぴったりかも。
というか、他に考えられなくなってきた。決めるのはボスではあるけれど。
初めに思っていたよりも、強くなるかも知れないな。このチーム。
楽しみだな。
早くチームプレーの練習したいなあ。
「……戸ブルースワンズ」
「弱そうだから却下。次、アキレス」
「えー、うちもっと弱そうなの考えてきちゃった。……杉戸エンジェルス……って。……じゃあ、じゃあ、杉戸強そうエンジェルス! ストロングエンジェルス! 超スーパーストロング…」
「余計弱そうだよ! いいよ、もう。次! ノッポ!」
「
わたしが、練習して強くなったチームを妄想してにまにま笑顔を浮かべている間に、既にチーム名決定会議が始まっていた。
「だからあ……」
分かってねえなあ、とボスは頭を抱えた。
「だって、チーム名を考えろとしかいわれてなかったから。女の子なんだから、誰だってかわいらしいのを考えちゃうよ」
唯一の六年生であるフロッグが、却下されていったみんなの気持ちを代弁した。
「かわいくて勝てるんなら世話ねえんだよ。そういやフロッグのまだ聞いてなかったな。いってみな」
上級生を上級生とも思わぬ言葉使いのボス。その言葉を受けた瞬間、フロッグの頬っぺたがぷうっと膨らんだ。
「す、す、杉戸サンダース」
「なんだそりゃあ。女の子なんだから誰だってかわいいの考えちゃうよお、とかいってたくせに、かわいさ最悪だろそれ。まあ強そうではあるけれど、でもセンスまるでねえな」
「そうかなあ……」
フロッグは、しょんぼり肩を落とした。
「次、コオロギ」
「は、はい!」
突然の指名に、びくり肩を震わせた。
わたしが、緊張に頬っぺたを膨らませてしまいそうだよ。
幼い頃から、人前でなにか発表するの苦手なんだよな。
しかも強そうな名前にしろとか、ボスに思い切りプレッシャーかけられているし。
わたしの考えた名前、可愛い系だよ。
フロッグのいう通り、女の子なんだから当たり前だろう。
咄嗟に違うものなんか考えつかないし、どうしよう。
……いうしか、ないか。
強そうじゃないけどセンスがあるから採用、とか、ボスも気に入るかも知れないし。
すーっと息を吸い、ゆっくりと口を開いた。
「杉戸……サンフラワーズ」
ぼそり、口を開いた。
「うおおおおおおおおおっ!」
ボスが爆発した。
ぴょおんと跳ねてわたしの腕に飛び付いたかと思うと、身体を巻き付かせ、体重をかけてぐーんと引っ張った。
「痛い痛い痛い!」
地面に倒され、なおも関節を締め上げられる激痛にわたしはたまらず悲鳴をあげた。
でもボスは、まったく容赦することなくさらにぎちりぎちりと力を込めて締めてきた。
「どいつもこいつも分かっちゃいねえ。試合っつうのは戦争だってこと分かっちゃいねえええ! だから食らえ、どりゃああ!」
「痛い! ほんと痛あい!」
腕がもげる!
「なあにが、サンフラワーだああ! そんなフラダンスみたいな名前で、勝負に勝てるかあ! 世界大会で黒人に勝てるかああああ!」
「いたっ! 腕がちぎれる! 折れる! ごめんなさい、ごめんなさい!」
これまでの人生、先回りをすることで、身に降り懸かっていたであろう様々な危機を事前に回避してきたわたしだけど、ボスに対しては無理だ。行動が読めなさすぎるし、怒りの沸点があまりに低すぎる。
涙を浮かべて、残る片方の手をばんばん叩いていると、ようやくボスは締め付ける力を弱め、腕を解放してくれた。
思わず不安になって、左右の腕の長さを見比べてしまった。
この前、理科の時間にビデオで見たしおまねきみたいになってやしないかと。とりあえず大丈夫そう。
「しかしお前ら、酷いな。ある程度の予想はしていたけど、ここまでセンスのない名前ばかりあげられるとは思いもしなかったよ」
ボスは立ち上がると、まだ痛みに動けずに倒れているわたしに砂利でも蹴り浴びせてきそうな冷たい視線を向け(そこまでの表情をされるほどのセンスのなさとは思わないのだけど)、みんなにも同じような視線をぐるり動かすと、再び口を開いた。
「じゃあ仕方がない。あたしが決めてやる。チーム名は、杉戸ブラックデスデビルズ。決定!」
「えーーーーっ!」
みなが思わず抗議だか驚きだかの声を上げたのも、当たり前だろう。
「強くて悪そうなだけじゃん」
「可愛いくない……」
ぼそり発せられた呟きを、ボスはぎょろっと目力ハンマーで打ち砕いて、飄々と言葉を続ける。
「悪くないだろ。強そうだし。相手に黒星をもたらしてやれという意味もあるし」
ブラックを都合よく解釈すれば、そういうこじつけ方も出来るけど……
しかし……女子チームの名前ではない。どう考えても。
百歩譲っても、ブラックエンジェルとか、ファニーデビルとかだろう。
なにをいったところで、聞く耳なんか持ってくれないだろうけど。
よけい意地になって、殴ったり腕ひしぎ逆十字をかけてくるだろう。もっと悪魔的なチーム名にしてしまうかも知れないし。
そう思って、わたしは黙っていた。
他のみんなも同じように思っているようで、誰も面と向かって反論する者はいなかった。もともと気の小さい者ばかりが集まっているのだから、当然か。
「それすっごい発音しにくいんだけど。間にデスがあるとさあ」
唯一の例外は、加入が決まったばかりのガソリンだ。
ボスに匹敵する気の強さを持っているからな。
でも、やはりボスはまったく折れなかった。
「じゃあお前が呼ぶ時だけ、デスつけなくていいよ。大人になって、その滑舌の悪さがなんとかなるまでさ」
「あたしのどこが滑舌悪いんだよお!」
「そのぶすっくれた顔だあ!」
「はあ? ひょっとして滑舌の意味知らないの?」
「うるせえ! とにかくこれで、チーム名決定会議終了!」
鶴の、いやボスの一声によって、こうしてここに杉戸ブラックデスデビルズが発足したのだった。
名前がやはりどうにも引っ掛かるけれど、どうせわたしたちには反論出来やしないんだ。と諦めるしかなかった。
まあチームの中身が変わるわけじゃない。
また一つチームの完成に近づいたわけだし、頑張るしかないか。
「よーし、練習して、勝って勝って勝つぞお。杉戸ブラックデスデビルズ、ファイト、おーーっ!」
おーっ、のところでボスとガソリンが腕をがっと突き上げ声を張り上げた。
二人だけでなくわたしたちも同じように腕を上げて叫び気合いを入れたつもりだけど、全員合わせても二人の勢い声量には遥か遠く及ばなかった。
及びはしなかったけど、でも、わたしはわたしなりにふつふつと、沸き上がる思いを体内に感じていた。
やるぞお。
ぎゅ、と拳を握った。
と、その直後であった。
余韻冷めやらぬうち、フロッグがおずおずと口を開いた。
「ちょっと聞きたいんだけど……これ草野球チームじゃ、ないよね?」
わたしの心臓は、どくんと跳ねた。
フロッグ、唐突になにを尋ねるつもりなんだ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます