第三章 わたしたちの、ユニフォーム
01 責任者をどうするか
「……これ草野球チームじゃ、ないよね?」
フロッグは俯いたまま視線を右に左に泳がせてはいるが、ボスへと尋ねているのは明らかだった。
えっ、と満面に疑問符の広がるボスであったが、すぐに怒りの形相になりフロッグへと怒鳴りつけた。
「当たり前だろ! てっぺん目指すんだから。なんだよ、空き地で草野球やってる方がお似合いってことかよ!」
「あ、あ、ごめんなさい。……わたしだって、正式なチームでやれればと思ってる。だから、水を差すつもりは決してなくて。本気で思うからこそ、チームの登録はどうなっているのかな、責任者とか決まっているのかな、って色々と疑問に感じてしまって。でも、考えているんだよね?」
フロッグは、一人だけ隣の小学校に通っている。わたしたちの通う小学校との、ちょうど学区境に住んでいるとのこと。
つまりお向かいの家に子供がいれば、わたしたちと同じ小学校ということになるが、だからってこちらに来るのに非常に遠いということに変わりはない。
わざわざ遠くから練習に参加しに来る以上、理想のチームとしてなにを求めるか人一倍切実ということなのだろう。
杉戸町内に現在のところ、ここ以外に女子だけの野球チームはないし、以前わたしのいた女子も受け入れるというチームは消滅してしまったため、是非ともしようのない問題ではあるのだが。
それでもどんな規模のチームにしたいのかしっかり確認しておけば、辞める辞めないの判断はつけることが出来るというものだろう。
「考えているに決まってんじゃねえか。……責任者って、要するにあたしってことだろ」
ボスは、隠しようのないほどに自信のなさが顔に出ているというのに、さも自信たっぷりそうに胸を張って答えた。
「大人じゃないと、許可出ないよ」
「なんでだよ! 敗戦の罪を背負うのが責任者だろ! 大人じゃなきゃダメだって、意味が分かんねえぞ!」
まくしたてるボス。
「ひょっとして君い、脳味噌が間抜けえ?」
傍から見ていたガソリンが、呆れてため息をついた。
「やんのか、お前え!」
ボスが怒鳴りながらガソリンに掴み掛かった。
ガソリンは、その手をぱしりと払いのける。
「払うなあ!」
再度、ガッシと胸倉を掴んだ。
鼻息荒く睨み合う二人。
「あ、あのね!」
フロッグは、少し声を大きくした。自分がいい出したことのために、二人に喧嘩して欲しくないのだろう。
「団体が公式に存在するためには、なにかあった時に誰が社会的に責任を取るか明確でないとならないんだよ。普通は、子供ではなれない。ボスが自分で責任持つといったところで、それじゃあ許可されないから。決められた手続きを踏んで社会から認められないと、公式な団体は作れないんだよ」
弱々しいけれど一言一句はっきりとしたフロッグの説明に、ボスはガソリンの胸倉を掴んでいた手を離し、ゆっくりと下ろした。
「あらあらあ、ひょっとして、おたくなんにも知らなかったあ? まっさかねえ」
ガソリンは、うひひっと意地の悪い笑い声を出しながらボスの脇腹を肘で小突いた。
「初めてのことなのに、知ってるはずないだろバーカ!」
「はあ? 自分でチーム作ると決めたくせにまるで調べてなくて、他人はバカ呼ばわり?」
「うっせえなあ。誰か探せばいいんだろ。……って、どんな人に頼めばいいんだよ! めんどくせえなあ、もう!」
わたしのいた野球チームは、監督が責任者だったけど。
それ以外の場合って、どうすればいいんだろう。わたしも、よく分からないや。
バスケットボールだかサッカーだかの漫画で、子供たちがチームを作るにあたり町会会長をやっている建設会社社長にお願いしているシーンがあったよな。
ある程度の地位が必要なのかな。それとも、地位が別に高くなくても身元がはっきりしていてしっかりと仕事についていればいいのかな。
大人の監督を招けば、指導者の資格も当然持っているわけでチーム責任者になってもらいやすいと思うけど。
でも、頼めそうな人どころか、そもそもそんな知り合い自体がいない。
わたしがいたチームの監督は、チームの消滅と同時に故郷に帰っちゃったからな。学習塾の先生だったんだけど、今度は自分の田舎で勉強を教えるとかいって。
……あ、そうだ。
勉強教えるで思いついたけど、一人、いるじゃないか。
適任かどうかは分からないけど。
「林先生は、どうかな」
わたしは右手を軽く上げ、自信なさげに提案した。
「林い? ああ、あの張り紙を剥がしやがった男か」
ボスの言葉に、わたしは頷いた。
去年のわたしの担任で、現在はアキレスのクラスを受け持っている。アキレスをこのチームに紹介してくれた人だ。
運動神経はさっぱりだけど、結構面倒見がいいところがあるし、一体なんの役に立つのか分からないけどなんとスポーツ指導者の資格を持っている。運動が苦手というコンプレックスを逆手に取って交渉すれば、乗り気になってくれるかも知れない。
「確かに、ありかも知れないっスね。運動能力が絶望的にない先生なんスけど、だからこそちょっとからかってやれば逆にやる気になってくれますよ」
アキレスは親指を口にくわえ、くりくりとした釣り目をきょろきょろ動かしながら、わたしが思っていたのと同じようなことを口にした。
「じゃあ交渉はあたしがするよ。だから、どうおだてりゃいいのか後で教えろな、アキレス」
「はい」
「チームの申請登録とかいうのも、トドコーリなくやっとくからさ。よおし、とりあえずそんなどーでもいいことは気にしないで、初練習を始めようぜえ! やるぞ、おーーっ!」
ボスは一人叫ぶと、かさこそっとわたしの方に素早く寄って来てひそひそ耳打ちをしてきた。
「おいコオロギ、お前少年野球のチームにいたことあるんだよな。どこにどうやって申請するのか、書類を請求するのか、ぜーんぶお前に任せた。信頼してるから頑張れよ。あたしは、先生を説得してその書類にハンコ押してもらう担当やるから。な」
背中をばんと叩かれた。
「はい」
わたしは間髪入れず返事をした。だからといって別に快諾というわけではない。きっとこうなるのだろうな、という予測があり、覚悟が出来ていたというだけだ。
申請についてなにも知らなかったことがばれてもボスは、一人で手続き全部やりましたと少しでもいい顔をしたいのだろう。
ほんと見栄っ張りなんだからなあ。
引っ張りまわされるこちらの身にもなって欲しいよ。
もう慣れっこではあるけどね。
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