08 野球 vs ハンドボール
「フミちゃんもうよく知った仲だけど一応。
ドンがちょっと恥ずかしそうな表情浮かべながら頭を下げた。
「
わたしも、妹に向き合い深く頭を下げた。
名前もここでのあだ名も説明することなく妹は知っているが、それでもこのように改めて挨拶するのが礼儀というものだろう。姉だ妹だと馴れ合いを防ぐためにも。
「は、
唯一の六年生、フロッグの頬っぺたが、ぷうっと膨らんだ。
初対面の時には人数が少なかったけど、こうしてたくさんに囲まれての挨拶に緊張してしまっているのだろう。
普段は落ち着いていて理路整然と話すタイプなのだけど、それだけにギャップが凄まじい。
「
ノッポ、不機嫌そうな表情でぺらぺらっと舌を回し、頭を下げた。
この表情と口調のギャップ、普段通りではあるけれど初めて相対する者は戸惑うだろうな。史奈もなんだかたじろいでしまっている。
わたしたち同士はもう、それぞれ顔合わせが済んでいるので、初対面である史奈に対してだけこのように順番に自己紹介をしていった。
一通り紹介を終えた瞬間、
「あだ名、保留!」
ずーっと腕を組んで難しい顔をしていたボスが、唐突に叫んだ。
いつもなら、あだ名を即決するのにな。
わたしの名前である高路君江に対してコオロギなどと名付けてしまったから、高路史奈ではコロシナしか思い浮かばなかったからではないだろうか。根拠ないけどなんだかそんな気がする。
保留期間中は、家や学校と同じようにフミと呼ばれることになった。だったらもうそれに決めてしまえばいいのに、ボスは名前そのままや略しただけなのは嫌なのだそうだ。
というわけで、いつか正式名称が決まるのか否かは分からないがそれまでわたしも史奈のことをフミと表現するようにしよう。呼び名はもともとそれだったけどね。
フミはわたしより一つ下の四年生。
同じく四年生のアキレスこと
アキレス一人だけが中学年だったから雰囲気に畏縮して辞めてしまわないか心配だったけど、これで少し安心かな。妹の参加による思わぬ効果だ。
「分かんないことあったら、うちになんでも聞いてね。その代わり宿題見せてねえ」
などとアキレス、早速調子に乗っているようだし。
挨拶が終了したところで早速、それぞれ持参してきたグローブやバット、軟球等を使って練習しようということになった。
「まずはジョギングから始めっぞお。っと、そうじゃない! その前に」
ボスは、にいっと笑みを浮かべた。
「チーム名称決定会議だああ!」
おおりゃああ、っと身体をぐるり一回転させながら右拳を天へ突き上げた。
そういえば、ボスにいわれていたのだっけ。チーム名の案を、各自考えておくようにと。
わたしの考えた名前は、杉戸サンフラワーズ。
ベタすぎてちょっと発表するのが気恥ずかしいけど、でも爽やかで悪くない名前だと思う。ヒマワリって、太陽へと伸びる健気で純粋なイメージがあるし。
ばずっ。
と、空き地内のちょっと離れた場所で、鈍い音が響いた。
女の子が一人、積まれた木材に向けて小さなサッカーボールみたいなのを投げ付けているのだ。
なにか球技の練習をしているようだ。
あの子、見たことがある。
確か、二つ隣のクラスの……
「さっきから、ずばずばうるせえな、あいつ。誰だよ!」
ボスが、せっかくのチーム名決定会議に水を差されたことに腹を立てて舌打ちした。
「五年四組の、
性格がきつく口が悪いから寄り付く子がおらず、幼少の頃に少しやっていたというハンドボールをいつも一人で投げて練習しているのだそうだ。学校内でも、練習している姿を何回か見たことがある。
「やべ! 危ない!」
その木ノ内絵美の叫び声が、唐突に響いた。
「なんだ?」
ボスが振り向いた。その瞬間、軽い山を描いて飛んできたボールが、ボスの頭上すれすれを通り越して、ぼとんと地面に落ちた。
「いやあ、悪い悪い。驚かせたねえ。でも、背が低くて助かったなあ、おチビちゃんさあ」
木ノ内絵美は小走りで近寄って来ると、ぽんぽんとボスの頭をなでるように軽く叩いた。
「おチビ……だあ?」
いけない、ボスになんてこというんだ! と焦るわたし。
見れば案の定、また脳の血管が切れかかっているような表情になっている。
「バカにすんなよ、てめえ! つうかあたしが小一だったら普通だろ! ソータイ的にものをいえ、このボケカス!」
噴火した。
我を忘れて飛び掛からなかったのは忍耐力が成長したかボスという自覚が芽生えた証かも知れないけど、それはそれとしていってることわけ分からないよ。だってボス小五でしょ?
ああ、学年も分からないのに勝手にチビと決め付けるな、ってことか。
「浜野まどかさんでしょ。知ってんだよ。五年生。じゃあやっぱりチビじゃん」
彼女は、転校生であるボスのことを知っていた。
まあ転校生というだけで話題にもなるから、近い教室の者なら知っていておかしくないか。
「お前だって五年生のくせに、ちっちゃいじゃねえかよ!」
すぐさまやり返すボス。
しかし身長のことになると、ほんとすぐムキになるなあ。
「あんたよりは大きいよ。遥かにね」
木ノ内絵美は、鼻でふふんと笑った。
「ノーコンのくせに。あたしにボールぶつかるとこだったじゃねえかよ! その小汚いボールがさあ! ノーコン! 下手くそ!」
「ちょっと手が滑っただけだよ!」
「ようするに下手っぴってことだ! 下手! ド下手! クソ下手! 超下手! ハム下手!」
最後のハム下手って、意味が分からないんですが。
「うっさいうっさい、このチビ! チビ! チビ!」
「またいったなあ、チビって! こん畜生、勝負だあ! お前の無力さを思い知らせてやる! チビをバカにする方がチビなんだって、思い知らせてやる」
「だあからあ、チビはあんたでしょうが」
木ノ内絵美は、わざとらしくぶふっと吹き出してみせた。
「やかましいっ! 戦えっ! 受けて立てっ!」
すぐ勝負ごとに持ち込もうとするんだからなあ。おかげでわたしたちの出会いもあったのだとはいえ。
「面白い、受けて立ってあげるよ」
「どっちが真のチビか決着つけっかんな」
「だからあ、それはあんたの方だってば。物差し当てるまでもなく、十センチ以上違うでしょうが」
木ノ内絵美も、ボスの負けず嫌いにさすがに呆れ顔だ。
確かに、彼女のいう通り十センチくらいの差は確実にあるというのに。
「ボス、でも勝負って、どうするんですか? 野球じゃあ不公平ですよ」
わたしは、口を差し挟んだ。下手したらわたしもその勝負とやらに巻き込まれるわけで、他人事ではないと思ったから。
とはいえ本当は、不公平というほどでもない。
ボスは野球経験がまだほとんどないからだ。
でも相手はボスを野球畑の人間と思うわけで、負ければ当然そっちズルイと不満がつのるわけで。
反対に、もしもボスが負ければ、今度はボスの権威が大失墜も良いところなわけで。
「別に野球でもいいよ、あたし」
木ノ内絵美は頭の後ろで両手を組んで、余裕しゃくしゃくといった表情だ。
「じゃあ、じゃあ……野球対ハンドボールだ! あたしとお前、一対一で、決着をつける!」
なんだそれ!
一体、どんな勝負なんだ。
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