06 あと一人!

 伏兵は思わぬところに潜んでいた。

 というよりも、わたしがただうっかりしていただけか。


「やってもいいってさ」


 ドンがわたしたちのクラスの子に声を掛け、はなみちの興味をひくことに成功したのだ。


 ここはわたしたちの教室。

 現在、三四時限間の休憩中だ。


「運動しないとどんどん太るばかりだし。……という動機じゃ、不純でダメかな?」

「そんなことないよ」


 わたしは首をぷるぷる横に振って、道子の言葉を否定、動機を肯定した。

 そもそも、スポーツをやるに足る純粋純心な動機ってなんだ? やりたいからやる、それでいいのではないか。


 花田道子は、身長はわたしと同じくらい。

 自分でいう通り肥満しているが、体育の授業で見ている限り運動神経自体は悪くない。


 もちろん重りを背負っているため走ることは得意ではないけど、参加してくれるというのならばいくらでも適所は存在するだろう。

 って、適所云々を考えるのはまだ早いか。最低でも九人いなければチームとして成り立たないのだから、まずは一人でも多く集めることが先決だ。

 でも彼女が加わってくれるのなら、これで九人まであと一人だな。


「そいつ、クラスでなんて呼ばれてんの?」


 ボスが、廊下側の窓枠に両腕を置いて、その上に顎を乗っけて、こちらを見ていた。

 いつからいたんだ。


「ボス……そんな宙ぶらりんで、苦しくないですか?」

「ちゃんと自分の足で立ってるよ! こっち側見えてないくせに、適当なこというなよ!」

「ほんとですかあ?」


 わたしは身を乗り出して、廊下側のボスの状態がどうなっているのか確かめようとしたが、


「見んじゃねえよ! 信頼関係なくて野球出来ると思ってんのか! 絶対に見るな! 見るなよ! チビだと思って舐めんじゃねえぞ! ほんと見るなよ。殴るからな」


 などと喚き立てながら、ボスの身体がすーーーっと沈んで完全に消えた。

 と思ったら、教室の前の扉ががらりと開いて中に入って来た。


「こちらが、野球チームを作ったボス」


 怒りのボスに殴られそうな気がしたので、はぐらかそうとわたしは道子にボスを紹介した。


「よろしく」


 花田道子は、軽く頭を下げた。


「おう。それでなんて呼ばれてるんだよ、クラスで」

「道子……かな」


 花田道子は脂肪にぷくぷくした顔を軽く傾げた。


「却下。他には?」


 どうやら全員をあだ名で呼ばないと気がすまないみたいだ。気持ちは分からなくはないけど、こだわるなあ。


「他には、特にないかなあ」

「じゃあ、好きな物は? ステーキとか、豚肉とか、脂肪とか、サラダ油とか、トンカツの端っこの白いぶよぶよとか」


 ちょっとそれ失礼過ぎるのでは……太っている女の子はみな、食欲と痩せたい気持ちのせめぎ合いに苦しんでいるというのに。


「ないかなあ」


 本人全然気にしていないようで、道子はのほほんと答えながら、さっきと逆方向に首を傾げた。


「そういや科学の実験になると、いきいきするよね」


 ドンが思い出したかのように手のひらをぽんと叩いた。


「それそれ、そこ詳しく!」


 ボス、食い付いた。


「ほら、道子ちゃん磁石の実験が大好きじゃない? ふさああああって吸い付く砂鉄を見て、にまあっと笑ってたことあるよね」

「ええっ、笑ってないよお!」

「事実関係なんざあどうでもいい! サテツ。今日からお前の名前はサテツだあああああ!」


 ボスはくるっと回り、ぴっと道子を指差した。

 こうしてわたしたちのクラスメイト花田道子は、今日からサテツになった。

 なんだかヘンテコなあだ名だけど、わたしのコオロギよりは遥かにマシだろう。


 これで八人集まったことになる。

 やたらと気弱な性格であったり、のんびりしていたり、わたしを含めそのようなのばかりだけど……でも、だからこそあの強烈なボスの下で、上手くまとまるのかも知れないな。


 さあ、残るはあと一人だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る