04 信じるぞ
みな、次の瞬間空を見上げていた。
ボールは、明後日の方向へ飛んでどこかへ消えてしまった。
……投げ方も、コントロールも、てんで無茶苦茶だ。
確かに、ピッチャーやったことないといってたけど。
「おい、ボールどうすんだよ!」
「下手くそ!」
「ノーコン!」
「チビ!」
男子の野次が飛ぶ。
「ピッチャーなんてやったことねーんだよ! おい、どっちか、やれよ!」
「だから、わたしたちもやったことないって。……ね、海子」
「あたし、野球の試合自体やったことない。初めてボール持ったのも、こないだの水曜日だし」
「いいよいいよもう、頼まねえよーだ。あっかんべーだ。いま投げたので少しコツも掴めたし、次はストライクだ! そこのザコ、腰を抜かさないよう覚悟しとけ!」
女の子は、不敵な笑みを浮かべバッターへと拳を突き出した。
「覚悟してやっから、それより早くボール探して来いよ! お前が変なとこ投げたんだろ、チビ!」
男子の声に、女の子は片踵を軸にくりんとわたしたちへと向いて、
「お前ら、取って来い」
さも当然といった表情で、指示を出した。
「はい……」
もはや微かな逆らいすら見せる気力なく、わたしたち二人はいわれるがままに探しに行き、砂場に半分埋まっているのを海子が見つけ、戻って来た。
女の子は当然のごとくに海子からボールをひったくると、
「守備につけい、野郎ども」
野郎ではないけど、文句いっても仕方がない。
わたしは二塁、海子は一塁の守備についた。
試合再開だ。
女の子は大きく振りかぶると、また雄叫びを上げ、投げた。
さっきとまるで同じフォームに見えたが、ボールは真っ直ぐ飛んで、地面に跳ねて壁にぶつかった。
さっきよりは遥かにましだけど、でもボールカウントだ。
結局、その後も連続ボールでフォアボール。
バッターはバカにするように笑いながら一塁へ進んだ。
「くっそお、なんで決まんねえんだあああ。細工してあんじゃねえだろうな、このボール。ちくしょうおおおおおお!」
女の子はぐりぐりと足裏を回して、ブラジルへ突き抜けろとばかり地面をほじくった。
その時だ。
どこからか、叫び声が聞こえたのは。
「もっと肩の力を抜いて下さい! 空振りを狙うだけがピッチングじゃありません。打たせて下さい! 取りますから!」
どこから……
誰?
これは、誰の声?
不意に飛び込んできた声に、きょろきょろと周囲を見回そうとした瞬間、驚きに目を見開いていた。
誰もなにもない。わたしの声だったのだ。
どうせ男子相手に勝てっこない、せいぜい目立たぬようにやろう、などと思っていたわたしだというのに。
先攻を無得点で終え、少なくとも勝ちがなくなったから?
きっとそうだ。決まっている。
勝ちさえしなければ、負けないだけならば、目立たないのだから。
と、わたしは自分の胸にいい聞かせた。
でも、本当は気付いていた。
無意識に近い心の奥底に問い掛けるまでもなく。
気付いていた。
わたしは、この勝負にわくわくしていたのだ。
あの子が、男子相手にどんな勝負を挑むのか。
野手として、わたしになにが出来るのか。
「その言葉、信じるからな」
女の子はグローブにボールをぱすぱすと叩きつけながら呟くと、構え、振りかぶり、投げた。
少し山なりの、スローボールだ。
バッターはちょっと意外そうな表情を見せたものの、それでも冷静に一二の三でバットをくいと引いてタイミングを合わせて腰を回し腕を振った。
ばん、と軟球の潰れる音とともに、バッターボックスから弾丸が打ち出された。
二塁寄り、つまりこちらへのライナーだ。
わたしの身体は無意識に反応していた。
横へ半ステップ、そして腕を伸ばしながら大きく飛んだ。
肩か落ち、ごろごろと転がった。
頭をぼかぼか殴られたような衝撃と痛みに顔をしかめつつ、急いでグローグの中を確認する。
わたしの顔が、安堵と嬉しさに緩んだ。
勢い良く立ち上がると、左腕のグローブを高く上げた。
「取りました!」
大声で、叫んだ。
「よっしゃ、あと二人!」
女の子が小さくガッツポーズを作り、その拳を前へ突き出した。
バッターの男子は当然のごとく悔しがっている。
ライナーをダイビングキャッチなど女子には絶対に無理だと思っていたのならば、その悔しさはなおのことだろう。
次のバッターが打席に立った。
女の子はいまのアウトにすっかり調子に乗ってしまったようで、
「火を噴け左腕!」
などと叫びながらボールを投げた。
ここに左利きはおらず、みな右腕なのだが。まあ、語呂が良いということなのだろう。
今度は速球であった。
先ほどのスローボールでアウトを取ったのを逆手にとって、速いボールで空振りを狙ったのだろう。
まぐれなのか肩がほぐれてきたのか、コントロールは良かった。
だけど、あっさりと打たれてしまった。
海子の方へのゴロだ。
すくって一塁ベースを踏むだけなのだが、それは初心者には酷だったか。おろおろしてトンネル。
慌てて踵を返し追い掛けて、拾ったと思ったら地面へポロリ。
エラーによる出塁により、ワンアウト一塁二塁になってしまった。
三角ベースだから満塁、追い込まれたことになる。
「取るっていったろがあ! 適当なこといいやがって!」
女の子が怒鳴りながらずんずんとわたしへ詰め寄って、ぐいと胸倉を掴んだ。
「一塁までは無理ですよお……」
瞬間移動なんか出来ないし、腕が十メートル伸びたりなんかしないし。
余計なこといわなければよかった。バカだ、わたし。
さて、
この試合がどうなったのか。
結果だけ説明しよう。
満塁になったことによってか女の子の調子が再び狂い、またストレートのフォアボールを与えてしまったのだ。
つまり押し出しによって二塁の男子がホームに戻り、わたしたちは負けた。
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