第42話 水中監獄 街



 


 遠くに水の流れる音を聞きながら、ゴギョウはゆっくりと歩き出した。

 巨大な石の柱や崩れた壁、底の抜けた石畳。全体を見るとそこは、まるで誰も住まなくなり廃墟と化した街のように見える。

 そのほとんどは水に呑まれ、いつか全てが沈んでしまいそうである。



「湖に街が沈んでいるのかな…」


 この廃墟と監獄は洞窟のような通路でつながっていた。もしかすると、廃墟と監獄は別のダンジョンなのかもしれない。

 いくらなんでも雰囲気が違いすぎるのだ。

 途中にいたスライムのような生き物に甲冑は溶かされつつあった。

 ここと監獄をつなげたのもあのスライムなのかもしれない。


 水面にのぞく岩を足場にしばらく進むといよいよ街らしくなってきた。

 いくつもの家屋が並び、どれも朽ちかけている。しかし完全に朽ちているわけではないので見通しは悪く、建物の角など死角が多い。


 先程の白いハーピーもまだいるかもしれない。

 石畳の道には所々穴が開き、まるで底の見えない井戸のようになっている。

 さらに、玉ねぎ頭の甲冑も転がっていた。

 何かが突き刺さったような穴が穿たれており、甲冑が再び動き出さ気配はない。

 監獄から降りてきた甲冑どもが、あの白ハーピーの氷の塊の魔法にやられたのだろう。



 警戒しながら道なりに進むゴギョウ。

 時々白ハーピーに襲われたが、かすり傷ひとつ負うことなく進んでいく。

 

 ところで、モンスター由来の素材以外なにも拾えていない。

 

「本当にポーションなんてあるのかな…」


 もはや手ぶらで引き返すには辛すぎる距離を来てしまった。

 寒さも随分慣れたこともあり、せめて、手がかりだけでもと歩を進める。


 さらに二時間ほど廃墟を彷徨い、白ハーピーの羽や鉤爪などがアイテムストレージに溜まっていく。

 

「これ何に使うんだろ…」


 独り言をこぼしながら無警戒に歩く。

 すると、崩れた大小の家屋のなかに一際大きな、円形の建造物が現れた。

 そこは周りより一段低くなっていて、入口は地下めいている。

 

「これなんて言うんだっけ…?」


 ぼそり呟いて建造物を眺める。太い柱が曲線を描いて並び、レンガを積み上げたような壁が所々崩れている。

 低い位置にあるにもかかわらず水はあまり流れ込んでおらず、下まで降りてみても足首をならく程度であった。

 ポッカリと大口を開けたような薄暗い入口から奥を覗き込むと、直線に伸びる通路の先に明かりが見える。

 時々何か横切っているがシルエットから白ハーピーのようであった。


 投げナイフを手にしっかりとスキルの壁を展開しソロリソロリと侵入してみる。

 パシャパシャと水をかき分ける音がするが、ゴギョウのものだけではない。



 通路は直線で、左右に伸びる通路がいくつかあった。

 傍の通路から白ハーピーがゆっくりと歩くように前を横切る。

 その瞳は赤ではなく緑色で、どうも様子が違う。

 少し離れた位置から目があったように感じたが立ち止まるだけで攻撃を仕掛けてくるのではないようだ。


 試しにこちらから先制攻撃を…、となるのが生死を分けた戦いというものなのだろうが、ビビリのゴギョウはショートソードに持ち替えジリジリと近寄っていくだけである。

 3メートルほどまで近寄っても変化はなく、そのまま進んでも通路ですれ違うだけで何も起こらなかった。


 白ハーピーは赤目が敵、緑目は何もしてこない。

 ゴギョウはそう決めた。あいつら顔も怖いし「グキャア」とか変な声出すしできれば穏便に済ませておきたい。



 直線の通路はすぐに終わった。傍の通路には進まずまっすぐに来た。


 そこは円形の広場で、足元は廃墟の街同様にひび割れ水が染み出していた。

 中央に何かいる。


 玉ねぎ頭の甲冑。巨大な曲刀を両手に携え中央付近をウロウロと歩いている。

 玉ねぎの奥には赤い火が灯ったように光っている。

 甲冑そのものも、これまでのものより派手な装飾があり鈍く煌めいている。


 これまでの甲冑どもの上司的なやつだろうか。



 ガガガッ!


 背後で大きな音がして、振り返ると入ってきた通路には太い鉄格子が降りている。


 

「オオオオオオオッ!」


 今度は広場の中央から雄叫びがした。


 視界の隅に文字と横に伸びる一本の白い線。



『テリザの近衛騎士長』




 廃墟の街の散策の果てに、ゴギョウは久方ぶりのボス戦に突入した。





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