第26話 廃坑街 転位者



 後頭部に大きなたんこぶを作ったゴギョウはほどなくして目を覚ました。


 たんこぶ以外に怪我もなく、一応は無事と言える。


「いてて…」


 ゴギョウが頭をさすりながら起き上がると眼前に大きな塊が横たわっている。

 それは黒々としていた巨体白く変色し骸と化した先の巨大蛭であった。


 これだけ大きな体だ。少しくらいのナイフやショートソードの斬りつけ程度ではたちまち命を奪うことができなかったのだろう。少しづつ毒沼の古竜の毒がまわり、ゴギョウが気を失っているうちに倒したのだろうか。


 なんともパッとしない結末だった。八ツ首の蛇の時のような激闘もなくあっさりとしたものになった。


「まあ…うん…」


 無事だし…、これでいいのだ…。





 とりあえず蛭どもの素材を解体してアイテムストレージに収納する。

 壁に空いた大きな穴の向こうはこちらと同じような浴場だった。

 おそらく男湯、女湯のようなものだろう。


 この浴場の直前に少し広い空間があったがあれが更衣室のようなものか。もちろん特に何も目立つようなものはなかった。




 よろず屋のボッカのいた部屋へと戻る。

 

 話し声がする。ボッカの独特な話し方が聞こえ、それとは別の女性のもののような声が聞こえる。


 青い薪を設置した小部屋を通り過ぎ、ボッカのいたカウンターの部屋を覗き込む。

 そこには大きなリュックを背負った小柄な女性?が見える。

 あまりに大きなリュックのせいで女性の姿も、ボッカも隠れてしまって見えない。


「誰だ?」


 少しだけ警戒しなが声をかける。


「えっ?」


 振り返ったのは黒い髪を1つに束ね、決して美人ではないが愛嬌のある、どこにでもいそうな少女だった。


「あんたね!蛭とやり合ってたの!」


「お、おう、うん…」


「あんたのおかげでせっかく掘った穴が崩れたのよ!どうしてくれるのよ!」


「いや、暴れたのはぼくじゃないしな…」


「で、蛭はどうしたの、あんた逃げてきたの?」


「…倒したけど」


「は???なんで?どうやって???」



 …この人はなんでこんなに怒るのだろう。そして誰だろう。



 ゴギョウがぽかんとしていると少女は返事を待っているのか少し静かになった。


「ところであなたは…?」



「旦那、立ち話もなんです、ええ、ええ、こっちでひとやすみしませんか、ええ」



 少女の後ろでボッカが言ってくれたのでゴギョウと少女はカウンターの前に腰を下ろした。

 石でできた椅子に腰掛け、ボッカとカウンターを挟んで向かい合い、その横に少女も座った。


 ボッカはニコニコと満面の笑顔で、

「転移者さま、はい、たくさん買ってくださいね、ええ、うれしいですね、ええ、ええ」


 黒ゴブリンのボッカか言うには転位者はこの世界の元々の住人よりも戦闘や収集などの能力が高く、要はたくさん稼ぐことができるのでたくさん取引をしてくれる客である、と言うことらしい。


「で…、“旦那”さん、あなた自分が何をしたかわかってる?」


 相変わらず少女は怒っているようで、その感情を隠すことなくぶつけてくる。


「なにって、最後の方は気を失っていたから…」


「そう、ふうん。……あんたがあのでかい蛭と戦ったせいで入り口が崩れて塞がったのよ。つまり、ここから出られなくなったのよ」


「ええっ、そうなの?それは困るなあ」


 そろそろ一旦村へ戻るつもりだったのだ。あの床の仕掛けがある部屋が崩れたのなら困るなんてものではない。


「あっ、その崩れたところをどかせないのか?CAWOならできるだろ?」


「ここはダンジョンよ。その地形を変えたりはできないわ、知っているでしょ?」


「いやぁ…初めて知った…」


 ゲームでは整地ばかりでダンジョンには一度も行っていないゴギョウ。そんなシステムがあったなんて知らなかったのだ。


「てか、あんた、見ない顔ね?シルフの街の転位者ギルドにいた?」


「シルフの街?いや、僕は石の壁で囲まれた村の方から来たんだけど…?」


「えっ、あの村から?待って、あそこからここへ来る入り口なんてないはずなのに…」


「ああ、それは…」




 こうしてゴギョウは街へ向かうために山を登らず、穴を掘り始めたことを伝えるのだった。




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