第8話4匹の沼狸



 青い篝火によって作られた安全地帯はそれを設置した本人以外は基本的には許可なしには入れない。

 安全地帯に入ろうとしても境界に見えない壁があり侵入ができない。その壁の強固さは毒沼の古竜さえ死にたらしめるほどである。

 その強固さは物理に限らず毒の霧や強風など害のあるものもシャットアウトしてくれる。

 ゴギョウがこの数日拠点から出ないで呑気にできたのもそのためである。


 その安全地帯の主でないものが入るためには、まず主の許可。そして害意のないこと。

 さらに最初の1回目だけは本人に触れながらでないと入ることはできないのだ。


 


 4匹のねずみたちは戦闘の最中、ゴギョウから「入れ!」とすでに許可を与えられていた。

 その後ゴギョウは大きな怪我を負い、意識を失ってしまったが、幸いなことに境界線である柵に叩きつけられ触れていたのだった。


 怪我をしていたネズミを除く3匹でなんとかゴギョウを引きずり柵の内側に引き入れ、小屋の中へ入り床へ寝かせた。

 ゴギョウが目を覚ましたのはそれから数時間、夜明けの頃であった。




「うう……ん…、……いっっ」


 硬い床に寝かされていて、左腕の袖が破れ血に染まっていた。

 そういえば最後、蛇の突進によってひどい傷を負ったはずである。左の手の甲から肘にかけて皮が引きつるような感覚がある。

 うまく動かせないが寝転んだまま頭を持ち上げ上から覗き込むようにしてみる。破れ血に染まる袖からゴッソリと、大きくえぐれたような傷跡があった。

 しかし生々しい傷ではなく新しい皮膚が傷の上にできたような、まるで何年も前に塞がったかのようなみためである。


 ゴギョウの脇に茶色っぽい毛玉がよっつ、寄り添うようにあった。

 よく見ると上下しており寝ているのだとわかる。

 そのうちの1匹が目を覚ましたゴギョウの気配を感じたのか、ノソリと、顔を上げた。


「……………」


「……………」


 しばし見つめ合う。

 ゴギョウは筋肉痛のような痛みを堪えながら上半身を起こして


「やあ、おはよう」

 

 と声分けてみる。

 するとそのねずみはポロポロと涙をこぼしながら言う。


「よかった、目を覚まされて… このたびは助けていただきありがとうございます」


「いやあ、はは…、やっぱり喋れるんだな、不思議な感じだなあ」


「みなさん、起きてください ほら、はやく」


 ペシペシと短い前脚でほかのねずみたちをたたいて揺らす。

 もそもそと起きるねずみたち。いや、そもそもねずみなんだろうか?


「君たちはなんなんだ?ごうしてこんなところにいたんだ?」


 4匹すべてが目を覚ましたようでちょこんと可愛らしくすわりこみらを見ている。


「私はオームと申します。こっちはガラル」


 自己紹介をしたねずみはオームと名乗る。話し方から雌のようだ。茶色っぽい毛色ではあるがすこし赤みがかった色をしている。

 その隣にいる、小さな眼鏡を鼻の上に乗せたねずみはガラルと言うらしい。


「ガラルといいますじゃ。姫様と我らを助けていただき本当にありがとうございます」


 ペコリとお辞儀をする。


「私はルッカです。ガラル、それからラミドと3匹で姫様を逃すために湖を渡っていたのですが、あの八ツ首に見つかり追われておりました」


 赤い首輪をしたねずみはルッカ。ハキハキと喋り、若いようだ。

 その横で一言も喋らないのがラミドというらしい。寝てるのか?目が開いていない…。



「僕はゴギョウだ。よろしく。…この傷跡はきみたちがしてくれたのか?」


「ええ、下級ではありますがワシがヒールを使えますじゃ。力が弱いので完全には治せませんでのう…」


「いやいや、あのままだと死んでたかもしれないんだ、ありがとう!助かったよ!」


 ガラルというねずみは申し訳なさそうにするが、あれだけの傷だと血を流しすぎて命も危なかったかもしれない。

 怪我をしていたねずみはオームというねずみらしい。

 

 グウウウウ…とねずみたちの腹がなる。そういえばゴギョウも昨晩からなにも食べていない。


「とりあえずなんか食べようか。食べながら色々聞かせて欲しい」


 そう言ってゴギョウは立ち上がり温めたスープとパンを用意して床に並べる。


 食べながら聞いた話だと、このねずみたちはこの沼地に住むヌート族という獣人の一種らしい。姿はカピバラをすこし小さくしたような、まんまねずみのようだが水辺で暮らす一族で、沼狸とも呼ばれているらしい。

 昨日の夕方のすこし前に集落が蛇どもに襲われ多くの仲間が犠牲になったが、なんとか首長の娘であるオームを逃すことができ、その途中でゴギョウに助けられたのが昨夜の出来事のようだ。

 ヌート族の中にはガラルのように魔法を使えるものもおり、簡単に全滅はしないだろう、と。


「散り散りになった仲間や家族を探してまた一緒に暮らしたいのですが…この通り私が足を怪我してしまい思うように動けません」


「姫様、ルッカとラミドで仲間たちを探してまいります!ゴギョウさま!どうかしばらくここに姫様たちをかくまってはいただけないでしょうか?」


「かまわんよ」


「そうですよね…ゴギョウさまはヒト族…われらヌート族との生活は……」


「いや、かまわないって」


 ぽかんと口を開けて4匹がこちらを見る。なんだろう、ヒト族ってそんな冷たい感じなのかな、この世界。


「ああ…!ありがとうございます…!ありがとうございます…!」


 またポロポロと涙をこぼしオームたちが抱き合って喜ぶ。

 ラミドは目を閉じたままパクリとも動かない。寝てるの??




「あっ、そういえば」


 昨夜の蛇の素材を回収していない。

 ショートソードとバックラーも探さないと。


「みんなはそのまま食事をしてくれてていいよ。僕はちょっと外の様子を見てくるよ」



 そう言ってゴギョウは小屋の外へと向かった。


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