第2章 今日はあんたを気持ちよくしてあげる(3)

数日後。


「あ」


昼休みにコンビニへ行ったら大神がいた。この前遭遇したのと同じコンビニだ。行きつけなのだろうか。

声をかけるかかけないか迷っているうちに大神と目が合ってしまったので、


「ど、どうも先日はお世話に・・・」


と頭を下げた。


「では失礼して・・・」


世間話も弾まなそうだし(お仕事の具合はいかがですか、なんて知りたくもない)、僕はそそくさと退散する事にした。

くるりと踵を返し出口に向かうも・・・


がしっ。


「ひぃ!!」


肩を掴まれて阻まれた。


「ななななな何かご用ですか・・・・」


すくみあがりつつ首だけ振り返って大神の方を見る。相変わらず表情から何も読み取れなくて怖い。


「ちゃんと警察行った?」

「け、警察???」


何の話をしているんだろうこの人は。本当にわけのわからない殺人鬼だな。あ、もしかして僕のこと強姦したのを気にしてる??

パニクった頭で変な思考に陥った僕は、


「あ、ああ、この前の情事の事でしたら合意の上でしたし僕もまぁ貴重な体験ができたというかそういう感じで気持ちの整理はついていますのでお気になさらず・・・」


みたいなよくわからない事を口走った。

大神は表情を変えないまま首をかしげる。


「じょうじ?そうじゃなくて」


違うのか。じゃあ何の話だ。


「見てたじゃん、殺すとこ」

「!!!」


僕はハッとする。

そうだった。僕、この人が人を殺したところを目撃したんだった。普通に考えたら、殺人犯の家突き止めたら警察に行くよな。

そんな発想、全然なかった。


でもわざわざ自分からそんな事言い出すなんて。


「あの、大神さん、もしかして・・・」

「なんでもない。忘れて」


僕の言葉を遮った大神の目に、一瞬、ほんの一瞬、とても悲しいような儚いようなつかみどころのない色が宿った気がした。よく見ようと瞬きをしたら、もういつも通りの無表情に戻っていた。


本当は捕まりたかったんですか。


行方をなくしたその言葉は、僕の胸の奥の方に引っかかった。


「それより、今日ももう帰るの?」


何事もなかったように話を続ける大神。会話はそんなに得意そうでもないから、大神の方から話を続ける事自体ちょっと変ではあったものの、気づかないふりをした。

大神がさっきの話題を避けたそうなのと同じように、僕も避けたかった。


「いえ、まだ仕事があるので、ご飯買って仕事に戻ります」

「仕事、何やってるの」

「高校の先生です」

「先生」


大神は味わうようにその言葉を口にすると、ふーんと言った。なんだか眺め回されているような気がして居心地悪い。


「ひつじ先生・・・いいね。似合いそう」

「ど、どうも・・・」


どこか含みのある言い方だ。ぼくはぶるりと震える。

生徒から「ひつじ先生」って言われるのも少し苦手だが、大神に言われるととって食われそうでぞわぞわする。


「また遊びにきて」

「き、機会があれば是非・・・」


大神がぺろりと唇を舐めた・・・ような気がした。

遊びに行く場合は食い散らかされる覚悟を決めないといけないようだ。


昼ごはんを買ってくれそうになったところを丁重に断り、僕は職員室に戻った。


「ふー・・・」


緊張の糸が切れて机に崩れ落ちる。

ダメだ、大神が僕を殺す気がないということはわかったものの、食う気は満々だからどうしてもビビってしまう。


「あの」

「は、はい!」


滅多に話しかけられない隣の席の先生に声をかけられて、せっかく緩んだ緊張がまた戻ってきた。

いったい何の用だろう。何かミスでもしただろうか。


「最近ため息が多くてうるさいんで控えてもらってもいいですか」


こちらを見もせず淡々とした調子で言われてしまった。


「すみません・・・」


もう嫌だ。胃が痛い。

なるべく音を立てないように弁当を開封して爆速で食べた。あんまり味がしない。

今日も早々に僕の精神的な避難所たる化学準備室へ逃げ込む事にした。


「・・・ペペロンチーノ、美味しかったなぁ」


ため息とともにそう呟いた時、奥の方から


「また食べに行けばいいじゃん?」


と声がして僕は飛び上がった。

例の女子生徒がひょこりと顔をだす。


「うわ!あなたいつのまにピッキングを習得したんですか!!」

「おおかみ男の家に監視カメラを仕掛けるために練習した」

「死ぬからやめなさい!!!」

「死ぬなんてそんな大げさな」


本当に本当に言うべきじゃなかった。胃の痛みが一段と大きくなる。

死ぬなんて大げさ、ではない。相手は連続殺人犯だ。

僕の安息の地がこんな形で脅かされる事になるなんて・・・。


「てゆーか先生、けいさつ行ってないの?」

「!!!」


僕は思いっきりむせる。まさか僕の心の声が聞こえたとでもいうのか。


「け、けいさつ!!??」

「ごーかんされて泣き寝入りはよくないよ」

「あ、そ、そっちですか・・・」


びっくりした。胃袋を吐き出すかと思うくらいびっくりした。


「その様子じゃあ行ってないみたいだね。せんせー案外そいつのこと好きなんじゃないの?」


からかっているのか本気なのかわからない調子の彼女に普段だったらお説教でもしてやりたくなるところだろうが今は大神が殺人鬼だということがバレていなかった安心感でどうでも良かった。


「どーなのよ」

「どう、と言われても、好きか嫌いか以前に知らない人です」

「もう知らない仲じゃないじゃん」

「なんかその言い方嫌です」

「もう一回パスタ食べに行って確かめたら?」

「パスタにありつく前に僕が食われる羽目になるので行きません」


僕は彼女に背を向けて断固断言した。


のに。


PM 19:00。

なぜ今僕は、この綺麗な木製のテーブルについてレモン水をいただいているのか。

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