第1章 痛くしないでください⑵
食欲が出ず昼飯を食べなかったのに、午後になって吐き気が込み上げてきた。
幸い今日は午後担当授業がない。同僚たちに白い目で見られながら僕は早退することにした。
「これだからゆとりは・・・」
僕が職員室のドアを閉めるか閉めないかくらいのところで、教頭が聞こえよがしに言った。
痛む頭と重い足でとぼとぼと家に向かう。
遺体は跡形もないとはいえ殺人現場を通りたくなかったので少し回り道をした。
昼間から外をふらふらしている僕を、赤ちゃん連れの若い女性が訝しげな目で見た。僕は居心地が悪くなり、目の前のコンビニに逃げた。
ふーっと息を吐いて店内を見回す。そういえば喉が渇いてきた。お茶でも買おうか。そう思って飲料売り場に足を運んだ僕は、息が止まるようなものを目にした。
大柄な体格、見覚えのあるジャケット。
昨日の殺人鬼だ。
「っ!!!!!!!」
全身が硬直して動けない。棚からペットボトルを一本取った殺人鬼は、振り返って僕に気づいた。
バチッと目が合う。
「あ・・・・あっ・・・・」
僕はまた腰を抜かしてしまった。お菓子の棚にぶつかって、ポテトチップスがいくつか落ちてきた。
「真っ青だけど大丈夫?」
聞き違えるはずもない特徴的なバリトンヴォイス。間違いない、やはり昨日の殺人鬼だ。
殺人鬼はしゃがんで僕の顔を覗き込む。
「ひっ!!!」
「・・・ちょっと待ってて」
竦み上がった僕の頭にポンと手を置くと、殺人鬼は立ち上がってレジに向かった。
お茶を一本持って戻ってきた殺人鬼は、一本を空けて僕に手渡した。
「飲んで」
「・・・」
「飲ませて欲しい?」
「いえ・・・自分で飲みます」
僕は震える手でボトルを受け取り、言われるがままに飲んだ。
口の端から少し溢れた水滴を拭い、無言でボトルを返す。
「もういいの?」
「は、はい・・・」
殺人鬼は自分もお茶を飲むとキャップを閉めてまた僕の方を見た。
「立てる?」
「・・・無理です」
僕がそう言うと、殺人鬼は突然僕を背中に担ぎ上げた。
「うわぁ!!!お、おろして・・・・」
「おうちどこ?」
「いわない・・・・!!!」
殺人鬼に住所なんか教えてたまるか。いつ殺しに来られるかと恐怖に震えながら寝るのはごめんだ。僕は口を引き結ぶ。
殺人鬼はため息をついて、そのまま歩き出した。
「ど、どこに連れてくんですか・・・・!!」
「俺んち」
「それは!!」
「大丈夫、すぐそこだから」
何が大丈夫なもんか。殺人鬼の家なんかに連れ込まれたら生きては出てこられないに決まっている。僕は背中から降りようと必死で暴れたが暴れたが、殺人鬼は意にも介さないどころか僕が暴れていることに気づいてすらいないようだった。
すぐそこ、と言ったのは本当だったらしく、5分もしないうちに殺人鬼の家と思われるアパートに着いた。
外観はボロボロだが一部屋一部屋はそこそこ大きそうだった。
ギーッと音を立ててアパートのドアが開く瞬間、僕は心の中で外界に別れを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます