第5話・真知子・たった一度の情事



 たった一度の情事を交わした後。


 体には、彼の唇の感触がたくさん残っていた。シャワーを浴びた彼が戻ってきた。私はシャワーを浴びないと行った。帰ったら一人だ。


 あれからずっと降り続いている雨音が、私達をこの部屋に匿っているみたいだった。雨に濡れた15階のホテルの部屋の窓からは沢山のビルの灯りがぼんやりと見えた。 私は体を起こし、彼のほおを撫でた。裸の私の胸が露わになり、私はあわてて胸を隠す。葡萄の形をしたオレンジのシャンデリアが、私を彼の肩を背中に照らしていて、エロティックだった。


初めて、好きな人の顔を間近で見た。セックスして、激しい顔、沢山見て。

この人の顔を可愛いとすら思ってしまった。

帰りたくない。

そう言いたかった。


だけど。言える訳ない。

そう。不倫は、いつか別れるためにする恋愛なのだ。


 もし、私が結婚しなくて。彼も独身だったら。


 これから、どこへ行ったり、何を見たり。どう付き合っていくか。相談していたかな。

わたしは、彼の連絡先や着信やメッセージの履歴をすべて消去した。


 こんな事になって、これからどうするの?なんて聞く勇気はない。少なくとも私からは一緒に居たいといは言えなかった。


 あんなに激しく絡み合ったのにも関わらず、わたしはあっさりと部屋から立ち去れた。にっこりとほほ笑んで、素敵な一夜をありがとう、お元気で、とだけ告げた。これは、本心だった。彼が、どんな顔をしていたのかは振り向いていないので分からなかった。


 振り向きたくない訳がない。


  夫を亡くし、その手続きをして、その関係で紹介してもらった代理人の人と、関係を持つなんて。


普通じゃない、まだ夫の一回忌も済んでいないのだ。


 あれは、たった一度の事。わたしはつぶやく。

 そして、彼の手の感触。優しかった抱擁。

 

たった一度だけでも、私だけを見て、私だけのものになってくれたこと。


 これを、一生、私は胸にしまって生きていく。

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