第2話

「悪いけど、とって」


俺は奥川のスカートに、コツンと手の甲をぶつける。


そうすると奥川は、何のためらいもなく俺の腰の横に手をあてると、絡んだ金属のチェーンと糸をほどき始めた。


鍵束を持つ俺の手と彼女の指先が触れあう。


なんだが1年のみんなが見ている前で、こんなことをするのはちょっと恥ずかしい。


俺は耳まで赤くなりそうなのに、こいつは平気なのかな? 


ここから見える前髪と鼻先は、白いままだ。


「なにをこんなにジャラジャラつけてんのよ」


「え? 家の鍵とか、ロッカーの鍵とか」


「どれ?」


「あ、その猫のやつ。前にお前がくれたストラップ」


小学校の時の、何かのお土産だった。


すっかり色も落ち黒ずんでいるそれを、俺は自分の自転車の鍵から、理科室の鍵に付け替えた。


「そうだったっけ」


彼女はその鍵を外すと、それを鹿島に向かって差し出した。


鈍い銀色の鍵と小さな子猫が、彼女の手から鹿島に移る。


「後で私か、部長に返して」


「はい」


その時の鹿島の頬は、俺よりも赤いような気がした。


照れたように恥ずかしげに、奥川の手から受け取ったそれを握りしめると、彼はくるりと背を向ける。


仲間たちと立ち去る鹿島は、廊下の角に消えるまで一言も発しないままだった。


その背中がなぜかやたらと縮こまって見えたのは、なんでだろう。


「あーあ、誤解されたかも」


「なにが?」


奥川のキュッとした目が、俺を見上げる。


「別に」


彼女の足が速まる。


「なんの誤解? ねぇ、誤解ってなに?」


「てゆーか、話しってなに? もう話すこと何にもないよね。最初から特に何もなかったけど!」


俺は何も間違ったことはしていないし、怒らせるようなことも、何もしていないはずだ。


最近の彼女はとても怒りっぽい。


すぐに不機嫌になったり、黙ったりして、俺を混乱させる。


何がダメだった? 


今のでダメなところがあるとしたら、ポケットの絡んだ糸くずだけだ。


彼女は階段の角を曲がると、上に向かって上り始めた。


入部するとか言ってたくせに、やっぱり生徒会室に向かうのか。


まぁ、今日は委員会の日だし、そこは理解するけど。


生徒会室は、俺が向かうべき理科室より上の階にある。


ついていっても仕方ないのは分かっているけど、だけどこのまま彼女を放っておくわけにもいかないし、すぐに鹿島たちのいる理科室に戻るのもしゃくに障る。


「鹿島って1年も、案外気が利かないっていうか、空気読めないタイプだよな」


そう言って軽く笑ってみたけど、先を急ぐ彼女からの反応は、何もない。


くそ、俺にどうしろっていうんだ。


そうでなくてもイラついているのに、生徒会室のドアを開けたら、真っ先に庭木の顔が目について、余計にイラついた。


「部外者は入室禁止!」


ここへ来ると、いつも庭木はそうやって怒鳴っている。


別にそれは俺だけじゃなくって、他の誰かに対しても、だ。


何様のつもりなんだか知らないが、とにかくうっとうしい。

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