8 留守番
森の中、魔法使いの家の台所で、洗い物をしていたダリアはふと顔を上げた。遠く空の向こうから何か、呼ぶ声が聞こえたような気がしたのだ。でも、なんの音も聞こえない。首を傾げながら窓の外の空に目を凝らす。
「今のは……?」
と、居間にいたチコリが何かに気付いたようにぱたぱたと駆けてきた。窓から顔を突き出すと、何かに応えるように指笛を長く二回鳴らす。やがて空に何かの小さな影がぽつんと浮かび上がり、みるみるうちに近付いてきて、青い小鳥が窓から飛び込んできた。
「アイ、おかえり!」
木彫りの体を持った精霊の鳥が、居間のテーブルの上に着地する。その足についていた紙をチコリが取り外すと、アイは伸びをするように体を軽く振るい、再び窓から外へと身軽に飛び出した。
「チィちゃん、それ何ですか?」
「モナからのおてがみみたい」
手を止めて覗き込むダリア。それは確かにモナルダの字で書かれた文だった。
『町で新しく依頼を受けたから、予定より帰りが数日遅くなる。道具や食材の備えはあるから大丈夫だと思うが、もし何かあったらアイで連絡をしてくれ。よろしく頼むよ。 モナルダ』
「モナさん……」
ダリアは少し不安になって、思わず呟いた。モナルダが家を空けて、この家のことを自分が全部しっかりしなければ、というだけでも初めてのことで緊張していたのに、それがさらに延びるなんて。
「そっかあ、またおそくなるのかあ。じゃあ、きょうのごはんもふたりぶんだね」
対してチコリは慣れた様子でのんびりと言う。ダリアは驚いて、その幼い顔をまじまじと見つめてしまった。
「また、なんですか?」
「うん、まえにもあったよ」
「その時はチィちゃん一人でお留守番を?」
「ソホもいたけど。チィ、もうおおきいもん。おるすばんできるよ。あ、そうだ、ソホにもこのことおしえてくるね!」
ぱたぱたと走り去る小さな後ろ姿を見送って、ダリアは溜め息をついた。
(五歳のチィちゃんがあんなにしっかりしているんだから、私もちゃんとしなきゃ。一人前に留守番もできないなんて。これでも魔法使いさんの弟子だもん、留守を頼むってモナさんが任せてくれたんだから、頑張らなきゃ!)
「よしっ」
小さく声に出して気合いを入れ直した。
「チィちゃん、この洗い物とお掃除終わったら今日は早めにごはんの準備しましょ! チィちゃんの食べたいもの作りますよ!」
「やったー! チィもおてつだいする!」
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