6 華の娘たち
わたしとビオラは、同じ日の朝に、同じ守り石を持って生まれた。
そんなに大きな村ではなかったから、同じ年に生まれる赤子はそう多くない。同じ日に生まれるというだけで、珍しいことだった。しかも守り石まで同じ。村の産婆が言うには、これは「魂の双子」と呼ばれるそうだ。もともと双子だった魂が、何かの拍子で別々の母親から生まれてしまった、切り離すことができない絆を持った二人なのだという。
双子と言われてそのように育てられたからそうなってしまったのか、それが無くても仲良くなれたのかは、今やもう分からない。とにかく、わたしとビオラはいつでも一緒だった。本当の兄弟や家族よりも、ビオラと一緒にいるのが当たり前だった。でも「双子」とは言われても、わたしたちは全然似ていなかった。特に性格なんて正反対。活発で気が強くて人懐っこいビオラと、大人しくて怖がりで泣き虫なわたし。「双子なのに似ていない」と言うわたしたちや村の皆に、産婆はそんなものだよとただ笑うばかりだった。
もし双子であるのなら、これから似てくることもあるのだろうか。わたしがビオラのように明るく、可愛いげがあり、人に愛されるような娘になることもあるのだろうか。そんな淡い思いを抱くこともあった。
二人一緒なのは、嫌ではなかった。これが当たり前だったから。似ていないなりに分かりあって、正反対なりに支えあって、これがいつまでも続くのだと思っていた。
それが突然崩れたのは、十八のとき。
「パンジー、町に行きましょう」
「え……」
そう言ったビオラの顔は、冗談と取るにはあまりにも真剣で、わたしは戸惑いを隠せなかった。
確かに、ビオラは幼い頃からずっと町に憧れて、行きたがっていたのは知っていた。一時期はわたしもそれにつられて、町に行くことが二人の夢だったものだ。ただ、わたしにとってはいつしか「子供の頃の淡い夢」として過去のものになっていたのに、ビオラは本当にその夢をを叶えようとしていたのだ。わたしの知らない間に。
ビオラはわたしの掌に、小さいがずっしりと重みのある布袋を置いた。
「ほら、これ、あたしたちの蓄えよ。この前の、パンジーが作ってあたしが町に持っていった服、かなり評判が良かったの。それに今年は気候が良くて、収穫が良かったでしょう、家も余裕があるから今なら離れても大丈夫。二人で町に出て、しばらくはこれでしのいで、仕事を見つければ何とかやっていけるわ」
「……本気、なのね」
「当然よ。あたしたち、これのためにずっと頑張ってきたじゃない」
胸を張って笑うビオラの「あたしたち」という言葉が、一緒に夢を見ながらも心のどこかで叶うはずがないと諦めていたわたしには、とても眩しくて、苦しいほどだった。
「でも……でもビオラ、縁談が来ていたじゃない。あれはどうするの?」
「断ったわ。今お嫁に行っても、絶対この夢を諦めきれなくて苦しくなる。そんなの抱えたままじゃ幸せになれないし、相手にも迷惑がかかるわ。だから今は、とにかく町に出たいの。結婚はその後でもできるもの」
やりたいことに一直線、やりたくないことはやらない。周囲の反対も押し切る。我が儘にも思えるビオラの姿が、どうしてこんなに眩しいんだろう。
諦めていたとはいえ、町へ行くのはわたしにとっても夢だった。ビオラと一緒に町で暮らすのは、きっととても楽しいだろう。そう思うと胸が高鳴る。だけど。
「ごめん、ビオラ。わたし、やっぱり行けない」
「どうして?」
「わたし……結婚が決まったの」
泣きそうな顔で言ったわたしに、ビオラは一瞬とても驚いたように目を見開き、それからぱあっと顔を輝かせて笑った。
「本当? よかったわね、おめでとう!」
「祝ってくれるの?」
「当たり前じゃない! なんでそんな顔しているのよ、おめでたいことでしょう? それとも、何か嫌なことでもあるの? まさか、相手がとんでもない人だとか……嫌ならちゃんと断らなきゃダメよ」
表情を険しくするビオラに、わたしは慌てて首を振った
「いいえ、全然! そんなんじゃないの。隣村の人で、とても感じの良い人だった。でも……」
「ならいいじゃない。あ、もしかして、あたしが縁談断ったこと、気にしてるの?」
言葉に詰まって俯くわたしを、ビオラは笑い飛ばした。
「あたしが結婚しないならパンジーもしちゃダメなんて、そんなことあるはずないでしょ。そもそも、あたしが縁談断ったのはただの我が儘なのよ、気にする必要なんかないの。パンジーがそうやって悩んで決めたことだもの、間違いはないわ。あたしとあなたと、それぞれで幸せになればいいのよ」
わたし自身よりもきっぱりと「間違いはない」と言い切れるビオラはすごいと思う。
ビオラのことを気にしているのも理由の一つではあったけれど、一番は違う。それぞれの道を選ぶということは、今までずっと一緒だったビオラと初めて離れ離れになるということ。本当は、それが一番怖かった。大人になっても怖がりなままのわたし。でも、そんな自分を変えなければと、心のどこかで思っていた。だから、これで良かったのだろうと思う。
町に出たビオラは、わたしが寂しがる暇もないくらい、ことあるごとに手紙をくれた。宿場町の色々な人が集まる食堂で働き始めたこと。住む場所も決まったこと。町でたくさんの面白い人に出会ったこと。お祭りの前後は人が多くて、とても忙しいこと。市場で売られているものを見て、村での暮らしを思い出したこと。手紙だけでなく、里帰りしたビオラがわたしに会いに来てくれたこともあったし、わたしもビオラの家に遊びに行った。ビオラの暮らすシュイエの町は大きくて、賑やかで、とてもキラキラしていて、何よりその中で夢を叶えて生活しているビオラの姿が一番キラキラしていた。
少し、羨ましかった。
あの時、ビオラと一緒に町へ出ていたら、わたしもこんな風にキラキラしていたのだろうか。こんな風に幸せに笑えていただろうか。あの時ビオラは「それぞれで幸せに」と言ってくれたけれど、わたしは今幸せになれているのだろうか。これから幸せになれるのだろうか。
「あたし、幸せよ」
そんなに堂々と言える自信は、わたしにはない。
「それにね、あたし、これからもっと幸せになるの」
そんなことを言うビオラの、これ以上ないほど幸せそうな笑顔を、わたしはきっと一生忘れられないだろう。
想像もしていなかった。その笑顔からたった半年で、こんなことになっているなんて。
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